第67話 伝説の競り対決

「では金貨15枚から開始します」


「40枚!」


 ピエロの男がいきなり倍額以上でつり上げた。誰にも渡さないと言った威嚇いかくである。


「45枚!」


 刀夜が競り合う。


 ピエロの男が『ハァ』と言った表情をする。競りに参加してきた男に信じられないと顔を向けた。金額の問題ではない『この俺様にたてをついた』その事に驚いた。


 仮面をしていてもここに居る者達はこのピエロが誰なのか分かっている。


「く、く、く、見ろよやりやがったぜ。あの男」


 入口の店員の男が笑いを堪えて苦笑する。


「競りには勝てず。死に恥をさらしに来たか」


 もう一人の男はやや残念と言った感じで興味が失せたのか視線を反らした。


 だが刀夜は微動だにせずにじっとリリアを見ていた。


 当のリリアは混乱していた。場違いなこの旅人の男は何を考えているのだろうかと。それもこのヤバそうな男相手に。


 リリアはこの地の出身ではなかったが、女を買いに来る男は基本的にヤバイ相手であることを何度か見たセリにより肌で感じていた。


「よ、45枚……45枚……」


 司会の男もこんな事は初めてだと、背中に冷や汗が流れた。枚数を声にしながらも視線はピエロの男がどうでるのか内心焦っていた。


 司会の枚数コールに慌てたピエロはすぐにつり上げる。


「よ、48枚!」

「50!」


 ピエロの顔がひきつる。


「ご、55枚!」

「60!」


 刀夜が間髪入れずに値をつり上げる。


 『ない、ない、ない、ない、あり得ない! この俺様にたてつくばかりか、旅人風情がそんな金額を持っているはずがない!』


 ピエロの男がパニックに陥った。


「ろー、ろくじゅうーー」

「70枚!!」


 刀夜はピエロの声をさえぎるように値をつり上げてわざと挑発する。これにはさすがにピエロの堪忍袋の緒が切れた。


「き、きさまぁぁ!」


 金切り声のような声色で大声を張り上げると立ち上がって刀夜の前に立ちふさがった。護衛の男が慌ててピエロの両脇に回り込んで身構える。


 ずっとポーカーフェイスを決めていた刀夜は、目の前に現れたピエロに吹き出しそうになり、必死に表情を崩すまいと堪えた。


 ここで吹き出せば折角のお膳立てが無駄になる。刀夜は内心で『前に立つな』と暴言をはきながらも痛みと笑いに堪える。


「貴様、ちゃんと金を持っているんだろうな! ブラフだったら承知しないぞ!!」


「それは、あんたもだ」


 ピエロはひきつった顔で護衛の男に『見せてやれ』と顎で合図した。護衛は腰から大きい皮袋をステージ前の長テーブルに置いた。


 ガシャリと大量の硬貨の音が聴こえ、袋から65枚の金貨を取り出す。


『まずい百枚は入っていそうだ。すべてさらされたら負ける』


 互いの懐事情を知った刀夜のコメカミに冷や汗が流れる。70枚は刀夜の手持ちの全財産相当だ。もう勝負はこのタイミングしかないと刀夜は意を決して勝負に出る。


 刀夜は脇腹の痛みを堪えて立ち上がるとテーブルの前へと立つ。そして9枚しか入っていない小さな袋をテーブルの上に投げ捨てた。


 ヂャリっと明らかに少ない音、そして小さい袋。ピエロの男は『そら見たことかと』内心勝ち誇る。そしてこの男への仕返しをどうしてやろうかと想像してニヤケた。


 刀夜はズボンの隠しポケットから硬貨を取りだすと、まるで将棋を指すようにテーブルの上に硬貨を置いた。パチーンと乾いた金属音が会場に響く。


 だが刀夜はその指を放さずにリリアを真剣に見つめる。それは痛いほどの真剣な眼差しだった。


 リリアはこの旅人が勝負に出たことを感じた。この男の元へ行くのか、それとも助平そうな変態の元に行くのか。これで決まるのだと。


 リリアは緊張のあまり喉をならす。


「ハァ!? 金貨1枚? 1枚だと! 貴様、ふざけているのか!!」


 刀夜はピエロに鋭い眼光を向けた。それはほとんど殺気といってもいい。護衛の男も緊張が走った。


 刀夜の指がゆっくりと金貨の上を滑らせるように離れてゆく。


 ピエロの男はそれをのぞき込むと護衛の男もつられてのぞきこんでしまった。司会の男も吸い寄せられるように首を伸ばしてみる。



 ――金貨には人の肖像が描かれていた。



「こ、こ、こ、古代金貨ああああああああぁぁ!!」


 司会の男が仕事を忘れて思わず絶叫した。


 会場全体にどよめきが走る。


 なぜそんな代物がこの会場にあるのかと。およそ似つかわしくない代物の登場に、他の商人は一目見たいと押し寄せた。


 古代金貨は一般市場にまわせばただの金貨50枚である。ピエロの金貨100枚とでは勝てはしない。もし、ピエロがそれを50枚として扱うようごねたらアウトだ。


 だが古代金貨の価値は金ではない。


 商人として金持ちとしての一種のステータスを表すのだ。オークションに出せば金貨100枚程度ではまず手にすることは叶わない。過去には6000枚を越えたこともあると逸話があるほどである。


 遺産相続で金貨を巡って殺しあい、家が潰れたこともある。それほどの代物なので一度コレクターに渡れば二度と市場に出回ることがない。


 それを極上の少女とは言え、たかが奴隷に支払うバカがここにいるのだ。


 司会の男はこの奴隷商人の長である。金貨を前に『それが欲しい』と激しい欲望の渦が沸き上がる。そしてなんとか手に入らないかと思考を巡らせる。


 この旅人の男が競り勝てばこの古代金貨は私のものだが、そんな事をすればピエロがどう出るか分からない。


 後で殺して奪うか……


 男はチラリと押し寄せた商人達を見た。


 だめだ。それを行うにはこの男はすでに注目を浴びすぎている。殺せばすぐにバレて商売人としての信用を失う。それはできない。生きていけなくなる。


 やはりこの男を勝たせて、正当に入手するしかない。そう、ここで終了の合図を出してしまえばいい。


 そうすればこれは私のものとなる。是が非でも欲しいと男の欲望は爆発寸前であった。


 司会の男はギラついた目でピエロの男を見た。ピエロの男は完全に刀夜が演出した空気に呑まれて声があげられないでいた。


 それを確認した司会の男が声をあげる。


「終了ぉぉぉぉ!! 金貨70枚で競り落とされましたあァ!!」


 司会の男は宣言と同時に両手で隠すように古代金貨に飛びついた。


 今ここに古代金貨がたった金貨70枚という史上最低のレートで取引されたと、後の不名誉な伝説が打ち立てられた。


 そしてこの話は、さらなる後に奴隷に身を落としたご令嬢を男が救うという物語に変わり、長く庶民の間の物語として親しまれることになる。


◇◇◇◇◇


 ピエロの男はヨロヨロ下がると元の椅子に腰を落とすと呆然とした。まるで悪い夢でも見たかのように現実を拒否してどこか虚空の彼方をさ迷う。


 刀夜は前にゆっくりと進むと壇上の彼女に手を差しのべた。リリアは彼の手を取ろうとして一瞬戸惑う。刀夜は手を伸ばして彼女の手を掴んだ。


 リリアの手はとても柔らかく。緊張していたのか少ししっとりとしている。だが嫌な気持ちにはならない。


 リリアの手にも彼の温もりが伝わってくる。


『この人があたしのご主人さま…………』


 これは運命ではない。まるで誰かに道を用意されていたかのような出会い。だがそれが人であれ神であれ作られたものでも二人は出会ったのだ。


 刀夜の苦難の道のりのパートナーとして彼女は共に歩むこととなる。

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