第63話 捜索ピエルバルグ

 夕方の少し手前、龍児達が馬車のトラブルにみまわれていた頃、刀夜はピエルバルグに到着していた。


 さすが最大の都市なだけあってヤンタルなど比べ物にならないほどの大きさである。端から端まで移動するだけでも半日程かかるのではと思えるほど広く、捜索の困難さに目眩を感じた。


 ともかく聞き込みしかない。


 探すのは奴隷馬車かセリ会場だ。だが誰に聞いても返ってくる言葉は知らぬ存ぜぬであった。中には怒ってくる者もいる。


 どうやらその事を聞くのはご法度はっとらしいのだ。


 日が傾き出した。刀夜は表通りで奴隷商人の事を聞いて回るのは無理だと感じた。かと言って街の裏を異国の人間が一人で彷徨ほうこうするのは極めて危険である。


 他の方法としてはボナミザ商会に聞く方法がある。だが刀夜はその方法をできるだけ使いたくなかった。


 ボナミザの女将おかみと良好な関係を築けたのはあくまでもビジネスパートナーとしてだ。商会に力を借りるなら見返りを渡す必要がある。


 借りてばかりでは即座に見切られてしまうだろう。自分達が元の世界へ帰る為には、力を持っている者達を多数見方につけておくことが必要だ。それもボナミザ商会のようなものは特に重要である。


 危険ではあったが表通りから少し裏に入った所で聞き込みを行った。そして三人目でようやく情報を得た。


 馬車やセリ会場のことは分からなかったがセリは夜9時から開始されるとの事だ。だが刀夜は時刻のことが気になる。


「9時?」


 情報を教えてくれた男は壁にもたれたまま顎で何かを指している。刀夜がその方向に振り向くと大きな時計塔があり、その時計の姿に驚いた。


 丸い時計は短針と長針、そしてこちらの文字で書かれた数字が1から12が描かれており、刀夜のよく知っている時計である。


 なぜ異世界に時計があるのか? いや時計が存在することはかまわない。この世界の人達もまた時間は必要だろう。だがなぜ地球と同じ12時間制なのか?


 刀夜は以前何かで見た文明電波説というものを思い出した。文明が電波のように飛来し、異なる地で同じような文明を築くというとんでもない内容だったと記憶していた。


 だがそれはインターネットで検索しても出てこず、何で見たのか思い出せなかったので結果、個人の創作ものだと結論づけた。


 だがそれは飛躍しすぎているとしても何かしらそういったモノがあるのではないか? そう考えでもしないと、この世界は異世界であるという刀夜の仮説を部分的に否定することとなってしまうのであった。


 だが刀夜はこの思考をすぐに停止した。それをじっくり考えている暇が無いのだ。今にも日が落ちそうな空模様であった。セリ開始までもう3時間しかない。


 刀夜は数人に聞いてまわり街の東側にある色街にそれらしい会場があることを聞き付けた。この時点で残り時間は1時間ほどしかない。


 色街はすぐにわかった。淡い光が多く輝き妖艶ようえんな姿の女性が男を誘惑している。


 だがこの表通りを通っていては時間の無駄である。彼女らに聞いても何も答えないだろう。


 刀夜は裏通りで再び情報を集めることにした。だがそれは刀夜にとって誤った判断となる。今まで裏にいた男どもに話を聞いて何ともなかったので油断をしてしまったのだ。


 この界隈かいわいの人間は別物だということに。


「ちょっと道を尋ねたいのだが?」


 壁の隅っこでヤンキー座りしているのはヒョロそうで顔は頬がこけてまるで骸骨のような男だった。


 この男なら万が一に揉めることになっても力で勝てそうだ。刀夜はそう思った。


 ポケットから銀貨1枚を取りだして、彼に見せると再び男に尋ねた。


「奴隷のセリが行われる会場がこの辺りにあると聞いた。知らないか?」


 ヒョロそうなその男は返事もせず刀夜の金に視線が釘付けになっている。だがその表情は喜ぶでもなく無表情でただじっと見ている。不気味だ。


 ようやくその男が立ち上がると腰のベルトに短剣をぶら下げているのが見えた。指を口にあて口笛を鳴らす。


 刀夜は即座にまずいと感じて逃げようとしたが色街の大通りへの道には、いかにもなゴロツキの二人が道を塞いでいる。


 一人は腰の剣に手をかけている。戦って奴らをぶっ飛ばして逃げるしかない。そう刀夜が判断したとき背後から寒気を感じた。


 恐ろしくピリピリした感覚。刀夜はこの感覚に身に覚えがあった。ひどく懐かしい感覚だ。それは剣術道場の先生が本気を出したときと同じ感覚であることを思い出す。


 振り向くとヒョロい男のかたわらに黒い服、黒いマント、唾の長い黒い帽子、その帽子の隙間から鋭い眼光を放つ男がいた。


 刀夜はこの男には勝てないと確信する。同じ殺気を放つ師範に勝てた試しがなかった。


 冷たい汗が流れる。腰の剣をベルトから外して投げ捨てると両手を上げた。


「頼む。金が欲しいのならいくらか渡せる。勘弁してくれないか」


「――全部だ」


 無慈悲な言葉が帰ってくる。


「待ってくれ、仲間を助ける為に必要な金なんだ」


 刀夜は恐らくこんな事を言っても無駄だろうと思っていた。人の事情などお構い無し。だからこそゴロツキなのだ。


 投げ捨てた剣の紐に足先を引っかけて、彼らが油断するチャンスを待つ。


「わかってねぇなぁ。ここをどこだと思ってやがる?」


 大通りへの道を塞いでいる大男が一歩二歩と近づいてきた。もう一人の男は位置を変えていない。


 後もう三歩いや二歩前に出てくれと刀夜は願った。そうすれば大通りへの通ずる二人の間が空く。うまく立ち回れば出口の二人を時間差で倒して脱出できる。


 刀夜は剣を確実に跳ね上げる為に、足のつま先をより深くゆっくりと紐に差し込む。


「やめとけ! それ以上する気なら殺すぞ」


 黒ずくめの男が刀夜に忠告する。刀夜は驚いて振り向くと、その男の手にはナイフが握られていた。それも刃先のほうを握っている。投げナイフだ!


 刀夜が黒づくめの男を気にしている間に大男が駆け寄って一気に間合いを詰められてしまった。それに気が付いたときにはすでに遅く、太い腕の拳が左顔面に食い込んだ。


 力まかせにたたきつけられて刀夜は吹き飛ばされる。


 地面を二転三転と転がると黒ずくめの男の前で止まった。


 そして男は無表情に黒靴で刀夜の頭を踏みつけてくる。

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