第62話 流星駆ける

 拓真は狙いが馬車か自分達にあると悟るとアオリを戻して前へと移動する。荷台越しに手綱を握ったがそこで拓真は困ってしまう。馬の操作が分からないのだ。


 テレビの見よう見まねで手綱たずなで馬をたたいてみると期待度通り馬はスピードを上げた。


 だが誤算だったのは馬車は道を外れて、あらぬ方向へと向かってしまったことだ。


「先生!」


 彼らの状況の一部始終を見ていた由美が大声を上げる。道を外れてどんどん遠ざかっていく拓真の馬車は龍児達にも見えた。


「先生! 拓真! さなァーーーーーッ!」


 龍児も大声で彼らを呼ぶ。だが空しくも馬車は闇夜に姿を消して松明の明かりだけとなり、やがてそれさえも小さくなっていった。


「止めろ! 止めてくれ!」


 龍児は御者ぎょしゃに頼み込んだ。だが無茶苦茶な要望に御者ぎょしゃは青ざめて怒鳴る。


「ば、ばかやろう。追い付かれたら殺されるんだぞ。無茶言うなァ!」


 彼は怯えて願いを訊いてくれそうにない。


 由美達の馬車の後方から山賊が迫りくる。不適な笑みを浮かべて左手に槍を持っている。


 由美は弓を構えようとするが、彼女の武器はロングボウだ。狭い馬車の中では構えることができない。他の女子達が剣を抜くがリーチ差で圧倒的に分が悪い。


 突如横から馬が割り込んできて盗賊の馬と衝突する者が現れた。割り込んだ馬に乗っていたのはカール・グリフォードであった。


 矢を2本、体に受けて流血している。他にも剣を受けたあとがいくつもあって装備していた皮鎧は血に染まっていた。


「カールさん!」


 由美が彼の名を呼ぶ。


 彼の振りかざした剣が山賊の盾に当たると激しい金属音が鳴り響く。


 山賊は槍で応戦しようとするが密着しすぎて攻撃できず、仕方がなく槍を捨てて剣を抜こうとするがカールはそれを許さなかった。馬をぶつけて相手の体勢を崩す。馬から落ちては叶わないと山賊は慌てて馬にしがみつくしかなかった。


 山賊は仕方がなく素手で応戦した。カールもそれに対抗しようとするが彼も密着しすぎて有効な剣の攻撃ができない。そしてお互いほぼ殴り合う形となりもつれあう。


 突如馬同士の足が絡んで二人は馬から転げ落ちて闇に消えてしまう。


「カールさあぁぁぁぁぁぁぁん!」


 由美が悲痛の叫び声を上げた。


 龍児は荷物の隙間を通って前に出ると御者ぎょしゃの座っている長椅子に激しく手を突いた。


「なぁッ! 頼んでいるんだよ! 仲間が道を外したんだ!」


 龍児はドスの効かした声で腰にしている剣に手を添えた。御者ぎょしゃは冷や汗を流して手綱たずなを引くと馬を急停車させる。後続の由美達の乗る馬車も前が突然止まったので慌てて停止させた。


「さっさと降りろ疫病神め。死んだら呪ってやる!」


 御者ぎょしゃは龍児に恨み節を垂れるが龍児は聞いているのか聞いていないのかすぐさま馬車を降りると皆がそれに続く。


 後続の馬車も止まったことで由美が躊躇ちゅうちょせずにすぐに降りたため、慌てて残りの女子も降りた。龍児としては別に彼女達は先に行ってもらい安全を確保してても良かったのだが。


 彼らを降ろした馬車はすぐさま走りだす。


「お、おい…………って仕方がないか」


 彼らとて危険をおかして止まってくれたのだ。とどまってくれなどおこがましいお願いなどできない。龍児は諦めた。


「何、どうしたの?」


 馬車を降りたことに何事かと葵が訪ねた。


「先生達を探す」


「ええぇ!?」


 この闇夜でいつ山賊が現れるのかわからないのに正気なのかと疑った。そりゃあ確かに仲間は大事だし、助けれるものなら助けたい気持ちは葵にもある。だがしかし……


「なぁ龍児。探すったってどうやって探す気だ? 馬車はもうどっかいっちまったぜ」


 颯太のいうことはもっともだった。だが龍児は彼らを見過ごせない。


 アーグに襲われて連れ去られた二人の結末と同じ二の舞にさせてなるものかと考えていた。あのような苦い想いはもうこりごりだ。だが龍児に具体的に案があるわけではない。


 彼らの会話に参加もせず、来た道を気にしていた由美は小走りで戻り始めだした。


「姫反さん! どこへ行くの!?」


 晴樹の問いに由美は答えず走っていく。何か理由があるのだと仕方がなく皆は彼女を追った。


 通ってきた道には転々と松明が落ちていてまだ燃えている。その明かりを頼りに由美は何かを探していた。


「いた!」


 彼女が声を上げて見つけたものに駆け寄った。それはカールだった。


「カール!」


 呼ばれた彼はまだ意識があって体をピクリとさせた。由美は彼の頬に手を当ててみるとまだ体温ぬくもりはあり、鼻から息を感じられた。まだ生きている。


 カールはうっすらと目を開ける。


「……やぁ、ゆみ……無事だったかい」


 彼の息は絶え絶えであった。目の焦点も合ってるとは言いがたい。


「ああ、無事だ。あなたが助けてくれたおかげだ」


「……そうかい……よかった……なまえ……覚えて………………」


「しっかりして!」


 カールは一瞬意識が飛んだが由美の声で再び取り戻す。


「……フフ、君のような……女性を……守れた…………君に……看取ってもらえる……それも……悪くないね…………」


「キザなんだよ、あんたは……」


 だが由美の声はもう彼に届いていない。最後にかけようとした別れの言葉を口にする間もなく彼は逝ってしまった。


 重い空気が流れる中、龍児は辺りを警戒していたが様子が変である。山賊が追ってこないのだ。


「お、おい。龍児あれ!」


 異変の正体に気が付いたのは颯太だった。彼が指差した先は商人達が逃げていった方向である。山側からかすかだが複数の松明の明かりが街道めがけて突進していた。


「山賊だ。あいつら逃げた先に網を張ってやがったんだ」


 晴樹はぞっとする。もし自分たちが馬車を下りずにあのまま進んでいたら、あの山賊に襲われていたのかと思うと身震いがする。


「くそう!」


 龍児は怒りをあらわにした。


「龍児ぃ……分かっているだろうけど、今更行っても間に合わないぜ」


 今にも飛び出しそうな龍児に颯太は釘をさした。


「わかってるよ! 仲間の事が最優先だ」


「でもどうやって探すの?」


 舞依は月明かりもない辺りの闇を見て、それは不可能だと思った。彼女の言葉に皆が悩む。


「ねぇ、もしかしたら車輪の跡を追えばわかるんじゃない」


 葵は地面できた馬車のわだちを指差して提案した。


「なるほど」


「まって、どうやってこの暗闇で先生たちの馬車の跡を見つけるの?」


 舞衣は先ほどから質問ばかりしていることが恥ずかしかった。できれば自分でその方法を見出して意見を述べたいが残念なことに案が思い浮かばない。


 しかしながらあてずっぽうに動くのは危険であり時間の浪費でしか無い。


 先生たちの馬車が走っていったのは草むらである。露出した地面ならまだ轍の跡を探しやすいが、草原のような場所から痕跡を見つけるのは昼間でも困難な内容だ。


「このまま、戻って彼らが道から外れた所を探すのはどうだろう? 逸れたわだちが残っているんじゃないか」


 今度は晴樹が案を出した。皆はそれが良いと彼の案を採用しきびすを返すことにした。


 街道を少し戻ると山賊や商人の遺体が散らばっている。その中、遺体が折り重なっている所に見覚えのある兵士が倒れていた。


「ウォルト!?」


 龍児が駆け寄るも彼はすでに事切れていた。さすがに老練な傭兵の彼でも今回の相手の数に分が悪すぎた。


 彼はいつも限界ギリギリを見計らい、危ういようであれば依頼を放棄してでも自身の命を優先してきた。だが今回はその判断を見誤ることとなってしまった。


 龍児は彼に両手を合わせ拝んだあと、さらに進むと晴樹の言った通り道を外れて草原へと進んでいるわだちを発見した。


 だが彼らの足はそこで止まってしまう。暗すぎて草むらから先、馬車がどう進んだのか分からないのである。


 荷物を積んだ馬車はそれなりの重量であり、形跡ぐらいはあるだろうと予測していたのだが、龍児達の期待は裏切られた。草原の草は強く、この暗さもあって形跡が区別できない。


 彼らは途方に暮れ、ずっとたたずんで漆黒の草原を見つめるしかでき無かった。


◇◇◇◇◇


 その日の夜、プルシ村の唯一の宿にてブランキはサグレやナル、他の仲間たちと祝杯をあげていた。村を捨てずに済んだこと、得られた巨額の富、皆が浮かれて喜ぶ。喜ばずにはいられない。


 ブランキはふと頭に智恵美の顔が浮かぶと手にしていたジョッキをテーブルに置いた。彼女に思いをせて窓の外を見上げる。


 雲一つ無い満点の星空が世界を包みこむかのように広がる中、一際大きな流れ星が長い尾を引いて流れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る