第61話 山賊の襲撃2

「近接戦闘だ!!」


 ウォルトの声が張り上げられた。これ以上、由美を表にさらすわけにはいかない。見えている範囲は馬車の灯す明かり範囲のみでそれはとても狭い。


 山賊も必ずしも松明を持っているわけでない。狙われるのを危惧すると思いきって捨てている者もいる。この世界の馬はある程度夜目が効く。それを利用して暗闇から突然現れることもあるのだ。


「由美! コレ以上はダメだよ、狙われる!!」


 葵の叫びに我に帰った由美はようやく馬車の中へ戻った。梨沙と美紀が木の盾を構えて馬車の後部に蓋をする。


 拓真達の乗っている馬車は最後尾から2両目であった為に、最後尾の馬車で起こった悲劇の光景を目にしていた。山賊に襲われるとどうなってしまうか、その一部始終を見たのだ。


 山賊は最後尾の幌馬車に両脇から並走すると槍で御者ぎょしゃを惨殺した。そのまま馬から馬車に乗り込むと居合わせたスルースが床に置いてあった剣を拾って抵抗しようとする。


 だが狭い馬車の中では彼の手にした剣は長すぎた。対して山賊は手慣れており、刃渡りが長めの短剣を抜く。


「くそおお!」


 スルースが山賊の胸元を狙って剣で突く。攻撃の選択肢がそれしか無かった。彼がその武器を手にした段階で山賊に攻撃パターンを知られたようなものとなる。


 あらかじめ分かっていた攻撃を短剣で軽く受け流すと彼の手首を切り裂く。血が吹き出して剣を落とすのを山賊が確認すると不適な笑みを浮かべた。新たに乗り込んできた山賊も短剣を抜いて近寄ってきた。


「ふへへへへへへ」


 勝ち誇った嫌らしい笑いを立てる。武器を失ったスルースはこれから辿る自分の運命に青ざめた。山賊の二人は彼の両側から体当たりをするように短剣を突き刺す。


「ガハァッ」


 初めて知ったその激痛にスルースは抵抗もできずに倒れる。そこに山賊がのし掛かって短剣を何度も何度も彼に刃を突き立てる。


 こんな筈ではなかったと、どうしてこんなことに、なぜ傭兵などなってしまったのか……悔やみきれない想いと共に彼の命の灯火は消えた。


 もう1人の山賊は残った商人達を次々と襲う。彼らの許しの懇願こんがんと悲鳴だけを残して馬車は闇夜へ消えていった。


 その悲鳴に智恵美先生と咲那は恐怖した。二人とも床に伏せて涙を流してガタガタと震えている。次は自分たちだ。あのような死にかたなどしたくはない。どうか助けて神様!


 だが現実は容赦なく彼女たちに絶望を与える 。


 拓真は馬車の後部を木の盾でバリケードを築くと、床に置いてあった短めの槍を構えた。


 馬を飛ばしてきた山賊の一人が馬車の後ろにつくと拓真達を確認して馬車の横へとすり抜けていく。


 拓真はその男を視線で追ったが、さらに後ろの闇から松明の光がこちらを追いかけてきていた為、その男を追うことができなかった。


 松明の光が徐々に近ずいてくる。灯りは二つ。少くとも二人以上が追ってきている。この不利な状況をどうにかでかないものかと必死に考えた。


 その時、拓真の背後から悲鳴が上がった。慌てて振り向くと先ほどの男が御者ぎょしゃに刃を突き立てていた。


 このままでは乗り込まれて挟み撃ちになる!


 最悪の展開に拓真は青ざめた。嫌でも先ほどのスルースの最後が頭を過る。あのような死に方、死んでも死にきれない!


 拓真は荷物が邪魔で前に移動できなかった為、売り物の果実を盗賊に投げつけた。果物が当たっても怯まない山賊に拓真はその辺りにあったものを片っ端から投げつけた。


「ぎゃ!」


 突如、盗賊は悲鳴を上げる。果物に混じって投げつけた金属片が山賊に当たったのだ。


 山賊は額から血を流して拓真を睨みつけると馬へと戻った。ともかくこれで背後から襲われる心配はなくなったと拓真は安堵した。だが……


 次の瞬間、馬車の幌の布を切り裂いて剣が突き抜けてくる。布を切り裂く音と共に剣先が彼らに迫る!


「いやぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!」


 それを見てしまった智恵美先生が大声を上げた。そして剣の反対側にすり寄って逃げると涙をボロボロとこぼして恐怖で顔をひきつらせた。


 盗賊の剣は荷物に当たると引き抜かれて消える。


 これには拓真も恐怖した。いつどこから剣が現れるか分からない。さらに後ろからも盗賊が迫っている。


 拓真は集中して奴がどこから現れるか五感を総動員して盗賊の気配を探る。だが新たに突き立てられた剣は智恵美先生の顔の真横から現れた!


 鋭い剣先に自分の顔が映る。


「いやぁぁぁぁぁ! 嫌ぁッ! 嫌ぁッ! 嫌ぁぁぁぁっぁっぁぁぁぁッ!!」


 智恵美先生はあまりの恐怖に狂乱したかのように叫ぶ。突き抜けた剣が布を切り裂き、彼女に迫る。


 その時、震える咲那さな咄嗟とっさに先生を床に伏せさせたことにより襲い来る剣を回避した。


 拓真は布越しにいる山賊をイメージして内側から槍を突き立てた。


 布を突き破った槍からは何か金属のような硬いものに当たる感触が伝わってきた。拓真はさらに槍を押し込むと今度はぐにゃとした感触が伝わってくると一気に槍が押し通ったのだと確信した。


 拓真の槍は山賊のチェインメイルを突き破って体に突き刺さったのだ。だが槍は山賊から抜けなかったために馬から落ちる山賊ごと持っていかれてしまう。


「二人とも大丈夫か!?」


 拓真が声をかけたが咲那は背中を少し切られて制服に血が滲んでいた。だが出血の具合から致命傷は避けられたようだ。しかし彼女は痛みの声なのか悲鳴なのかわからないような声を小さく上げている。よほど怖かったのであろう。


 そして先生は錯乱したまま、うつ伏せ状態で頭を抱えて小さな声で母親に助けを求めている。今の彼女に拓真の声は届いていない。


 だが状況は容赦なく彼らに追い討ちをかけてくる。後ろから追撃してくる山賊がハッキリと見えるほど迫っていた。


 拓真は幌馬車の最後部のアオリを開ける。野菜や果物が入っている木箱を後部ギリギリまで押して、木箱の裏に周ると腰を落としてしゃがんだ。


 追いかけてきている山賊に角度を合わせて両足で勢い良く荷物を蹴り飛ばす。木箱が地面にたたきつけられると箱はバラバラとなり、中の果物が飛び散った。


 転倒を嫌った山賊はそれを回避したために大きく後退し、再び松明の明かりだけとなる。


 拓真はさらに残りの木箱を同じようにして捨てた。後続の山賊は近ずいたり離れたりを繰り返す。拓真はさらに穀物の入った麻袋を次々と投げ捨てた。


 すると山賊とは完全に距離が空き彼らは松明の灯火だけとなる。だが追いかけるのを止めたわけではなく左右に展開して追撃を緩めない。


「くそッ、しつこいヤツラだ。もうこの馬車には荷物はないと言うのに!」


 拓真は腹立たしく思う。まだ追いかけてくるということは山賊の目当ては食料だけでは無いことがわかったからだ。この馬車もそうだが彼らの標的は女だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る