第60話 山賊の襲撃1
商人達は気を効かせて出発時間を少しだけ遅らせてくれた。そして再び街道を進むと夜の休憩のポイントへと到着する。
龍児達とは反対方向のヤンタルへと向かう商人達と合流してその夜は賑やかとなった。龍児達は無論のこと訓練を欠かさない。
次の朝、ヤンタルへ向かう商人と別れて互いの街へと向かう。すべては順調であった。
行き違う他の商人と山賊情報が交換され、今のところ出没はしてないらしい。このまま何事もなく街まで行ける。そんな予感がした。
だが龍児達の幌馬車に
一台の幌馬車の車輪が破損して立ち往生してしまった。街から街へと長距離を何度も往復する商人にとって、こういったトラブルはよくあることである。
手慣れた手つきでスペアの車輪に交換した。だが問題だったのはこぼれた荷物のほうである。大きな果物はともかくナッツのような小さな実は全員で作業しても時間がかかった。
すべて荷物を拾い集めて次の夜を過ごす為の休憩ポイントに急ぐ。
夜の休憩ポイントは場所が決まっており、他の行商人達と合流して夜を過ごすことで山賊の襲撃をかわすのだ。何しろ護衛の傭兵の数が多くなるのだから山賊といえど簡単には手出しできなくなる。
だが龍児達の馬車は遅れた。すでに日が落ちて辺りが暗くなってしまった。今夜は月も出ていなため辺りは漆黒の闇と化す。
松明を灯して馬に乗っている傭兵、ウォルトとカールが先導する。だが視界が悪いので周りの気配まで気が回らずに進む先から視線を外せないでいた。
「ええい。今夜はまともな飯にありつけそうにないな」
「無駄口を
注意したのはウォルトだ。それはよくあることなのだ。落馬だけでも危険なのに後続の馬に踏まれた挙げ句、車輪にまで引かれるのだからまず命はない。それも即死ならまだいいほうだ。
「ああ、ミンチなるのは御免だ。同じ死ぬなら戦って死にたいね。美しいお嬢様の膝上ならなおよしだ」
カールは冗談のつもりで言ったのだが、それは冗談にならなかった。疾走する馬車の横から松明の炎がいくつも上がる。
「山賊だ!!」
ウォルトが大声を張り上げる。先頭を走っていたウォルトは速度を落とすと後続の幌馬車に横付けをする。
「全力で先に行け! 俺達が食い止める! わかったな!」
ウォルトの言葉に青ざめて馬車を運転していた
山賊襲来の警告は伝言板ゲームのように次々と後続に伝えられる。ウォルトとカールの馬は列から外れて壁になるように並走する。
「くそう、マジで来やがった!」
この時、龍児達はバラバラで馬車に乗っていた。昨日は男女別々の二両だったが、食事で消費した食材のスペースに智恵美先生と拓真、そして咲菜を乗車させていた。
一斉に皆に緊張が走る。だが走っている馬車に乗っている龍児達に特に何かできるわけではない。仮に攻撃するとするとしても、それが可能なのは投げナイフを持っている颯太と矢を撃てる由美だけだ。
暗闇の中、山賊の松明はどんどん近づいてくる。すると突然暗闇の中から矢が飛んできた。傭兵達は慣れているのか、そら来たとばかりに馬をコントロールしてかわす。
だが幌馬車はそうはいかない。山賊の矢は幌を破って果実や麦の袋に刺った。飛んできた矢は龍児と目と鼻の先だ。
「あ、あぶねぇー!」
龍児達は用意されていた木の盾を頭上にかざすと、皆は盾の下に潜ると身を潜めて次弾に備える。
幸いこの初撃で殺られた者はいなかったが直ぐに2射目が襲ってきた。龍児の盾に矢が刺さる。当たっては敵わないとさらに身を寄せた。
闇夜から山賊どもの
「ちくしょう!」
悔しさを
その様子に慌てた梨沙、美紀、葵が止めようと由美の体を掴む。馬車から落ちたら一貫の終わりだ。街道といえど舗装された道路と異なり、道の凸凹は激しく荷台を暴れさている。立ち上がるだけでも自殺行為だ。
「あ、危ないよぉ~ッ」
「皆、お願い! 落ちないように私の体を支えて!」
「ええッ!!」
無茶苦茶な要求に三人は由美の体にしがみついた。由美は馬車から手を離して弓を構える。
だが次の瞬間彼女は焦る。暗闇の中、どこを狙えば良いのか分からない。山賊の姿など暗闇で見えないのだ。
そんな彼女の姿を、後ろを走っていたカールが見つけた。馬を飛ばして駆け寄ると彼女にアドバイスをする。
「松明だ松明を狙え! 移動速度を計算に入れろよ」
由美は大きく
カールがすかさずクロスボウを構えて矢を放つと盗賊の松明が地に落ちてはるか後方へと流れていく。
山賊が倒れたのか、松明を落としたのかはわからない。だが彼の矢は山賊に当たったことだけは間違いない。
由美はカールの腕前に舌を巻いた。女を口説くような輩など大した事ないと思っていたからだ。思い上がっていたのは自分のほうだと思い知ると、その悔しさを山賊に向けることにした。
次々と矢を放つ由美。だがデタラメに撃ってはいない。一発一発軌道修正して徐々に精度を上げている。
カールも負けじと矢を放つがクロスボウはどうしても矢の装填に時間がかかる。彼が一発打つ間に由美は何発も矢を放つ。
やがてその一発が山賊に当たり、松明が地に落ちた。カールは軽く口笛を鳴らして彼女を絶賛する。
「その調子! じゃあここは任せたぜ!」
カールは笑顔を彼女に送ると闇夜へ消える。彼は他の馬車の護衛に回ったのだ。由美は彼に感謝しつつ再び矢を放った。
由美は自身では気がついていない。狙いにくいこの闇夜を彼女は
彼女の目には当たれば松明が落ちていく感覚しか無く、それはあたかもゲームのようだった。山賊が死んでいく姿を見ることが無いためである。
今の彼女に人を殺している感覚はない。もし山賊の死にゆく姿を見ていたら彼女は自分のしでかしたことに途方に暮れてたかも知れない。カールが
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