第58話 傭兵家ウォルト

 龍児達を乗せた商人の一団は昼食のために休憩に入る。


 草原の中でポツリと一本だけ生えている大きな木のふもと。土地がやや低いのか川の水が溜まって小さな湖ができている。


 ここは街道を利用する者にとって有名な休憩ポイントだ。ピエルバルグとヤンタルを繋ぐこの街道にはこのような休憩に適した場所がいくつもある。


 逆にいうとそれ以外の場所は休憩には適さない。重要なのは2つ。一つは水を確保できること。二つは獣に襲われにくい地形。もしくは監視しやすい場所だ。


 龍児達男子は昼食を早々に済ませると、先ほどの馬車での話したように晴樹に稽古をつけてもらっていた。


 剣の握りかた、基本的な構え、剣の振り方、体捌き。晴樹に手解きしてもらう様子を見ていた梨沙は彼と触れ合うチャンスとばかりに訓練に参加した。


 さらに面白そうだと葵が加わるが、彼女の目的は梨沙から晴樹を取り上げて意地悪をしようという魂胆だ。案の定、晴樹を奪われた梨沙が膨れる。


「ほう、剣の鍛練かね」


 剣の指導をしていた晴樹に声をかけてきたのは老練の傭兵、ウォルト・スミスだった。


「はい。えーっと……」


「ウォルトだ。ウォルト・スミス」


「ウォルトさん」


 ウォルトは彼らの剣を振る練習を見て懐かしそうに目を細める。若かりし頃、自分も通った道だと。


「まだ剣を握ってまもない。という所ですかな」


「ええ、僕以外は剣を握ったこともありません。そして僕も含めて人と斬り合ったことがありません。この辺りは山賊が出ると聞きまして付け焼き刃ですが」


「この歳で握ったこともないのか?」


 ウォルトは驚いた、この世界の住人であれば最低でも護身として遊びとして子供の頃から剣ぐらい握るのが普通であった。


「私たちの出身地は平和でして、剣を持ち歩くのは禁止されているのですよ」


「ほう、そんなに平和な所があるとは驚きだ」


 帯刀が許されないなどとはウォルトにはにわかに信じがたいことであった。街の住人は剣を所持していないが禁止はされていない。街のなかにいる分には必要がないだけである。


 なので常時所有しているのは自警団や傭兵、護衛職、ゴロツキなどが大半だ。無論街中で振り回せばお縄となるが、それでも日本ほど治安は良くなく、所持してる者は多い。


「それでは、どうやって身を守るのだ?」


「治安組織は武装を許されています。そして犯罪を犯した者はコレから逃げることはできません」


「それは……言い方が悪いかも知れんが力で市民を押さえつけているのか?」


 晴樹は首をふり、日本警察の優秀さを教えた。ウォルトが日本の治安機構がよほど珍しいのか誤解しつつも面白がってあれこれ聞かれて話が弾む。


 この世界でも自警団が警察機構の役割を担っている。だが自警団は他にも重要施設の警備、街の防衛、獣の討伐とやることは多い。そのため警察としての機能は十分とはいえない。


 さらには教育も行き届かぬ有り様で、中には不正を働く者もおり、頭の痛い問題となっていた。


 龍児達の練習をしゃがみこんでじっと見ている若者がいる。馬車の中で1人でじっとしていた最若年のスルース・ススである。


 若いと言っても年齢は龍児達と変わらない。龍児は先ほどからこの青年の視線が気になって仕方がなかった。


「な、なんか用か?」


 耐えきれなくなって聞いてみる。


「い、いえ……何も……」


 ぼそりと答えると、再びじっと見つめてきた。龍児は会話になりそうにないと感じると再び剣を振る練習を始める。だがじっと見られていると思うとどうにも気が散って仕方がない。


「な、なんだよ!」


 彼はつい強くいい放ってしまった。


 スルースは体をビクリとすくませ、怒られたと思ってその場を後にしようとする。晴樹は黙ってそのやり取りを見ているとウォルトが説明をしてくれた。


「彼も本格的な剣の練習をしたことがないようですな」


「?」


 晴樹は傭兵をやっているのにそんな事あるのかと疑問に思う。そしてウォルトは話を続ける。


「よくあるのです。金も時間もなくて家財を売り払ってなけなしの装備を買っていきなり実戦に出る若者が。そして大半は教訓を得る前に亡くなっていく」


 ウォルトは少し寂しそうにした。


 彼を嘆いているなかそれともこの世界を嘆いているか、はたまた両方なのか。そんな境遇であれば生き延びる為にのぞきみたい気持ちもわからなくもない。


「あーまてまて。別にどっか行けと言ったんじゃねぇ。一緒にやりたいのか?」


「……いいのですか?」


「練習するのに悪いなんてねぇよ。じっと見てたって練習にならねぇぜ。それに多いほうが楽しいからな。なぁ晴樹! こいつにも一丁頼むぜ」


「ああ、歓迎するよ」


 晴樹も快く承諾してくれたのでスルースの表情は笑顔になり、練習に加わった。


「ウォルトさん。できればあなたの実践経験によるご指導をお願いできませんか? 僕は型を教えれても対人の実践は未経験なので」


 晴樹の申し出にウォルトは悩む。正直いって人に教えるのは苦手だったからだ。それができるなら今頃は教官職にでもついていただろう。彼にはそれだけの実践経験と齢を重ねていたからだ。


 だがこの礼儀正しい異国の若者に好感が沸いてしまった。本来なら依頼主や護衛対象にはそういった感情を持たないよう線引きをして不必要に接触しないのが彼流である。


 親近感を覚えてしまうと、いざというとき判断が鈍ることがある。仕事とは言え、何事も自分の命が優先することが生き残る秘訣なのだが、表立ってそれを口にはできない。


 だが彼のそんな思いとは別に、この仕事の成功率を上げる為には全体のスキルアップはあったほうが良いのは確かである。ウォルトは不器用なりにやってみるかと承諾した。


 残った女子達はそんな男子に対して『やはり男だね』と感心しつつ声援を送る。


 だが由美は彼らに触発されたのか弓の練習を始めだした。彼女は弓道部に所属していて家柄もあり小さいときから琴と弓を習わされている。


 特に弓の才能に秀でてメキメキと実力をつけ、校内でも一年の頃から突出しており上級生が舌を巻いたほどだった。


 由美は髪を束ねてポニーテールにする。弦が跳ねるときに邪魔になるからだ。


 和弓の美しくも洗礼された動作は見る者を魅了させる。だが使用しているのは異世界の弓だ。和弓とは異なる。


 玄を引いてみて以前に使ったことのある洋弓の感覚を引き出そうとしていた。


 放たれた矢は的の中心をわずかに反れる。だが使いなれた和弓とは異なる異世界の弓を初めてあつかった割りは見事な腕前だった。由美はこれなら直ぐに使いこなせそうな気がした。

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