第56話 傭兵と同乗者

 ブランキと別れた後、龍児達は予約しておいた商人の幌馬車に乗せてもらっていた。


 天気は良く、そよ風と共に聞こえてくる鳥の声はまるで、どこか外国の草原に旅行にでも来ているかのように錯覚する。


 だが所詮は快適性とは無縁の荷馬車である。あっと言う間に背中と腰が痛くなってしまう。隣街へ売りに行く荷物の隙間に詰め込まれているので結構辛いうえに暇であった。


 荷台には果物や麦などが詰め込まれており、これを売るのが商人達の目的である。


 隣のピエルバルグの街はこの辺りでは最大の人口を誇る大都市だ。その為に自分の街だけでは食料が足らないので他の街からの輸入に頼るしかない。


 商人の馬車を選ぶ際にブランキから食べ物を扱う商人の馬車はできるだけ避けたほうが良いと忠告されていた。理由として食べ物は山賊が最も狙いやすいからだと聞かされている。


 この街道を利用しないブランキが山賊に詳しいのには理由がある。この街道に出没する山賊はかつてプルシ村の裏に住んでた者達だからだ。


 当時はプルシ村を襲わない代わりに食料を頂いていたので狙うのはもっぱら旅商人の財宝目当てである。しかしアーグに寝床を奪われて、逃げて新たに築いた拠点ではプルシ村のように食料を調達ができない。


 したがって彼らは食料を運ぶ荷馬車を狙うようになる。


 更にそれに拍車をかけているのが護衛の問題である。食料はさほど高く売ることができない。したがって護衛を雇う余裕が無い。


 その解決手段として龍児達のように人を一緒に運搬する。彼らの運賃料金から護衛を雇うのだが防衛を担うほどの人数を雇うのは無理がある。


 ゆえに戦いになれば彼らも身を守る為に戦う必要に迫られる。女は酷い話、囮にすることもできるのだ。


 したがって梨沙達は食料以外の商人を探したのだが。残念なことに、すべて食料向けの商人しかいなかった。


 だが龍児達は全員で11人なので交渉していた商人の馬車だけでは足りない。他の商人と合同で移動することとなったため、これほどの規模ならば簡単には襲われないのではないかと拓真達は勝手に判断してしまった。


 6台の幌馬車が列をなす。先頭の馬車に護衛が一人、馬に乗った護衛が二人、最後尾の馬車に一人と合計4名の護衛がついた。


 彼らの装備はバラバラで統一性がない。護衛の兵はいわゆる傭兵というやつだ。装備は各々で用意しなくてはならず、好みで不揃ふぞろいとなる。


 例えばこの男、ウォルト・スミス。


 雇った傭兵の中で一番年配で見た目は60代。やや細身の体で顔はちゃんと飯を食っているのか心配になるほど細い。


 装備は重いのを嫌って皮鎧と槍、腰には細身剣。小さく丸い盾、そしてフルフェイスヘルム。このように頭だけ妙にアンバランスな出で立ちであった。


 彼はけして金が無くてこのような格好なのではない。経験を生かして自分の動きを阻害しない装備を選んでいる。鋼鉄のヘルムは重要な頭を最優先で守る為である。そしてどれも使い込まれていた。


 対して最後尾の荷馬車に座ってぼうっとしている青年、スルース・スス。


 年は16になったばかりで経験不足は不安を呼びこみ、防御に不安があるのか、かけなしのお金でチェインメイルを購入。残った金で安物の槍とナイフを揃えた。中古品らしくかなり痛んでいる。彼はこれが初陣だ。


 龍児達も武具を揃えていた。


 前に出たがる龍児には剣とハーフプレート。晴樹と拓真には皮鎧とサーベル。颯太には皮鎧と細身のショートソードと投げナイフ多数。由美にはロングボウ、梨沙と葵には皮鎧と細身剣、他の女子には短剣を持たせた。


 一応皆と相談して装備は決めたが、一部趣味に走った者もいる。


「颯太、お前投げナイフなんか使えるのか?」


「ふふん、前に映画で見たときから密かに練習していたのさ」


 颯太は映画で見た主人公のナイフ裁きに惚れて密かに練習をしていた。だが、練習に使っていたナイフは投げ専用では無いうえに基礎知識もなかったのでまともに成功した試しは無い。


 至近距離においた段ボールを相手にナイフが偶然にも何度か刺さっただけである。彼の見た映画のソレとはまったく異なるものであった。


「龍児君、僕らもあまり人のことは言えないぞ」


「ああん、なぜだ?」


 龍児が持っているのは一般的な両刃の剣である。アーグ戦で使ってみた経験があり、猪頭の時にも使っていた。少なくとも実践経験の無い颯太の投げナイフよりは使いこなしている自負がある。


「僕たちは剣技に関しては素人だ。技術や知識も何も無い状態だよ。僕らのなかでそれを知っているのは晴樹君だけだ」


「むッ。――基礎が成ってなきゃ所詮は同じ穴のむじなって事か…………」


 晴樹にしろ拓真にしろ二人とも武道をやっている連中だ。龍児には武道の経験は無く、体格や才能に恵まれているだけだという事はここに来てよく分かった。


 猪頭に囲まれたとき、無傷だったのは晴樹だけであり、彼が一番敵を倒していた。的確に相手の急所と思われる場所や動きを阻害するために手足を積極的に狙っていた。


 であれば技術を身につければ俺はもっと強くなれるのではないか。そうすればきっと皆を守れる男になれる。


 刀夜ばかりに良いところ取りされてたまるかと、龍児は対抗心を掻き立てると貪欲に技術を得たいと思った。


「晴樹、俺に剣術を教えてくれ!」


「やれやれ、こっちのほうが根負けしそうな勢いだね」


「僕もお願いする!」


「じゃ、じゃあ俺も俺も」


「……ごめん、投げナイフは専門外なんだ」


 颯太の願いはあっけなく却下された。

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