第54話 積もる話
梨沙と美紀の提案で宿は東門の側で取ることにした。ここならば隣街行きの馬車が集結する広場が目の前にあるので朝一ですぐに馬車に乗れる。
その分宿泊料金は高いが刀夜からもらったお金で余裕である。何しろ高いといっても昨日泊まった高級ホテルに比べれば全然安いのだから。
その分宿の質は安いなりの内容だ。木造4階建ての建物は2階から客室部屋で四人部屋と二人部屋からなる。ホコリっぽい部屋は単純に寝るだけの場所といった感じで味気も何もない。現代で例えるならベッドだけのビジネスホテルのようなものだ。
その宿の一階で昼飯を取ることにした。カウンター席は立ち飲み用らしく椅子はない。中央の二ヶ所に大きなテーブル。壁周りに四人向けのテーブルがある。
梨沙たちは異人であることを考慮して隅っこの場所を陣取った。人数的に大テーブルを使いたいところだが目立ちすぎる。街のことも分からないので余計なトラブルは避けたいところだ。
目の前に料理が並んでいくと腹を空かせていた皆の目の色が変わってゆく。喉をゴクリの鳴らして今にもかぶりつきたいところだが……
「美紀さん、あたし達は無一文なんだけど……」
先生がお金のことを心配して訪ねる。万が一無残飲食となった場合、どのような仕打ちがあるかわかったものではない。
『食べた分だけ働け』と言われて皿洗いなどならまだ笑えるが、牢獄行きとなって同じ囚人や看守にひどい目にあったりしたら……もう生きていけそうにない。
悪い想像力ばかり掻き立てて青ざめる先生に対し、美紀はにこやかに答えた。
「大丈夫よ先生。何てったってあたしたち大金もゴモゴモゴ……」
梨沙が慌てて美紀の口を塞ぎつつ周りを警戒した。幸いにも誰も聞いていない。客が少なくて助かった感はあるが。
「だめよ、こんな所でいっちゃ、誰に狙われるか分からないのよ」
「お、そふか……」
大金を所有しているなど知られればスリが寄ってくる可能性がある。ましてや異人であればなおのこと狙われやすい可能性がある。普通にするか貧乏人を装うのが吉だ。
「お金の面は気にしなくていいわ。アイツから工面してもらって、そこそこあるから」
梨沙はいくら持っているかは伏せて皆に安心するよう伝えた。しかしその当人がここに居ないことに晴樹は気になって仕方がない。
奴隷商人などいかにも危険そうなものを一人で追いかけて本当に大丈夫なのだろうかと心配なのだ。
そして刀夜を気にしている人物がもう一人、龍児である。
龍児は刀夜が工面した金にあやからなければならないことが屈辱ではあったが、それ以上にあの男が何をやってこんな金を得たのか気になっていた。なにしろ巨人の逃亡から僅か5日しかたっていないのだ。
アーグのときに貨幣を見つけてはいたが、服や装備、宿から食事までこれだけの人数分をまかなえるとは到底思えない。
龍児が見た貨幣は初日の夜に刀夜が見せた一部しか知らない。他に隠し持っていたことは知らないのだ。当然そのあとに大金を手にいれていることも彼は知らない。
「アイツは一体なにしやがったんだ? あれから一体何があったんだ?」
龍児は二人に問い詰めた。それは他の面々も知りたいことである。
梨沙と美紀は交互にお互いの経緯の話を皆にする。その話から坪内七菜の死亡が皆に伝えられた。
七菜は巨人に襲われた際に刀夜達と一緒に谷に落ちたメンバーの一人だ。刀夜が智恵美先生を助けようとして巨人を誘き寄せた際に犠牲になっている。
ある意味、刀夜のせいで彼女が亡くなったといっても良い。だが彼女の命を優先した場合、先生と拓真が犠牲となっていただろう。
さらに龍児達が逃げる時間かせぎにもなっているのは明白で刀夜のことを責めにくい内容であった。
そしてプルシ村のアーグ討伐の話になるとブランキも混じって詳細に語られる。その内容に龍児も驚かされた。
美紀は辛いことを思い出したのかうつむきながらも皆に報告する。
「刀夜君はね。皆の敵を取ってくれたんだよ。そして楠木さんと萩野さんを、その……連れ戻してくれたの」
美紀の微妙な表現に引っ掛かりつつも二人の安否を気にしていた智恵美先生が訪ねる。
「ふ、二人は無事だったの?」
その問いに美紀は答えれなかった。代わりに梨沙が無言で首を振った。そして二人の代わりにブランキが答える。
「見つけたときにはもうすでに……お二人はうちの村で埋葬させていただきやした」
アーグに拉致された楠木亜美と萩野夢乃の死亡を伝えると、智恵美先生の目から涙をポロリと溢した。そして『ごめんなさい』と小さく
教師として何もしてあげれなかったことが悔しくもあり、このような最後を迎えたことに哀れみを禁じ得なかった。
梨沙達の報告が終わると今度は拓真が自分達の歩んだ道を報告を始める。巨人からの逃亡、それは津村彩葉と中溝俊介の死亡を告げるものであった。
彩葉は初めてのアーグ戦にて大怪我を追い、感染症と出血の為に亡くなった。俊介は皆を巨人から助ける為に彼女の
自暴自棄とも言える内容であったが彼の名誉の為にそのようなことになっている。
その他にも猪頭の襲撃、先生の手術、森での遭難と飢え、自警団とのコンタクトについて語る。
この時点で生き残っているメンバーは智恵美先生、拓真、龍児、晴樹、颯太、舞衣、由美、葵、美紀、梨沙、
「と、取り敢えず料理が冷めちまう、た、食べて元気だそうや」
いたたまれなくなったブランキが皆を励ます。
「よし、食おう! そして生き残ったここにいる皆で必ず帰ろう!」
拓真がガッツクように料理にかぶりつくのを皮切りに皆も料理に手を出す。それは久しぶりのマトモな食事であった。
この頃、刀夜はブランキの予想通り商人に金を積んで出発を繰り上げさせて一路ピエルバルグへと向かっていた。
仲間の安否を気にしつつも何故か気になるあの少女の事が頭から離れない。それでも刀夜はこの馬車が万が一にも奴隷商人に追い付いた場合のシュミレートをしていた。
最悪、危険を犯してでも古代金貨をちらつかせて交渉させるかとも考えていた。しかし結局のところ奴隷商人の馬車に追い付くことは無いまま街に着くことになってしまう。
だがそれは結果的に刀夜の命拾いに繋がることになった。街中ならまだしも、もし道中で彼らに接触していれば刀夜は身ぐるみを奪われて奴隷にされていただろう。
刀夜は彼らの危険性を甘く見積もっていた。
◇◇◇◇◇
食事を終えた龍児達は今後の予定について議論していたが、するべき事はほぼ決まっている。装備を整えて刀夜を追わなければならない。
しかし疲労が溜まりきっているため今夜はここで一泊せざるを得なかった。
ここからピエルバルグの街へは馬車で約3日ほどの距離となる。その日は買い物とブランキから忠告受けるに止まった。
食事と買い物の最中、ブランキは遠回しに智恵美先生にモーションをかけていたが、当の先生は困っていた。
何しろ自分達は元の世界へと帰らなくてはならないのだ。それまでは生徒達の面倒を見なくてはならない。
しかしブランキの事は嫌いではない。彼の好意は嬉しかった。そして好感は持っていた。ただ同じ世界の住人でないことが残念だと。
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