第53話 ブランキの春
智恵美先生達は街のすぐ横に流れている川の
しかし、この場所は防壁の上からは丸見えなのである。自警団の人手不足により幸いにもそこを巡回されることはないので、たまたま彼らは助かっていた。
もし発見されていたら今頃は警備兵に追われる羽目になっていただろう。他人から見ればそのくらい彼らの行動は怪しいものに見える。
「おっせぇなぁ、大丈夫か? 二人とも」
中々帰ってこない二人を、龍児は心配してイラつく。
自警団のレイラの助言通り街を警戒して一度に入らず斥候を出したのだ。街の侵入にはクジで晴樹が当たり、舞衣は志願している。
彼らは門の辺りで何やら揉めたようだが中に入っていく所までは確認していた。
「龍児君、落ち着いて。まだ中に入ったばかりよ」
智恵美先生が龍児のはやる気持ちを抑えにかかる。ここで暴走されては折角慎重に行動しようとしている予定がパアになりかねない。
「やはり俺が行ったほうが良かったんじゃねぇか?」
龍児の意見に皆が一斉に首を振った。それは一番あり得ない人選だと。くじ引きで選ぶ際に龍児の分は最初っから抜いてある。
彼の性格からして何かあった場合、揉め事が大きくなりかねない。いや、必ず大事になると皆は分かっていたからだ。
自分が理不尽と感じたらガンとして譲らない性格なうえに相手に突っかかってゆくのは目に見えている。
ほどなくして体の大きな男と金髪の女が門から出てくると迷いもせず龍児達のほうへと歩いてきた。
「やべぇ、見つかったか!?」
龍児の言葉で皆の間に緊張が走った。すぐさまここから逃げ出そうかと判断したとき、聞き覚えのある声がした。
「おーい、先生ー!」
男勝りのハスキーボイス。それは梨沙の声だ。彼女が生きていた。無事に先にこの街にたどり着いていた。
「鎌倉さん!」
嬉しくなった智恵美先生は立ち上がって岩から顔を出してみると、そこにいたのは確かに鎌倉梨沙だ。
しかし横にいる見知らぬ大きい男が気になる。だが、その男も梨沙に合わせて軽く手を振っていた。その様子から智恵美先生は敵意は無いと判断して彼女の元へと走りだす。
「お、おい大丈夫かよ?」
龍児は心配したが大男のほうは終始にこやかである。それを快く思ったのか他の皆も立ち上がって梨沙の元へと走り出した。
これにはさすがに仕方がないかと諦めた龍児も警戒を解いて梨沙のもとへ向かった。
梨沙は懐かしい顔ぶれにとても喜び、いままで見せたことが無いような笑顔を浮かべた。智恵美先生はそんな彼女の顔を見て訪ねる。
「鎌倉さん、なにか雰囲気変わった?」
「え?」
「あーそういえば、何か明るくなったね」
「ええっ!? そ、そ、そんな事はないよ。再会できて嬉しいだけだよ」
梨沙は照れて取り繕う。彼女は自分が特に変わったとは思っていなかったからだ。それに突っ張って生きてきただけに『変わった』などと言われるのはどこかプライドを揺さぶるものがある。
周りからなんと言われようが自分を曲げない、変えない、それが彼女の信じている不良のありかただった。だが彼女の思いとは余所に実際に彼女はかなり以前より変わっている。
一人狼を気取って。勝手にクラスの皆を見下げて。誰とも口を訊きたがらなかった頃に対し、今の彼女は誰がどうみても明るくフレンドリーな印象だ。
「あー再会を喜んでいるところ、悪いんだが早くここを移動しないと……」
ブランキが指を差して門に行くよう促す。
「ああ、そうだったね。美紀もいるから急ごう」
梨沙はそう言って先生の手を引っ張った。そんな彼女に智恵美はやはり彼女は変わったと感じていた。
門では先程手回しを済ませておいたのですんなりと通れた。すぐ横の馬車から赤井美紀が手をふって皆を呼んでいる。
「美紀!」
「葵ちゃん!」
二人は互いに会いたかったと抱き合った。もう会えないかも知れない。そんな過酷な状況からの親友との再会に二人は互いの生の喜びを
再会の喜びに話が弾もうとするが、ブランキはそれを止めて馬車に乗るよう
店の営業を考慮して馬車を裏方へと回した。店内が異人だらけなるとさすがに店の印象に影響が出かねないからだ。
裏で店主に頼み内々に全員の衣装を揃えて着替えさせた。
「とりあえずこれで目立つのはマシになっただろう」
「ご苦労様、ブランキ」
「ブランキさん、ありがとうね」
「よせやい!」
梨沙と美紀に誉められて彼は照れる。
「あの、えっとブランキさん。何から何まで有り難うございます。それにうちの生徒も大変世話になったようで本当にありがとうございました」
智恵美先生が皆を代表してお礼を言うとブランキは目を丸くして硬直して顔を赤らめた。面と向かってよく見てみると彼女の姿容や声、そして細かい仕草などはブランキの好みだ。
華奢で細い手足に透き通るような肌。顔は少々幼げではあるが、豊満な胸はしっかりと大人を主張しいる。何よりも笑顔が可愛い。身長差はどうにもならないがそのようなことはどうでも良い。
「い、いや、こちらこそ刀夜には村を救って頂きました。先生をされているのですね。あんな才能を育てあげられるなんて、何てすばらしいお方だ!」
ブランキはいささか興奮して智恵美先生の両手を握ると、赤い顔が更に赤くなる。
『――えぇぇぇ!!』
智恵美先生は苦虫を噛みつぶしたようなひきつった笑顔を返す。彼の異常な才能は自分が育てたわけではないのだから。それどころか教師としては
「とりあえずお疲れでしょうから、皆で食事にでも行きましょう。ねっねっねっ」
ブランキは両手で馬車に乗るよう皆に催促すると、お腹を空かしていた皆は喜んで彼の指示に従い馬車に乗る。
だが美紀が馬車に乗ろうとしたとき、ブランキが馬車の影で彼女に手招きした。大きな体をこれでもかと言わんばかりに縮みこませて巨大なハムスターのようだ。
「なに? どうしたの?」
呼ばれた美紀が何事かと近寄るとブランキ同様に屈んで身を縮めた。その美紀にブランキは顔を寄せて、周りに聞こえないよう口元を手で隠しなからこっそりと話しかける。
「あ、あのよ、あの先生の……な、名前とか教えてくれないかな……」
顔を赤らめて恥ずかしそうにするブランキを見て美紀はピンと来た。ブランキに春が来たのだと、これは世話になった者としてしっかり後押ししてあげたい。
だが反面、彼を可哀想だとも思った。自分達は元の世界に戻るためにここにいるのだ。ブランキも村に帰らなくてはならない。直ぐに別れとなるであろうことは明白である。
だがそれでもこの人に思い出ぐらい作らせてあげたかった。
そして何よりそれを今後のネタにしたい!
美紀はニタリとほくそ笑み、ブランキの耳元で囁く。
「名前は遠藤智恵美。智恵美さんとか智恵美先生って呼ぶといいよ。年齢は24歳。独身。私の情報網では彼氏なし」
「ふん、ふん、ふん」
「好きなものは可愛いものとか甘いもの。頼りになる筋肉質系が好みで甘えさせてくれる人が好き」
「むふうーぅ」
ブランキは鼻息混じりで自慢の筋肉盛り上げてみせる。
「バスト、ウェスト、ヒップは(本人)、(希望により)、(非公開)だよ」
「むほぉーお!!」
ブランキの興奮は止まない。智恵美先生は童顔ではあるが体はかなりのナイスボディである。
特にはち切れんばかりの2つのアルティメットウェポンは凶悪で、思春期の男子生徒の憧れとなっている。
「頑張って!」
美紀は親指を立ててエールを送ると馬車に乗りこんだ。
「ねぇ、まだ行かないのか?」
中々出発しない馬車を不思議に思い、梨沙がブランキに訪ねるが、そこには溶けたスライムのような顔の物体がいた。
「うげ!」
見たこともないその物体に梨沙は全力で引く……
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