第52話 悪戯な運命

「行っちゃったね……」


 梨沙は涙を拭うと鼻をもすすった。


「ブランキさんはこの後はもう帰るの?」


「ああ、その予定だったが……こんな状況だからな。帰るのは明朝にしよっかな……」


 ブランキなりに気を使っての発言だ。その心遣いは美紀にとってとても嬉しいものである。短い間でも一緒に旅した仲間が一度に減るのは寂しいと感じていたからだ。


「ブランキさんって優しいね」


「よ、よせやい」


「じゃあ、早く荷物運ぼ。ほらほら梨沙も押して押して」


 本当は美紀も寂しい。だが刀夜に約束した以上頑張らねばと気を張っていた。


 三人は黙々と荷物を運ぶ。表通りの店先に馬車のような大きなものを置くわけにはいかないため、馬車は指定の場所に置かなければならない。


 馬車置き場にはまだ就職できない子供や青年が小遣い稼ぎに番をしてくれる。見張ってくれればお駄賃をあげる。荷物を積み込む手伝いをすればお駄賃。荷車を店に返せばまたお駄賃と割りと稼ぎがよく人気だ。


 人気なだけに人が集まるため、取り合いにならないよう彼らには独自にルールが設けられている。


 ブランキも彼らに荷物を積み込むのを手伝わせるとあっという間に作業は終わる。子供達にお駄賃を渡すと喜んで彼らは市場へと消えていった。


「助かるよ」


「どういたしまして」


 荷物を運ぶ手伝いをしてくれた二人に礼をいうと、美紀は笑顔で答えた。明日まで一緒にいてくれるというのだからそれに比べれれば安いものである。


「これからどうするの?」


「もと来た門に行く。そこで馬車と荷物を預かってもらうんだ。そして宿だな」


「刀夜の言ったとおり門前で宿を取るんだね」


 ようやく平常心に戻った梨沙の口が開いた。梨沙は刀夜に本心を言えなかったが、あのような気持ちになったのは小学生以来であった。


 それは恥ずかしかったが決して心地悪いものではない。何か不浄なものが洗い流されたような気分だった。


「そうだ、混みやすいから。早く宿をとっておかないとな」


 ブランキは手綱で馬をたたいて馬車を進める。荷台に乗り込んでいる二人は刀夜が向かった門の方向をずっと眺めていた。


 昔の梨沙はもっと素直な子供だった。だが彼女の親は想像だけで物事を判断し、悪いことは全部自分のせいだと決めつけてくる。それが腹立たしく彼女はぐれてしまう。


 さっさと自立して親元から離れたかった。そのためには何でも自分一人でできるようになる必要があった。だからあの男に嫉妬していたのかも知れない。


 とはいえ刀夜の評価を変えるつもりはないが……と梨沙はほくそ笑む。


 だが万が一皆が奴隷商人に捕まっていたとしても刀夜なら必ず何とかしてくれる。二人はそう確信していた。


◇◇◇◇◇


 ブランキ達は最初にやって来た門の前の広場にやって来た。来たときとは一転して閑散としている。


 混むのは出入りの激しい朝方と夕方であり、昼近いこの時間は空いている。とは言え、馬車を預かって貰える場所には限りがある。しかも出入りとは真逆にこの時間の預り所は混む。


 空き具合を伺っているとブランキは何かいつもと異なる雰囲気に気がつく。周りにいる人々がみな同じ方向を向いていたのだ。


 ブランキが同じように視線を向けると、門で衛兵と旅人が何か揉めている様子である。


「なんだ? 何かあったのか?」


「どうかしたの?」


 梨沙が問うが、ブランキは揉めている二人に何か見覚えがあった。そう特に二人が着ている服をつい最近見たばかりだ。


「お、おい、門で揉めているあの二人、も、もしかして……」


 ブランキの言われたとおり二人は目を凝らしてみてみると心が跳ねた。


「ブランキさん急いで門に向かって!」


 梨沙も美紀も目を輝かせる。


「あいよ!」


 馬に手綱の鞭を入れると馬車のスピードが上がる。

 門のすぐ横に着けると二人は揉めている衛兵と二人の元へと駆け寄った。


「三木君!!」


「宇佐美さん!!」


 大声を上げた二人に振り向く男女。彼らはついに合流できたのだ。梨沙は涙目でここぞとばかりに晴樹に抱きついた。


「鎌倉さん?」


 美紀も舞衣に抱きつく。


「赤井さん? 二人とも無事だったのね」


 舞衣も涙を浮かべて美紀を力強く抱き締めた。


「なんだ、知り合いか?」


 揉めていた衛兵が訪ねる。衛兵は見たことのない衣服を着ている異国人の二人を職務質問をしたのだが、二人は馬鹿正直に答えてしまった為に話が通じなかった。衛兵は困り果てて追い返そうとしていたのだった。


「ああ、彼らは俺の知り合いだ」


 ブランキはそう言って衛兵の耳元で何かを話した。


「そ、そうかわかった。だが、その服装で街をうろつくのは……」


「わかっている。直ぐに何とかする」


「え、他の皆も来ているの?」


 美紀が驚きの声を上げるとそれはブランキと衛兵の耳にも届いた。


「らしいので、もう何人か来るから頼むぜ」


 ブランキは鞄から銅貨を数枚を兵士の手に渡す。二人だけなら不要だったかも知れないが、更にとなると渡しておいたほうが良いと判断したのだった。


「梨沙、美紀。このままだと目立つから二人を馬車に乗せてくれ」


「う、うん。そうだね」


 晴樹は刀夜を探して辺りを見回すがどこにも彼の姿は無い。不安にかられて二人に訪ねてみる。


「刀夜はどうしたのかな、いないの?」


 晴樹の言葉で刀夜の事を思い出した二人は一瞬硬直した。晴樹達に出会った喜びでつい忘れてしまっていたのである。


「ああーーーーしまった。刀夜だよ、刀夜! 刀夜!」


「そうよ 刀夜くんよ、刀夜くん! 刀夜くん!」


 梨沙と美紀は慌てふためいてブランキにどうしたら良いのかとすがりつく。


「えっ、刀夜なの? 見ない間にずいぶんごつくなったね」


 晴樹はキョトンとした表情でブランキを指差した。


「んな訳!」

「あるかい!」


 梨沙と美紀の同時の突っ込みが炸裂する。


「実は刀夜はさっき街から出ていった。奴隷商人を追いかけていった所なんだよ」


「え?」


 晴樹はいまいち事態を飲み込めなかった。なぜ刀夜が奴隷商人の馬車を追いかける必要があるのかと。


「ねぇ、それより早く追いかけて刀夜を止めないと街から出ていっちゃうよ?」


 美紀はみんなにも刀夜を会わせたかった。クラスの皆がバラバラなのがイヤだったのである。


 だがブランキの顔は渋かった。刀夜と別れてもう30分は経っている。また彼の性格からして金を積んででも出発を急がせている可能性が高い。


 門は街の反対側であり、今から追いかけても間に合わないだろう。


「なぁ、どのみちピエルバルグで落ち合うんだから、今それを頑張るより、彼らのほうを先に何とかしたほうがいいのなじゃないか?」


「ブランキさん!」珍しく美紀が怒鳴る。


「あぁ、待て。言いたいことはわかる。だが刀夜なら奴隷商人相手でもなんとかするんじゃないかな。それにいざとなったらボナミザ商会に力を借りることもできるし」


 と言いつつもブランキもかなり迷ってはいた。今から追いかけても反対の門には1時間はかかる。馬車ならばもう少し早いが、そうなると今来ている刀夜の仲間はここに置き去りにしなければならない。


 残っている連中を門に入れて連れていくには時間がかかりすぎる。だから刀夜を信じたかったのだ。


「大丈夫かなぁ~刀夜くん」


「三木君達が来るのが遅ければどのみち、一人で行くことになっていたのだから今は信じましょう。そしてできるだけ早くピエルバルグへ向かおう」


「そうだね、それがいいね」


 晴樹は梨沙と美紀の会話を聞いて、とても喜ばしかった。あの刀夜が二人からこうまで言って貰えるように関係を築き上げたのだと感じて、それがまるで我が事のように嬉しかった。


「じゃあ残りの人達も早く連れてこなければならねぇなぁ」


「美紀、あたしとブランキで迎えに行ってくるよ」


「じゃあ、あたしは二人の面倒を見てるね」


「荷物の番も頼むぜ」


「うん、分かったよ」


 ブランキの馬車は門の横に着けたままにして二人を乗せた。馬車には日除けのフードがあるので横からは中は見えないようになっている。


 はっきりとよそ者であることが分かってしまう二人をずっと晒しているわけにはいかなかった。

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