第49話 別れの予兆
――朝、ホテル――
刀夜たちはホテルのレストランで朝食をとっていた。昨日のディナーをとった所と同じ店である。
店の中ではアンティークな家具が配置された部屋に丸テーブルがたくさん配置されおり、身なりをきちんとした客が朝食を取っている。
ディナーと違ってメニューはでてこず、バイキング形式でもない。店員に席へと案内されるとすぐさま朝食が並べられた。
出てきた朝食は、ミルク、パン、スープ、ベーコン、茹で卵、サラダだ。日本のホテルでもよく見かける朝食である。
サラダは生ではなく火を通されたものとなる。冷蔵庫がないこの世界では生物を食べる習慣はない。
ちなみにパンはお代わり自由、スープはオートミールにも変更可能だ。
「今日のブランキの予定は両替と買い物だったよな」
「ああ、そうだ一緒に来るか?」
「是非とも勉強させてくれ」
刀夜はブランキと共に行動できる内はできるだけ一緒に行動しようと考えていた。ブランキの持つ知識をできるかぎり吸収したいのだ。
昨日もディナーの後でウェルカムドリンクを餌に彼と遅くまで話し込んだ。ブランキはガブガブとお酒を飲むが、刀夜は得た情報を忘れてはならないと口を濡らす程度に止めておく。
「それと悪いんだが宝石を売却したいのだが、いい店を知らないか」
「大通りに面している店なら大概いけるぜ。なんならそっちも寄っていくか?」
「助かるよ」
本来ならボナミザ商会にて売却してしまえば良かったのだが、梨沙の一件で換金しそこなってしまっていた。だが街の一般の店がどのようなものなのか知る機会だと刀夜はポジティブに切り替える。
それを聞いた梨沙の耳がピクリとした。
「ねぇ刀夜、それってあたし達の宝石を売却しようとしてる?」
「そうだ。手持ちは宝石より現金のほうがいいだろう?」
大金を持ち歩くとき宝石などは軽くて良いが、いざ現金として使いたいときに困ることになる。現に昨日、ホテルに泊まるときに梨沙はホテル代を支払えなくて困る結果となった。
「いや、まぁそうだけどせめて前もって相談くらいしてよね」
「それは悪かった」
「刀夜は結構せっかちさんだよね~」
突っ込みを入れる美紀に刀夜は『お前はのんびりしすぎだろ』と内心
◇◇◇◇◇
ホテルを後にした刀夜達は両替店に向かう。店は自警団本部の2つ隣である。ここなら強盗が入っても直ぐに自警団が駆けつけるので随分良いところに建てるではないかと刀夜は感心した。
建物に入ると中はかなり物々しい雰囲気を漂わせており、その原因は受付の鉄格子だ。強盗を警戒してなのだろうが、まるで昔の収容所にある面会場のようである。
そのカウンターの上には両替のレートが記載されている。刀夜は文字は読めなかったが、数字だけはプルシ村のナルの雑貨屋で覚えていた。数字は50とあるので古代金貨のレートであることは間違いない。
しかしながら変動するのは古代金貨のみであり、誰もここで古代金貨を換金するとは思えないので実に無駄のように思える。
ブランキはナルから預かった古代銀貨をカウンターに渡すとしばらくして銀貨20枚が返される。
刀夜達もそれにならって金貨を銀貨へと交換してみたが、特に書類を書くでもなく口頭で伝えるだけの簡単なものである。
ブランキはその理由として字の書けない者やよそ者に配慮している為だと説明をした。
次に適当に選んだ買い取り店に入った。店には買い取られた品々が所狭しと並んでいる。店主は年老いた目つきの悪い老人で、客が来ても挨拶もしないような輩で感じが悪い。
刀夜は別の店のほうが良いのではないかと懸念するが、一応ブランキが大丈夫と言うのでここで換金することにした。
梨沙と美紀の手持ちの宝石は金貨1枚と2枚と言い渡される。刀夜は帝国時代の宝石がそんなに安いハズは無いと文句を言った。
刀夜はこの宝石の価値など知らないが、あまりにも店主の感じが悪いため探りを入れてみたのだ。だが思惑に反して店主からの宝石の説明もなく、ただ首を横にふり応じない。
「しかたがない。『ボナミザ商店』で換金してもらおう。今ならまだ
刀夜がさらにカマをかけたとたん店主の顔がみるみる青ざめる。急に下手に出て勉強させてくれと頼み込んできた。結果、金貨は4枚と8枚になる。
刀夜は『ボナミザ商会』がいかにこの業界で力を持っているか見せつけられた思いであったが、同時にそのような
「さて、後は買い物だけだな」
「やったぁ」
「ああ……」
美紀の喜びとは裏腹に刀夜の返事は歯切れが悪い。それどころか顔色が良くないように感じられた。
「どうかしたのか?」
「……梨沙と美紀はブランキと一緒に買い物へ行ってくれるか?」
刀夜はもう一つやっておかなければならないことを思いついたのだった。
「何、またスタンドプレイなの?」
梨沙は今朝注意したばかりの刀夜の先走った行動を再び指摘する。結局この男は何の反省もしていないのだと
「もう少し考えてからと思ったのだが、準備は早めにしたほうが良いかもしれない」
そう言いつつも刀夜は何か落ち着かない感じだ。梨沙はこんなに落ち着きにない彼を初めて見た。いつもポーカーフェイスを決め込んでいて喜怒哀楽を表に出さない男が明らかに動揺している様子である。
それを問いただそうしたとき、同じ事に気がついた美紀に先を越された。
「どうしたの刀夜くん、なんか落ち着かないね」
刀夜も何故か分からなかった。ただ何かじっとしていられない気持ちになるのである。このようなことは本人も初めての出来事だ。
「分からない、なぜか早く次の街に行かなくては……なんかそんな気がしてならないんだ」
「ええッ? 皆と合流しないの?」
「できるものならするさ、だが何時までも待つわけにもいかない。生きていると限ったわけじゃないからな」
「ここで
「いや、ここはダメだ。どこかで腰を落とすならピエルバルグの街を活動拠点にしなくてはダメだ」
「それはどうしてなの?」
ここの街とて決して小さいとは思えなかった梨沙はなぜこの街だとダメなのか理解できないでいる。先生達と合流するには最適とさえ思えるこの街を。
「ピエルバルグはこの辺りでは最大の街だ。加えて魔術ギルドの大図書館がある。情報を集めるにはうってつけなんだ」
刀夜の説明により、彼はすでに次のこと考えているのだと理解した。そしていつの間にかそなような情報を掴んでいたことに驚くが、これは表情に出さないよう隠した。梨沙はそのような顔を刀夜に見られたらいつかネタにされそうな気がしたからだ。
「そ、そうなの。でも、だからといって何も急ぐ必要はないんじゃないか?」
次の街に向かいたい理由は理解できたが、急ぐ理由については解らない。大図書館とやらは建物なのだから逃げも隠れもしない。先生達との合流よりも急ぐ必要性など感じられない。
「ああ、そうなんだ。そうなんだが……何故か急がなくてはならない気がしてならないんだ。こんな事は俺も初めてだ」
刀夜は自分の心拍数が急に跳ね上がったのを感じていた。自分の身に何かが起きていると予感した。
だがどうして、このようなことが起きているのか理由がとんと分からなかった。次の街に向かう準備も必要だが、この動機の理由も刀夜は知りたかった……
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