第48話 ヤンタル道中記

 ――時は少しさかのぼる。同日昼前――


 龍児達は一路、ヤンタルに向かっていた。野宿して昼前頃にプルシ村とヤンタルへと向かう分かれ道へとたどり着く。


 ここは刀夜達が今朝方に通ったばかりの道だ。龍児たちがもう少し早くこの街道へでていれば刀夜との合流もできたかも知れない。


 自警団に教えてもらったとおり南下してヤンタルへと向う。疲れてみんな黙々と足を進めていたが、耐えかねた者が静寂を破った。


「疲れたぁ~お昼まだぁ」


 足を進めながらも葵は不服を垂れる。昨日からずっと歩きづめなので皆の足はもう棒状態となり疲労が溜まっていた。もっとも葵の場合は疲労より空腹であることが耐え難い理由であるが。


「頑張れ天穣さん。食料が尽きる前に街に行かないと」


 自警団より分けてもらった食料は街までの三日分しかないのだ。特に水は余裕がないため自警団より教えてもらった水源にて補給する必要がある。


「うん、それは分かっているんだけどね。仮に街に着いても、あたし達は一文無しなんだよねぇ……」


「少なくともここで、のたれ死にするよりは希望があるんじゃないか?」


「希望って?」


「取り敢えず手持ちの持ち物を売るとか……」


 正直いって街がどのような所なのか想像もつかない。自警団のような者がいるということは城下町のような場所なのだろうかと想像するも、疲労が思考の邪魔をする。


 やがて会話に疲れたのか、考えるのが面倒になったのか、そこで話が途切れると再び沈黙が訪れる。


「手持ちって……ノートとかシャーペンとか? 売れるのかな」


 忘れそうな頃に突然会話が再開される。


「後は服とか化粧道具、裁縫道具……他なんかありましたっけ?」


 舞衣が手持ちの荷物を羅列し訪ねるが考えるのが億劫おっくうなのか再び沈黙が訪れる。


「…………か……………………じゃね」


 颯太が何か言ったが、皆は聞こえないふりをした。


「タオル、ハンカチ、水筒、ペットボトル……竹刀、木刀……」


 晴樹がぶつぶつと持ち物を羅列した。だがどれも大して高く売れる気はしない。そしてまた沈黙が訪れる。


 一々落胆する気力も無いのだ、そんな力があれば歩け、歩けと頭の中で言霊がリフレインする。


「それ………か……だ……売れ……いいんじゃね」


 また颯太が何かを言ったが、再び無視される。


「ねぇ獣から奪った武器ならまだ高く売れるんじゃないかしら」


 智恵美先生は晴樹の腰にぶら下がっている剣が目について提案した。自警団のような騎士がいるのだから剣などは需要がありそうな気がした。ただそれとて刃は欠けてボロボロなので買い叩かれそうではあったが。


「成るほど、それならもう少し高く売れそうだな」


「でしょ」


 多少ではあるが彼らに望みの光が見えて場は少し和んだ。


「それよか、女は(規制)売ればいいんじゃね?」


 その言葉に耐えかねていた女性陣から一斉に殺意の目を向けられた。よりによって一番言ってはならない言葉だ。


 一斉に向けられた殺意に颯太は硬直して冷や汗を流す。


「じょ、冗談だよ……冗談……」


「久保君! その冗談は洒落しゃれにならないことぐらい解るわよね?」


 さすがの智恵美先生も堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れたようだ。顔は教師スマイルだがコメカミに血管を浮かびあげて拳がグーである。


 先生の背後で他の女子生徒も拳を鳴らして獣の如くうなり声をあげていた。


「ご、ごめんてば」


 だが鬱憤うっぷんが溜まっていた女子生徒から颯太は暴行を受けた。颯太は助けてくれと乞うが、さわらぬ神に祟りなしと男子は傍観ぼうかんを決め込む。


 だがそんな女子に混ざらずに一人モジモジとしている女子がいる。切り揃えた前髪は彼女の目を覆うほど長く、全体的に華奢な体つきをしている。


「あ、なんだ、オメーは混ざらねぇのか? ええーと。えーあ、あれ?」


 龍児は彼女の名前を思い出せなかった。それどころかクラスにこのような女子がいたかと必死に記憶を辿たどる。


「おい、彼女は片柳咲那さなさんだ、せめて名字ぐらい覚えておきたまえ」


「い、いいです。あたし、よく、影が、薄いって、言われる、から……」


「いやいや、良くない良くない」


 拓真は顔の前で手を振った。


「あたし、男の人、喋るの、苦手で、触れるの、もっと、苦手……」


「あ、ああ、そりゃ分かったが、もうちと普通に喋ってくれねぇか、えっと片岸さん」


「――ヤナギ、です……」


「ああ、すまん。片柳」


「あーヤナギっち。あんたもこのバカに荷物持ってもらいなよ」


 そこには顔をボコボコにされた颯太が女子の荷物を全部持たされていた。


「え、えと、じゃあ、すみま、せんが……持ちやがれです」


「えと……なんか俺にだけ喋り方変じゃね?」


「そ、そんな、こと、ネェです!」


 龍児は直感でこの子は苦手だと感じた。はっきり言って何考えてるのか読めない。不気味さで言えば刀夜より上かも知れないと、龍児は彼女と距離を置くことにした。


◇◇◇◇◇


 颯太は自業自得とはいえ悲惨だった。2日分のの食料と水が入ったリュックは重い。それが6人分である。千鳥足となって最後尾を歩く羽目になった。


 ただ彼が幸いだったのはこの事件が起きたのが昼前だったことである。1キロほど歩いた所で拓真はお昼にすることにした。


 颯太は川の土手で荷物を降ろすと大の字になって息をきらして倒れ込む。


「じゃあ、ここでお昼休憩にしよう!」


 お昼と言っても食べれるものは限られている。自警団より分けてもらったのは水、干し肉と乾燥パン、魚の燻製くんせい、岩塩だ。正直なところおいしくはないが、飢えるよりかはましである。


「あと、街までどのくらいでしょうか」


 食事をとりながら舞衣が今後を心配する。


「徒歩で3日だと言っていたから、明日には着くはずだが」


「ここからだと全然見えないね」


 道は遥か彼方まで続き、街はまったく見えない。街道とはいえ平坦な道が続いているわけではない。緩やかな丘もあれば大岩に塞がれて迂回したりしている。何よりも遠方では水蒸気のせいか陽炎が立ち登っているためよく見えないでいる。


「山の上とは言え、八神君はよく見つけれたものね」


「陽炎みたいで確実じゃないって念を押してたのは、こういう事だったんだろうな」


「美紀どうしてんのかな~、お腹空かせてないのかな~」


「赤井君もだが鎌倉君も坪内君も無事だろうか……」


「委員長、せめてその中に刀夜も入れてやってよ」


 この頃刀夜と赤井美紀と鎌倉梨沙はブランキの馬車に揺られている頃であった。坪内七菜は巨人から逃げる際に亡くなっている。


「それはそうと葵! てめーまた食い過ぎたりするんじゃねーぞ」


「わ、分かっているわよ、何度も言わないでよ」


「おめーの場合、反省しているように見えねえーんだよ」


 龍児の指摘に葵は膨れる。


 葵は巨人からの逃亡の際に大量に入手していたはずの果実をガツガツと一人で食べてしまったため、食料危機事件を引き起こした。


◇◇◇◇◇


 川辺で休憩している彼らの前に馬車が通り抜けた。


「まただわ」


「どうしたんだい宇佐美君」


「さっきから馬車が通るたびにあたし達の事、ジロジロと見ているのよ」


「ふむ、それは仕方が無いんじゃないか? 異国人だし、こんなカッコだし。俺たちだって立場が違えば同じ事をするのではないか?」


 彼らは学校の制服か体操服姿なので、この世界の人からすればさも奇っ怪な姿に見えるであろう。ジロジロ見るなというほうが無理というものだ。


「それはそうなんですが、何というか……このまま街に入って大丈夫なんでしょうか?」


「何か心配事でも?」


「いえ、ただなんとなくそう思えたものですから」


「いわゆる漠然ばくぜんとしたものを感じたわけだな」


 舞衣はコクリとうなずいた。


 普段ならこれで会話は終わりだが、今の拓真は仲間の命を預かっていることもあり、彼女の抱いた不安が何なのか考えようとした。


「そういや、自警団のレイラがアドバイスくれたぜ」


 龍児が『心配事』の言葉からレイラの忠告を思い出した。


「ほう、それはどんなことだい?」


「よく分からなかったが『街には気を付けろ』とだけ」


「『街に気をつけろ』か……何かあるんだろうな」


 レイラのアドバイスはどちらかと言えば忠告である。彼らが気を付けなければならないのは奴隷商人たちだ。


 異国の旅人が連中に襲われて奴隷にされたなどよくある話なのである。そして街に近づけば彼らとの遭遇率が高くなるのである。さらに街に入ってもそれは変わらないのだ。


 彼らに襲われないようにするには刀夜のように現地人のふりをするか、現地人と共に行動するのが望ましかったのである。


「アドバイスの内容は分からんが、どうやら慎重に行動したほうがいいみたいだな」


「具体的にどうするの?」


「まず夜は街道から外れて隠れて野宿をしよう。あと街にはみんなで入るのでは無く偵察を出して中の様子を確認してから入ろう」


 この時の拓真の選択は正解であった。その日の晩、灯りも灯さない怪しげな馬車の一団が街道周辺を何度も彷徨うろついていたのである。龍児達の情報が街にいる奴隷商人に伝わり、彼らを探しに来ていたのだ。


 龍児たちは街道から離れたくぼみで火を炊かずに隠れ潜んでたため、彼らに見つかることはなかった。

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