第50話 運命の出会い

「ブランキ、隣街に行くにはどうしたらいい?」


「それなら、大通りを真っ直ぐ。俺達の来た方向へとは逆の門の前に、隣街行きの馬車がたくさん止まっているはずだ。定期便に乗るか、商人の馬車に便乗するかだな。お勧めは食料品以外の商人の馬車だ。料金は高いが護衛が付いている。街道には山賊が出るって話だからな」


「分かった二人を頼むよ」


 そう一言述べると刀夜は誰の返事を待つまでもなく走りだそうとする。そんな刀夜に慌てて梨沙が声をかけた。


「ちょっと、勝手に隣街に行かないでよ!」


 念を押しておかなければ、勝手に隣街にいってしまいかねないような予感がした。刀夜はそんな人の気も知れず、ただ返事もせずに片手だけを上げて人混みの中に消えていった。


「もう、勝手なヤツ!」


 そんな刀夜に梨沙は膨れる。


◇◇◇◇◇


 刀夜はようやく東門へと来た。大通りをまっすぐ来ただけなのだが思いの外時間がかかるくらい遠かった。


 これで中堅規模の街だというのだから、さらに大きいとされる隣街は相当な人口を保有しているのだろう。


 門が見えてくると速度を落として辺りの街並みを見回してみる。確かにブランキの言ったとおり商人の馬車が多くの止まっていた。多くの馬車が隣街へ向けて出発の準備をしている。


 馬車が止まっている街並みの一角に大きな店があり、そこから商人と武装した兵士が列なってゾロゾロと出てきた。


 彼らの装備はまばらでまったく統一性がない。どうやら彼らが傭兵のようだ。傭兵の装備がまばらなのは自前で用意しているからである。


 用意されていた馬や馬車に乗り込むと商人達の馬車と共に門から出ていった。


 刀夜は気になってその施設の窓から中を伺うと、中では多くの武装した兵士が待機している。


 部屋の中はかざりっけのない煤けたボロい木造仕立てとなっている。一番奥に長いカウンター、あとは足の長い小さなテーブルと椅子が散乱してまるでバーのようになっている。


 奥のカウンターに商人達が寄集まってカウンターの男と何やら取引をしている。


 一人の兵士が刀夜に気付いて入口から出てきて話しかけてきた。


「どうした。傭兵にでもなりたいのか?」


 そう話かけてきた男は、丈夫そうな体にハーフプレートの鎧を着込み、腰に剣と背中に弓を装備している。顔つきは苦労を重ねたのか額と目尻にシワが多く、頬の生々しい傷跡がいかにも熟練者といった感じであった。


「いえ、興味本意でのぞいただけです。傭兵はここで雇うのですか?」


「ああ、そうだ。ここは主に馬車の護衛用だがな」


 男の言い様では他にも傭兵の仕事はあり、内容によって雇用場所が異なるようだ。


「傭兵になりたいのなら傭兵ギルドで受け付けてきな。最もその貧相ななりでは長続きは無理だろうがな」


 男は少し笑ったような顔で教えてくれた。だがそれはバカにしているといった感じではない。危険だから止めておくようにと言った類いの忠告のように刀夜には聞こえた。


「ありがとうございます。傭兵になる気はありませんので……」


「はははは、だろうな。好き好んでなるヤツはいまいて」


 男は豪快に笑って施設に戻ってゆく。この男の喋り方はどことなくブランキを思い出させるような男であった。


 しかしながら刀夜の目的はここではない。馬車に乗せて貰えるよう商人と交渉する場所である。それと胸の動悸の原因だ。先程からどんどん強くなっているような気がしてならない。


 施設を後にして門前の広場へと出たとき、目の前を威圧感のある馬車の一団が通っていく。


 普通の幌馬車が3台、貴族でも乗っているのかと思うような豪華な馬車が1台、その後をまるで要塞か牢獄のような重々しい馬車が3台。


 刀夜は呆然と異様な馬車を見ていたとき、最後の1台が通り過ぎる直前に格子窓からすすけたピンク色の髪の少女が顔を出した。


 ドクン!!


 刀夜の心臓が大きく脈打つ。


 まるで爆発でもしたかのような衝撃に思わず自分の心臓はあるのかと手を当ててみると心臓は動いていた。鼓動を確かめつつも目は彼女から離すことができず、もっとよく見たいと思ってその馬車を追う。


 だが少女は刀夜に気づかずに街の様子を見ているだけだった。馬車は門の外へと出てゆくと過ぎ去っていく。


 そんな馬車をまだ追いかけようとする刀夜を衛兵が慌てて止めた。


「あぶないぞ、あの馬車に近づくんじゃない!」


 兵士はあの馬車の危険性について知っていたのだ。馬車が離れていくに伴い刀夜の鼓動は徐々に治まってゆく。そして兵士に問いつめた。


「あの馬車は何だ?」


「何だって、お前は知らずに近づいたのか……」


「ああ、知らない。だから教えてくれ!」


 兵士は困った顔をした。人が見ているこんな大通りで話すことができなかったのである。


 刀夜は兵士の顔色を見て察すると、鞄から銀貨を1枚取りだして兵士に握らせた。兵士は仕方がないとばかり無言でこちらへ来いと親指で合図する。門の物陰で兵士は重い口を開いた。


「あれは奴隷の馬車だ。もうすぐ隣のピエルバルグの街で売りに出されるのだろう」


「この街では売らないのか?」


「ああ、向こうの街のほうが金持ちが多いからな。こっちの街で欲しいヤツはわざわざ向こうへ出向かなくてはならない。この街を堂々と出ていったのは宣伝なのさ」


「なるほど」


「お前はなぜあれに近づいた? 下手すると奴隷にされてしまうぞ。あ、もしかして知り合いが捕まったのか?」


「え? いやそれはわからないが……」


 刀夜は仲間が奴隷商人に捕まっている可能性までは考えていなかった。だが確かに捕まっている可能性はゼロではない。


「お前も異国人なら油断はするなよ」


「ああ、わかった。ありがとう」


 兵士と別れた刀夜は再び門の向こうを見た。なぜこうも激しく心が揺れ動かされるのだろうか? もう一度あの娘に会えばそれが分かるだろうか?


 初めて経験する不思議な戸惑いを感じつつも刀夜は過ぎ去っていく馬車をいつまでも見送っていた。

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