第42話 ボナミザ商会1

「ふ~ん、コレかい……成る程……ちょっといいんじゃなぁい」


 店の女将おかみは品物に満足したようだ。いかめしい面構えも緩んでいる。


「これ帝国時代の代物のようね。あんたぁどうやってこんな代物……いや、それを聞くのは野暮ね……」


 商品の出所は問わないのがこの業界の暗黙のルールだ。盗品であるかは相手や品物を見ればおおよそ分かってしまう。


 もし本人が窃盗をおこなったことを知った場合、皆がいる手前捕まえて自警団に差し出さなくてはならない。表顔の信頼のためにそこは譲れない。


 ブランキが持ってきた商品は帝国時代のものであった。


 帝国時代……それは今から400年前に君主制度による支配体制のもと国家の概念がまだあった時代である。


 強大な国力で金銀が掘られ、ふんだんに装飾が施された品物は現代では考えられ無いほどの贅沢品が多く作られた。だがそれらは帝国の崩壊と同時に多くの財宝が失われてしまう。


 また現代では強力な国力が必要する金銀の採掘は行われなくなってしまったために希少鉱石となり、金銀は今のような高値の価値となった。特に金は貴重品だ。


 女将おかみは時代と通貨の歴史について語るとこれがいかに貴重であるかを説いた。彼女が合図すると後ろにいた男達が一斉に鑑定を始める。


「ブランキぃ~、あんたよくこれをウチに持ってきたわね。こいつをさばけるのは、私ん所の『ボナミザ商会』ぐらいしか無いわよ、ウチのオークションメンバーにしか買えない代物よ」


 こうなるとブランキの期待は高まる。刀夜達も店の怖さより期待が高まった。


 鑑定が完了するまでかなりの時間がかかる為に刀夜達は店の奥にある個室でお茶をよばれる。


「おおぅ、随分と高そうなカップだな。本当に特別待遇じゃないか……」


 ブランキは震える手でカップを持ち、お茶をすすった。梨沙と美紀も頂くが……どことなく懐かしい香りと味わいがする。


「これ、玉露じゃない?」と驚く梨沙。


 確かに日本茶のような味はするが玉露かと言われれば少し違うような気がする。刀夜も美紀もさすがに異世界にそれは無いだろうと梨沙に対し首を振った。


「ほほほほ、珍しいでしょ。アブラシュティーよ」


 その名にブランキが飲みかけの茶を吹き出しそうになった。


「アブラシュティー? これがあの!?」


「汚いなー」


 嫌そうにしかめ面をした美紀の突っ込みが入る。


「だってアブラシュティーだぜ!?」


「それが何のよ?」


「だって一杯、銀貨5枚の代物だぞ!」


 今度は刀夜が咳き込む。


「刀夜まで何よぉ~」


 刀夜はあきれ返った。ここに来るまでにかなりお金の話をしたと思うのだが未だに金銀の価値が分かっていないとは。この娘にキャッシュカードを持たしたら即刻、自己破産するだろうなと思う刀夜であった。


「ほほほほ、この娘は将来大物ね」


「ほんと? あたし才能ある?」


「ああ、あると思うぞ」


 刀夜は心の中で『別の意味でな』と付け加えた。


 美紀は上機嫌となって茶菓子のクッキーを頬張ほおばってモリモリと食べている。そんな彼女を見ていた梨沙は刀夜以外にもこの娘ならあの悲劇の中で一人でも生き延びれるのではないかと思えてきた。


 そんな上機嫌の彼女に刀夜の意地悪な虫が騒ぐ。


「なぁ美紀……」


「――なあぁにぃ?」


「……太るぞ」


 美紀は硬直してしまった。出された茶菓子はおいしいがバターのようなものがたっぷり使われているのは明白だ。丸顔コンプレックスでぽっちゃり系を気にしている美紀には重い一撃であった。


 暫くして店の男達がやってきて女将おかみに紙を渡す。受け取った女将おかみは目を通すと不適な笑みを浮かべた。


 ブランキは食い入るように彼女の結果を生唾を飲んで待った。


「あんた、これを村に持ちかえるのは命がけよ……」


「も、もったいぶらないでくれぇ」


 ブランキの心臓はこれまでに無いくらい激しく鼓動を立てていた。これ以上、緊張を掻き立てられれば止まってしまうのではないかと思えるほどに。


「手数料差し引きで金貨……………………3620枚よ」


「さ!! っんぜえええええぇぇぇぇええッ!!」


 ブランキは数値を言いたいのか叫びたいのかどちらとも取れるような雄叫びと共に腰を抜かして椅子から落ちる。


 刀夜もさすがにこの金額は予想外だった。使われている金の含有量からせいぜい数百かと思っていたからだ。しかもこの後オークションにかけられるのだから、きっと優に5000を越えるような気がする。


「それってどのくらいなの?」


 美紀は素朴な疑問を刀夜に聞いた。


 だが刀夜は即答できない。あまりにも金の価値観が異なる為である。代わりに答えたのがブランキであった。


「お、俺達が1年働いても金貨3枚稼げねぇんだぜ、村の年間予算でも金貨15枚はいかねぇ」


 村の年間予算は村の規模が小さすぎて参考にはならない。宿の賃金換算であれば金貨1枚は現代では100万相当という事になる。


「……350億円以上か。ブランキの村なら、その価値はもっと高いだろうな」


「お、億円……」美紀は開いた口が閉まらない。


 最も村で売られていた物価から、それは当てはまらないだろうと刀夜は感じていた。


 店の男が袋が山のように積まれたカーゴを押してくる。そして三人係りでテーブルに積み上げられてゆくその様子は圧巻であった。しかもここに持ってきたのは一部だけで、金額的に全部は持ってくるには多すぎる。


「一袋金貨100枚入っているわ」


 ブランキは喉をならして冷や汗を流す。震える手で積まれた袋の山から一袋づつ刀夜の前に積んでいく。袋からは100枚の金貨が入っているだけあって、ドサリと重みある音を立てていた。


「お、おい何のつもりだ、ブランキ?」


「この金は刀夜が稼いでくれたようなもんだ。俺達だけじゃ金どころか村を失っても、おかしくはなかった。だから……は、半分はお前のものだ……」


 ブランキは声を震わせて、刀夜の取り分は当然だと主張したが、これだけの大金である内心は惜しいのだろう。


 刀夜はブランキの手を押さえて止めさせた。


「ブランキ、村の協力があったからアーグに勝ったんだ。俺達の取り分はコレだけでいい」


 刀夜は一袋だけ手元に置いて後は袋は元の山に返した。


「し、しかし……」


「俺達はすでに財宝の一部を報酬でもらっている。今までアーグのせいで苦労したんだろ? それに分けるなら村人全員とでなきゃダメだろ」


「と刀夜……」


 ブランキは涙ぐんで刀夜に何度も礼を言った。

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