第41話 ヤンタル

 日が傾き始めた頃、街は目前にまで迫った。


 梨沙と美紀は目を輝かせて何かを期待する。初めて見る城塞のような巨大な壁、大きく開いた門には行き交う馬車と人。どのような人々がこの中で営みを行っているのかと。


 今、馬車の手綱たずなを掴んでいるのは刀夜である。刀夜はブランキに乗り方を教えてもらい、ものの数分で覚えてしまった。


 驚いた美紀に刀夜は「思いの外簡単だ、美紀にもできる」と言うと、興味がわいた美紀は「やってみたい」と積極的だったが嫌な予感に見舞われたブランキに「止めてくれ」と止められる。


 巨大な防壁が目の前に迫る。


 街の防壁は高さ7~8メートルぐらいで、回りには自然の川を利用した堀があって底は結構深くなっている。そして堀をまたぐように伸びた木製の橋で街への出入りができる。


 その橋は防壁から伸びている鎖によって支えられており、壁門を兼ねているため金属による強化が施されてかなり分厚い。万が一があれば閉じるのだがここ百数年、点検以外で閉めたことは無い。


 橋は外の畑から帰ってくる農家の荷車で少々混雑していた。その列に刀夜達も並ぶ。


 門の入り口では自警団の兵士が入ってくる荷車を目視でチェックするだけで素通りさせていた。だが刀夜達の順番になるとさすがに止められる。


「あ、ちょっと待て」


 兵士は刀夜をジロジロと見て不振がっていた。


「お前達、馬車を端に寄せろ!」


 そう言われて刀夜は馬車を指定された場所に止める。ブランキはこの事態を分かっていたのか驚くこともなく兵士に挨拶を交わした。


「ご苦労様です。あっしはプルシ村のブランキでさ」


「ふむ、プルシ村の者か何の用だ? そこにいる男と後ろの者は異人のようだが?」


「へい、あっしの用事は――」


 その時、荷台を確認していた自警団の男が驚きの声を上げた。


「な、なんだのこ金銀財宝は!?」


「おい、なんだこれは?」


 恐らく商人であれは簡単に説明すれば直ぐに通してもらえただろう。だが一介の農家の男が異人と共にこのような物を携えて現れれば怪しさ満点である。


 刀夜はひと悶着もんちゃくあると覚悟したが結末は意外なものであった。


「目的はソレの換金と自警団に依頼していたアーグの討伐依頼の取り下げでさ、あと村に必要な買い物を少々。こちらはアーグ討伐に力を貸して下さったかただ」


「自警団に依頼?」


 依頼の取り下げと聞いて兵士は嫌な予感がした。希に対処が遅いと苦情で怒鳴りこまれることがあるのだ。しかも本部で言えばよいのに自警団の兵士という理由だけで門番に八つ当たりしてくるのだ。


「あ、それ知ってますよ」


 若い自警団の一人が会話に混じってきた。


「再三依頼したけど手が回らなくって後回しになってたヤツですよ」


「そ、そうか、無事討伐できて良かったな」


 尋問じんもんしていた自警団の男はばつが悪そうに答えた。内心は絡まれないかとハラハラしている。


「よかないですよ。村人二人が亡くなったんですよ、しかもこちらのかたの仲間も二人……」


 実際にはもっと亡くなっているがそれはブランキの預かり知らぬことである。


「そ、そうだったか……それは残念だった。こちらも手が回らなかったのだ。すまんな……」


 自警団の男は依頼に手が回らないことに申し訳ないと思ったのか急に下手に出てきた。


「まあ、こちらのかたのお陰で村は捨てずに済んだし。こうして財宝も手に入ったし。もういいんですがね」


 ブランキは意地悪そうにいってやった。


「わ、わかったもう通っていいぞ。あ、くれぐれも騒ぎは……」


「わかっている、起こさない」


「む、言葉もできるのか、ならいい。行っていいぞ」


 刀夜の懸念けねんしていたことも起こることなく、すんなりと入れてしまう。


「こんなに簡単に入れてしまっていいのか?」


「いいんだよ、表向きは検問してるけど街で暮らすのは簡単じゃない。逆に規制しすぎると街の収入にも影響がある。最も自警団の人手不足が最大のネックなんだがな」


「不足しているのは、ここだけなのか?」


「いや、どこの街も不足しているらしい」


 馬車は華やかな市場の大通に出ると一気に人が溢れかえった。大きな道の両脇には数々のお店があって非常に賑やかだ。街と言うだけあってプルシの村とは規模が桁違いである。


 梨沙と美紀は馬車の後ろから通りすぎてゆく色々な店を見て楽しんでいる。まるで異国の旅行でも楽しんでいるかのように。


「ここが、ヤンタルのメインストリートだ。宿や買い物をするなら、ここでするがいい。街の裏や奥は治安が悪いから行かないほうがいいぞ。あとスリには要注意な」


「ありがとうブランキ」


「この後はどうするんだ? 俺はコレを売りに行って両替。宿に止まって明日買い物をして、明日か明後日帰る予定だ。早く売ってしまわないと怖くていけねえ。一緒に来るか?」


「是非、後学の為に勉強させてもらうよ」


「ようし、じゃ急ごう」


 馬車はスピードを上げて、表通りから裏手に入る。いかにも薄暗くチンピラが好みそうなエリアだ。そのような中でも明るい大広間に出ると大きな店の前に止めた。


 ブランキが店の前にいた屈強そうな男達に用件をいうと、男達は財宝の入った袋を店の中に運んでゆく。


 ブランキと刀夜はそのような男達の後をついてゆき店の中へと入った。梨沙と美紀も体格のよい柄の悪そうな男達に恐れながらもついてゆく。


「あれだけの財宝だ、この街で扱えるのはこの店しかない。見た目は怖いが表でも手広くやっているから信頼もある。だから安全だぜ。お嬢さんがた」


 怖がっている二人を安心させるためにブランキは説明をした。とは言え店の雰囲気は怪しげで刀夜も内心はマフィアのようなやからが出てくるのではないかと怖いものがあった。


「誉めてんだか、けなしてんだか」


 そう言って店の奥からでてきたのは店の主、いかにも成金趣味といった感じてゴテゴテと宝石を身にまとったダルマのような女将おかみだった。

 厚化粧にパイプタバコを吹かし、鑑定人らしき男達をたくさん連れて入ってのしのしと歩いてくる。


「い、いやですよ、誉めてるに決まってるじゃないですか~」


 ブランキはその体格に似合わず小さくなってゴマをすった。


 ブランキは信用ある店といったが、どうやらその言葉は鵜呑みにしないほうが良さそうだ。あまり怒らせないようにしたほうが良い相手なのだろう。


 こんな所で店をやって厳つい男達をあしらっているような人だ敵には回したくないと思った。

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