第2章 刀匠編

第40話 馬車にゆられて

 黒い嵐に巻き込まれた30名の生徒と教師が1人はまったく見知らぬ世界へと放り出された。そこは恐ろしい獣が住む山で多くの生徒が命を散らした。


 さらに追い討ちをかけるように鎧武者の巨人に襲われて生徒達は二分することとなる。


 龍児達一行は命からがら山を降りるとこの世界の自警団に助けられる。そして刀夜達と合流すべくヤンタルの街を目指した。


 刀夜達は近くのプルシ村にて黒い獣、アーグの討伐に成功を納めてクラスメイトの敵をとった。そして刀夜達もまた龍児達と合流すべくヤンタルの街を目指す。


 刀夜が村を出たのは龍児達が自警団と別れて1日遅れの事だ。街への街道は龍児達の進む道と途中で合流することとなる。街への距離は龍児達のほうが遠く、刀夜達が1日遅れの出立といえど運が良ければ龍児達と出会えたかも知れない。だが馬車で移動する刀夜達は龍児達よりも先にヤンタルに続く街道に出てしまう。


 刀夜達はブランキの馬車にゆられて街道を進んだ。これまでの悪夢のような時間ときを過ごした彼らにとっては、それはとてものどかな時間に思えた。朝早かった為か梨沙と美紀は寄り添い、梨沙はウトウトとして美紀は爆睡している。


 正直なところ馬車の乗り心地は悪かった。


 ブランキの馬車はほろのついた荷馬車でサスペンションなどという気の効いたものは付いていない。路面の凸凹はそのまま体に響く為、とても寝られたものではなかった。


 一応クッションとして毛布を敷いているが、それでも背中と尻はかなり痛い。ゆえに眠くとも寝られないのだが……なぜこの劣悪な環境で美紀は爆睡できるのか二人は不思議でならない。


 どうせ眠れないのならと刀夜は荷台の前側に移ってブランキに話しかける。


「ブランキ、街にはいつ何時ごろにつく?」


「ヤンタルの街には着くのは夕方だ」


 馬車の手綱たずなを手にするブランキに刀夜は申し訳ないと思った。何しろ街まで約10時間、ずっと手綱たずなを握ってなければならない。無論休憩は入れるだろうが疲れることには変わり無いのだから。


「すまないな俺達が馬車を扱えれば良かったんだが」


「別に、いつも一人で街に行くから変わんねぇよ」


「よく行くのか?」


「多い時は10日おきとかな」


「じゃあヤンタルの街のことは詳しいんだな」


 刀夜はこれから向かう街の情報が欲しかった。昨日の宴のかたわら村長達から情報を聞き出してはいたが、圧倒的に情報が足りない。


 刀夜にとって必要と思われる情報は生きていく為の情報と、元の世界に帰る為の情報である。


「ところで昨日の話だと、街の運営はギルドが行っているとのことだったが」


「そうだ、街は専門職組合であるギルドが集まったギルド総会にて街のすべてを運営しているんだ」


「街を運営していく為のお金はどうしているんだ?」


「街に住む人から税金を取っている」


「税金はいくらなんだ?」


「街で異なるがヤンタルなら銅貨で月50枚だ」


「一律50なのか、それは高いのか安いのか?」


「街で普通にちやんと働いていりゃ月、銀貨25枚から100って所だから、高いとは思わんな」


「人口は?」


「確か二万人ぐらいだったかな……ちょっと分からんな」


 ヤンタルの総人口は約20万であるがブランキは桁を間違えて覚えていた。街の総人口などその辺りの町人は大抵知らないことが多く、ましてや別の村ならなおさらであった。


「それじゃ街の運営の資金は足らないんじゃ?」


「足りない分はギルドが出すんだよ。結果回り回って手に職をもつヤツから徴収されているのと同じなんだがな。商売するヤツは必ずギルドに入らなきゃならんから」


「ふーん、なるほど」


 刀夜の思考はフル回転していた。要は税金を取るために商売人はギルドに加入しなければならない。入らずに商売を始めると脱税となるわけだ。


 そして自分が街の住人で商売をしてる側だったら、ギルドの運営側だったら新参者をどう思うかと……


「なぁ、ブランキ。街で新参者が商売を始める場合、どうすればうまく行く?」


 刀夜の質問にブランキは刀夜の顔を見つめて無言であった。その表情は特に変化も見せず、一呼吸置いてから逆に質問する。


「何故、そう思った?」


「ギルドが商売人の組織なら新参者は自分達の利益を損なう邪魔者って事になる。だが街としてはそれは街の発展、イコール街の収入に影響する。街が発展しなければ人口は増えないことになり、商売人に影響する」


 刀夜の回答にブランキはニッコリ笑った。


「やっぱオメーは只者じゃねーな。外から来る新参者は大抵ソレを知らないから痛い目に合う。知らずに商売始めて街の洗礼を受けてようやく勉強するんだがな」


「どうすればいい?」


「街は商売するにあたって特にルールは儲けていない。ギルドに入らなきゃいけないなんてルールもな。無論これは建前。知らずに商売を始めちゃうとギルドや同業者から嫌がらせを受けて潰される」


「ありそうだな、で、どうすればいい?」


「袖の下だよ。ギルドメンバーになっちまえば、そういった輩から守って貰えるのさ」


「ギルドの要職の者を垂らしこむのか」


「他にも議員とかから推薦すいせんしてしてもらう方法もある。最もこれは相当なコネが無きゃできないから、よそ者にゃ無理だな」


「……なるほど」


 刀夜はその後も街についてブランキから情報を絞り出していた。


 そんな二人の会話を梨沙はウトウトとしながらも聞いていた。


 梨沙は刀夜が大嫌いであった。皆の前で恥を掻かされた。それも密かに思いを寄せていた人の前で。


 不良として誰にも頼らない、負けないと生きてきたつもりだった。なのに皆とはぐれて三人だけとなったとき、何もできていない自分は他人に依存して生きていたと気づかされてしまった。


 恐らく一人だったら私は今ここにこうしてはおらず、途方に暮れるどころか生きてすら居なかっただろうと。


 だがこの男なら例え、一人でも生きて何とかしてしまうような気がする。何故かと理由を説明できなくともそう確信してしまう力を持っている。


 学校での生活ぶりからは想像もできないほどの生命力とたくましさがある。とても同じ高校2年生とは思えない。


 特に水沢有咲の一件は衝撃的であった。


 梨沙は刀夜を『嫌い』であると同時に『恐ろしい』と思うようになっていた。まったく底が見えない、何を考えているかもわからない。そして平気で人を殺せる男……


 だがそれでもこの男に頼るしかないのだと。梨沙はこの世界で生きていくだけの力が無いことを実感しつつつもそれを認めたくない自分がいた。

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