第39話 アーグ討伐凱旋

 ブランキは悩み苛立ち、洞窟前をウロウロとしていた。まるで猫にあてがえたネズミのオモチャのごとく。


 洞窟から流れてくる獣の声が聞こえてこなくなってかなりの時間が経過していた。


 敵を弱らせているとはいえ、曲がりなりにもモンスターと呼ばれる存在は人種からすれば『化物』である。


 普段狩りで狩っているような生物と異なって極めて獰猛で力が強いのである。中には特殊な能力を秘めているものも存在する。なのにたった一人であいつは大丈夫なのだろうかと不安にられてじっとしていられなかった。


 ブランキは砂時計をひっくり返えした。


 これで29回目、刀夜との約束は30回だ。もう持てない。


 彼はトラップを片付けていた仲間に声をかけて突入準備を始めようとしたとき、洞窟から人影が現れた。


「刀夜!」


 刀夜は全身が血染めになって布を巻き付けた人を担いで帰ってきた。ブランキはそれが人だと分かったのは布下から人の素足が出ていたからだ。


 だがそれは一体誰なのか?


 ブランキは刀夜が心配になり声をかける。


「だ、大丈夫なのか、刀夜……」


「ああ、大丈夫だ。これは返り血だ。俺は怪我はしていない」


 確かに血だらけの刀夜の体も心配ではあるが、ブランキは別の意味で訪ねたつもりだった。だが彼のいつもとおりの振るまいに大丈夫だろうと一先ひとま安堵あんどする。


「台車を持ってきてくれないか?」


 刀夜の言葉に村の若者が片付けていた荷物を台車から下ろして刀夜の元に持ってきてくれた。刀夜は礼を言うと遺体をそっといたわるように台車に乗せる。


「刀夜……その……その遺体は……」


 ブランキが耐えられなくなって尋ねた。


「俺の仲間だ。31人いた内の1人、もう1人中にいる……」


 ブランキの予想道理の答えが帰ってきた。


「洞窟の奥に山賊達の財宝があったぞ。皆で取りに行こう」


 『財宝』の言葉にブランキ以外の村人は狂乱きょうらんした。まさかこのような報酬が得られるなど思ってもいなかった。そして各々が袋を片手に持つと我先にと洞窟へとなだれ込んでゆく。


 だがブランキだけが申し訳なさそうな顔をしていた。刀夜はじっとしているブランキが同情してくれていることに気がつく。


「ブランキ、気を使わないでくれ。元々予想していたことだ。だが、もし良いのなら彼女達を村でほうむってやってくれないか?」


 ブランキは鼻をズズっとすすって涙目で答える。


「ああ、任せてくれ。恩人の頼みだ。皆快く受けてくれるぜ!」


◇◇◇◇◇


 昼過ぎ頃、討伐隊が帰ってきたとの一報を受けて、村の人々が門へと次々と集まりだした。村長宅で待機していた梨沙と美紀も皆が集まる方向へと足を運ぶ。


 緑色の麦畑を割るように伸びている道から、刀夜とブランキを先頭にして討伐隊が帰ってきた。


 息子や父親を討伐隊に出していた家族達はその姿を見つけると涙ぐんで喜ぶ。そして待ちきれない子供が父親の元へ笑顔で走ってゆく。


 討伐隊が村の門を潜ると彼らを労うために村長が出迎えでた。


「村長! 完勝だぜ!」


 ブランキは村長の質問を待たず吉報を叫んだ。誰も傷つくことなく村を捨てずに済んだことに気持ちが押さえられなかったのだ。


 村中が歓喜にあふれるる。


 梨沙と美紀も刀夜に「お疲れ様」とねぎらいの声をかけた。


 だが刀夜は無言のまま視線を落としたことに二人はどうしたのかと不思議そうな顔をした。刀夜の服は血だらけとなっているがブランキが完勝と言っていたので怪我をしている感じでもない。なのに彼は気落ちしている……


 村長は刀夜にもねぎらいの言葉をかけようとしたが、台車に積まれていた布に巻かれた2つモノに目を奪われた。布の端から人の足先が出ていたからだ。


 彼はすぐに人の遺体だと気がつく。だが村の者は全員無事に帰ってきており、刀夜もいる……誰一人失われてはいない……


「ブランキ……これは……」


 村長の質問に刀夜は遺体に寄り添って顔を隠していた布をそっと下げる。


 露になった見覚えのある顔に梨沙は苦痛の表情で彼女達からその視線を叛けた。直視できない。


 美紀は二人を見て両手を口に当て涙をボロボロと流して泣いた。


「楠木さん……萩野さん……」


 美紀はアーグに誘拐された二人の名前を口にしながらヨロヨロと近づき、二人の顔を抱えると大声で泣いた。


 拐われた後、彼女達はどれほど恐ろしかったことだろう。耐え難い屈辱と恐怖にまみれ、命を落としたことがどれほど悔しかっただろうか。耐えていた梨沙もホロリと涙をこぼす。


 そんな様子に再会を喜んでいた村の者も、お宝に目を奪われて歓喜していた者も肩を落とし黙りこんだ。


 刀夜は二人のために大泣きする美紀を見て不思議に思った。同じクラスメイトとは言え、美紀はこの二人と接点は無かったはずである。なのになぜそうまで感情移入できるのか不思議であった。


 クラスメイトに無頓着で、恐らくこの二人の名前すら覚えていないであろう梨沙でさえ涙を流して悲しみに耐えている。


 刀夜は自身の中に沸く感情とこの二人の感情が異なることに気がついた。刀夜にとって亡くなった二人に対して沸いた感情は『哀れみ』と『怒り』であった。怒りは『運命』と『敵』に対してである。


 『悲しみ』も無くはない、だがそれは感情でなく理性から来てるのだと、冷静になれた今なら分析できた。そしてこれまで仲間の死に対して感情としての『悲しい』は無かったことに気が付く。


 刀夜はその差がなぜなのか分からなかったが、自分は人としてどこか違っているのだと認めざるを得なかった。


 その後、村でイブリ老夫婦と楠木、萩野の葬儀が行われた。イブリ老夫婦は土葬となったが、楠木と萩野の二人は刀夜達の要望通り火葬となった。


 大きく井形に組まれた薪のうえに二人を並べて天高く火柱が上がる。


 刀夜達に気を使ってか村長は祝勝会を取り止めようとしたが刀夜はそのことに首を振った。二人の為に飲んで騒いで賑やかに送ってやって欲しいと。


 そして宴の時、村長から討伐の報酬の事で申し出があった。今回入手したお宝から好きなものを持っていってくれと。


 梨沙と美紀は財宝の中からダイヤモンドのような宝石を選ぶ。財宝の殆どが貴金属類で貨幣は殆んどないに等しい。だが街にいけば換金できるとのことで荷物にならないようなものを選ぶ。


 刀夜は宝物の中から異彩な雰囲気をかもし出していた赤いルビーのような指輪を選んだ。まるで吸い込まれそうな赤色の中に何やら不純物が混じっており。不思議な模様を描いている。


 次の日、刀夜達は朝早く村を出立することにする。ブランキが街へ宝を売りに行くのでその馬車に便乗させてもらうためだ。


 村の人達が総出で見送りに来てくれていることが嬉しい。


「ブランキ! 両替のほうも忘れないでよ!」


 ナルがブランキに昨日の約束の念を押した。


「ああ、わかっている」


「じゃあ村長、世話になった」


「何を言われるか、世話になったのはワシらのほうじゃて」


「では、二人の埋葬と、例の件よろしくお願いします」


「ああ、あんたの仲間が来たら街に向かったと伝えとくよ」


 刀夜は万が一、先生達が来た場合への言付けを村長に託していた。


「じゃあ、もう行くぜ」


 ブランキは馬の手綱で鞭をいれると馬車はゆっくりと走りだす。一路街へと刀夜達は向う。そんな彼らを村の人達はずっと手を振っていてくれた。


 こうして刀夜と龍児の一行は一路、ヤンタルの街へと向かう。多くの犠牲者をだして不条理と無念を抱きつつも生きる望みを街へと託した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る