第43話 ボナミザ商会2

 落ち着いた所でボナミザの女将おかみが一つの問題を投げかけた。


「さて、ブランキ。コレほどの大金どうやって持ち帰るつもりかしら?」


 そう言われてブランキは苦悩の表情を浮かべた。


「とてもじゃ無いが持ち帰れないな……こんなの持ってウロウロしていたら襲って下さいと言っているようなもんだ」


「そうね、そこで相談だけど。この金は私の所に預けない?」


 女将おかみはブランキの返事も待たずに既に用意していた用紙を店員から受けとる。そしてブランキの目の前に2通の同じ紙を差し出した。


「預かり証よ。一通はあなたが、もう一通は私が預かるわ。万が一あなたがその証書を失ってもウチには有るから。その時の証明として指紋を取ってちょうだい。金の引き出しは指紋が一致しないと引き出せないわよ。預かるには本来手数料を取るのだけど今回はサービスしておくわね」


「ちょっと、ちょっと待ってくれい。預けるのはいいがそれだと引き出しは俺しかできないのかい?」


「代理人の指紋も登録しておけばいいわよ、用紙は渡しておくから今度来るときに持ってらっしゃい」


 ブランキはやや難しそうな顔をして難色を示した。

何しろ今まで店にお金を預けることをしたことがないのだ。


 村にはそのような施設もない。村の金は村長宅に預けているが正直いって盗難対策は無いに等しい。


 ボナミザ商会は有名で信頼もあるが元は裏社会の組織である。彼はコレほどの金を預けてよいものなか判断に困った。そして刀夜に相談する。


「……なぁ刀夜ならどうする?」


「俺か? そうだな証明書を二通も用意して指紋で認証。代理人もいけるのなら、やり方としては至極まっとうじゃないかな?」


「そりゃそうよ。ウチは預かり業務もやってるからそこは信用第一よ」


「……じゃぁ預けておくか、俺が持つより安全そうだ」


「じゃ規約成立。いくら預ける?」


「刀夜に100、村に300と端数を、残りを預ける」


「じゃあ3200ね」


 女将おかみとブランキが契約している間に刀夜は自分のもらった金貨から梨沙と美紀に30枚づつを数えて渡した。


「二人の取り分だ」


「ふぉぉぉ、目がチカチカするぅ」


 美紀は目の前に積まれた金貨に目を輝かせる。しかし、梨沙の表情は怒った顔に変わると目の前の金貨を刀夜に返した。


「あたし、いらない!」


 刀夜はなぜ彼女が怒っているのか分からない。この世界で人と係わって生きてゆくのにはお金は絶対必要である。そしてお金はいくらでもあったほうがよい。旅人であるから持ちきれないのは困るが30枚など知れている。


「ええっ! 梨沙はもらわないのぉ?」


「討伐では何もしてないからね。それにあたしはコイツが嫌いだし、恵んでもらうなんてまっぴら後免だね」


 梨沙は腕と足を組んでそっぽを向いて場の雰囲気を白けてさせてしまった。証書を書き終えたブランキも気が気でない様子で梨沙と刀夜を見る。


 女将おかみは証書を部下に預けると椅子の背もたれに背を預けてタバコをひと吹かした。


「実に甘ったれてるねぇ。異なる地に来てとても余裕の有るように見えないけどねぇ。地べた這いずるような苦労とかした事ないのかね? このお嬢さんは」


 女将おかみは梨沙をめるように観察してあきれていた。身なりはそこそこの服を着ていても彼女の顔立ち、髪や皮膚の具合、そして特に手を見れば梨沙がどのような生活を送ってきたのか、苦労を重ねてきた女将おかみに簡単に見抜かれてしまう。


めんな! 苦労とか地獄ならもう見てきた!」


 梨沙はバカにされて女将おかみに対して腹を立てた。食ってかかってた相手がどんなに恐ろしい相手かも知らずに。表の商売もやっているとはいえ裏社会にも通じている彼女はマフィアのような存在に近い。綺麗事では済まないような世界を生きているのだ。


 そんな彼女が一言発すれば梨沙など屈強な男どもにボコられ、薬漬けにされた挙げ句、死んだほうがマシな余生を送るかも知れないのだ。そのことは知らずともこの店に来たときに彼女は肌で感じ取ったはずである。


 その感覚を信じきれなかった梨沙は暴言を吐いてしまい。刀夜はそのような彼女にあきれて弁護する気にならなかった。


 女将おかみは視線を刀夜に向けた。


「――刀夜と言ったわよね、ブランキの話からして村を救ったのは殆ど貴方の功績こうせきなんでしょ?」


「そ、そうなんだ。コイツは本当すげーヤツでよ――」


 女将おかみはブランキの話を片手で止める。思わしくない雰囲気にブランキは何とか彼女のご機嫌を取ってさっさとずらかりたくなっていた。


「この女とはずっと一緒だったの?」


「ああ……」


 女将おかみは短く答えた刀夜の顔を食い入るように見つめると、まるで品定めでもしているかのようにジロジロと見回した。


「この女の見てきた地獄とやらも見たの?」


 彼女は瞬きもぜずに刀夜を凝視する。この男の一挙一動見逃さない、そのような雰囲気を放っていた。


 だが刀夜は気にする素振りも見せずにティーカップのお茶を一口だけすすってつぶやくように彼女に返事をした。


「……あんなのは地獄とは言わない……」


「なッ!」


 確かに命の危険に晒されて、いつ理不尽な死に様を迎えるか分かったものではなかった。死ぬのは誰だって怖いだろう。だがそれは刀夜の知っている地獄とは異なる。


「おーほっほっほっほぉ」


 突如、女将おかみが大声で笑いだした。


 コレには一同唖然とする。ポーカーフェイスを決めていた刀夜もコレには何事かと目を丸くした。


「いぃいッ! いいわァ! 刀夜! 刀夜! とうやーッ!」


 女将おかみの顔は狂喜に満ちたような顔で刀夜の名前を連呼する。彼女は直感した。この男は地獄を知っている。この若さで獣に襲われて生死をさ迷う以上の地獄を知っているのだと。


 だが、歓喜の反面やや物足りなさを感じていた。あと強い野心や欲望を備えていればこの男はとてつもない大物になれると踏んだからだ。


 だが刀夜はまだ若い、まだまだ時間はたっぷりあるのだから育てればよいだけだと彼女はほくそ笑む。


「気にいったわぁぁあ、私の元に来なぁい?」


「気に入ってもらえたのは嬉しいが、俺にはやることがあるので遠慮しとくよ」


「あーら残念。フラレちゃったわ」


 そういいつつも女将おかみは笑みを浮かべていた。彼女には分かっている。きっとこの男とは縁があると。

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