第33話 厄難は度重なる

 龍児達はようやく森を抜けた。


 彼らの位置は山の尾根に対し刀夜達とは真逆の反対側となってしまった。そこは広大な森を有する土地であったが、これを抜けたのである。


 龍児達の眼前には刀夜達が見た同じ光景が広がる。異なるのは右側に大小様々な丘と森が延々に続いていた。


 森を抜けたことに皆はようやく安堵あんどの息を漏らした。


 生き延びたのは智恵美先生、龍児、颯太、晴樹、拓真、舞衣、葵、由美、咲那せなのたった9名であった。


 だが生き延びたこの9名も未だに命の危うい状況にあることには変わりない。食料もなく。目的の街は何処どこにあるの分からず。


 さらに運の悪いことに彼らは背の高い草むらから顔を出して、こちらを伺っている猪頭の集団に囲まれそうにあった。


「ちくしょう、ここに来てまたヤツらかよ!」


 颯太が悪態をつく。新たな敵の出現に男子生徒が前に出て防衛線を張った。


 晴樹は剣を抜き、拓真は木刀、龍児と颯太は石斧を構える。女子は急いで地面に落ちている石を拾い集めた。


 全員が疲弊ひへいしている今、まともに戦えるような状態ではない。


「このまま、ゆっくり平原側に移動しよう、最悪走って逃げるしかない」


 委員長が指示をだす。走って逃げる。それは現実的な解なのかも知れないが、龍児は前回の戦いで猪頭は足が速いことを知っていた。必ず追い付かれて順番になぶり殺しなる。


「河内、移動は構わんが逃げたら背後から殺られるぞ」


「そうだね、足止め無しで逃げたらそうなるね」


 晴樹が龍児の意見に同意した。だがその意見は同時にある方法を指し示していた。


 『誰かが死を覚悟してしんがりを務める』


 だが一瞬で潰されては意味がない。『誰が適任か?』そんな疑問が皆の頭に過る。そんな迷いを一掃したのは拓真だった。


「最悪、俺達男子全員で時間を稼ぐから女子は逃げてくれ!」


「ちょ、ちょっと――」


 舞衣が不服を言おうとするが、龍児が止める。


「ふん、元来男ってのはこういう時の為にいるんだぜ」


「俺達は不良じゃなく、己が信念を貫き通すツッパリだと証明してやるぜ」


 颯太がドヤ顔で胸を張る。


「ツッパリって……久保君って年いくつなのよ……」


 逃げる方法を模索しながらも猪頭を牽制しつつ回り込んで平原方向へと移動し始めると。


 草むらからさらに猪頭が頭を出した。ざっくり数えても30匹近い。圧倒的な数の差に彼らの冷や汗が流れる。


「あら、ま、まだいらっしゃたのね……」


 あまりの数にさっきまで意気込んでいた颯太がおじけつく。山で出会ったときも10匹以上いたが岩場だったので囲まれることはなかった。


 だがここは周りに遮蔽物しゃへいぶつが何もない。この不利な状況に死ぬかも知れないと皆が焦りを感じた。


 猪頭の先頭集団が突進してくる!


 こちらも一斉に投石で対応するが怯まなかった獣と男子が剣を交える。女子は刀夜に習ったように対峙している猪頭に土を投げつけて目潰し作戦にでた。


 怯んだ所を切りつけて倒していくが多勢たぜい無勢ぶぜい、瞬く間に戦況が悪化した。


 男子の防衛線をすり抜けられると、女子に襲いかかろうとした猪頭を颯太は振り返って背後から斬りつけた。


 だが颯太も後ろから来た猪頭に背後から斬りつけられてしまう。突如の背後からの鈍痛に颯太は何が起こったのかと唖然あぜんとした。


「あれ?」


 何が起こったのかと振り向いて確認したいのに体がいうことを効かない。目の前の女子達が悲痛な表情を自分に向けていた。


『なんで? 俺、いまカッコいいことしたハズなのに……そこは喜ぶところじゃね?』


 だが体は自由に動かせず、彼女達の顔が視界からフェードアウトしてゆく。代わりに目に写ったのは彼女達の足元と雑草だ。


「颯太ああああああああああッ!」


 颯太を切りつけた猪頭は女子からの猛反撃にあい、由美の特大岩で頭を潰された。


 だがその間男子の状況は酷い状況にあった。無傷で対峙できているのは晴樹のみで、他の男子は傷を追わされている。


 特に龍児は縫合した箇所から再び出血を強いられた。


 誰もがもうダメだと思ったとき、猪達は一斉に平原側を気にし始める。


 直後に大きな声が大気を震わせた!


「ピエルバルグゥ――第一警団! 抜刀! 突撃ィィーーーーーーーッ!!」


 怒号の声を上げて数十人の剣を構えた兵士達が精錬された行動の元に横一直線で突進すると、猪頭どもを鍛えあげた腕で次々と血祭りに上げてゆく。


 男子生徒と剣を交えていた猪頭も即座に新たに現れた敵のほうが脅威と判断し、相手を切り替えた。大きな盾を持った兵士が龍児達と猪頭の間に割って入ってくるとあっと言う間に壁ができる。


 そしてわずか数分もたたない内に次々と仲間を失った猪頭達は本能的に勝てないと悟り逃げ出した。


 決着がつくと龍児達の前に一人の女性兵士が近づいてくる。


「お前達、大丈夫か?」


 ハーフプレートアーマーを着込み腰には細身の長剣、ガントレットにレッグアーマーそして鉄兜。いかにも騎士のような出で立ちをした彼女が鉄兜を脱ぐ。


 真っ赤な赤い三つ編みの髪の毛が兜から零れる。力強い眼光を放つ目も赤い。キリッと引き締まった顔立ちは高貴な者の雰囲気を漂わせる。


「私はピエルバルグ自警団、第一警団、副隊長のレイラ・クリフォードだ」


 龍児達は驚いた。彼女も戦っていた兵士も明らかに外人だが、彼らは流暢りゅうちょうな日本語を喋っていたのだ。

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