第32話 食料危機と妖怪BH

 朝が訪れる。


 月明かりも届かない暗闇の世界と異なり、神々こうごうしくも力強い朝日が木々の隙間から差し込み、朝露あさつゆれた森は幻想的な世界を生み出す。


 夜とは異なる鳥達のさえずる声が目覚まし時計となって皆を起こした。


 龍児達は特に何の襲撃も受けず無事に夜を過ごせることができた。だが早速問題が生じる。朝食が無いのだ。


 ここに来るまでに、あの果実は見当たらなかった。昨日の朝、刀夜が見つけて大量に収穫したはずの果実は残り8つしか残っていない。


「なぁ、なんか妙に少なくね?」


 颯太が疑念ぎねんをぶちまけた。あれから食事をしたのは昼と夜の二回のはずなのに減りかたが早すぎる。


「うむむ、これはマズったな」


 委員長の拓真が失敗したとばかりに頭を傾げた。


 果実はたくさん取ったはずである。だがいくつ収穫したのかなど数えていない。むろん誰が何個持っているのかなど把握していなかった。


 さらに悪いことに食する際に適当にぶちまけたあげく、食べやすいようにと切り剥いて、皆で片っ端から食べてしまった。


 したがって誰がどのくらい食べたのかも分からない。後悔先に立たず。ちゃんとルールを定めておくべきだったと拓真は悔やむ。


「誰だよ、バカスカ食ったヤツ!」


 颯太が荒れる。このような事態で一番やってはならない犯人探しが始まった。チームワークを乱し、最悪崩壊へと導く悪魔の展開である。


「あ、あたしはいてばかりで、あまり食べてませんわよ」


「俺もき係やってたから食べるほうはあまり……」


 副委員長の宇佐美舞衣の弁明に続いて晴樹が便乗した。


 き係は一度初めてしまうと止めどきを失い延々とく羽目になり、それはよくあることである。言い訳として実に理解を得やすい。


「あ、私はダイエット中なので……」


 智恵美先生が控えめに答えたが、こんな危機的状況なのにダイエットどころでは無いだろうと、大半の者が心の中でツッコミを入れる。


「……わたし……あまり……食べて……ない……」


「…………」


「結局、男子なんじゃないですの?」


 話の展開にややウンザリし始めた由美が不用意に男子に原因を振ってしまった。


 この手の話は男子のせいになることが多く、結果男子対女子の内部分裂の原因となって話がこじれる。平和な日常ならまだしも、このような危機的状況で揉めるのは危険極まりない行為であった。


「俺は昼と晩1個づつしか食ってないぜ!」


 颯太が自慢気に答えるが、別にドヤ顔するような内容ではない。しかも切り分けられた果実を一個分だけとは説得力がない。


「僕は考え事していたから、そんなに食べた記憶はないな」


 拓真は確かに考えごとをしながら食べていた。だが正直どのくらい食べたかなど本人ですら覚えていないので、適当に答えてしまったことを後で後悔した。


 記憶がないのに食ったことないとはコレいかに。内心はそう突っ込まれないかとヒヤヒヤである。だが、そこにさっさと白状するものが……


「あー、俺はちょっと食い過ぎたかも……」


 龍児がすまなさそうに頭をポリポリとかいて謝る。彼は隠し事など苦手なので、どうせボロを出してばれるなら先に謝っておこう作戦にでた。


「龍児は仕方がないだろう。人一人背負って、人一倍敵を叩きのめして体張ったんだからよ」


 颯太が龍児の為に弁明した。だがそれは龍児の為だけでなく自分の言い訳にも使えるからであった。一番働いたものが喰う資格があると。


 颯太は自分もよく働いたという自負があったからだ。だがその理由は他の者の不満を誘発する。


「あら、それではまるで活躍できていない人は食べる資格ないっていうのかしら」


 颯太に詰め寄ったのは由美だ。由美は自身の性格もあるが地味に裏方ではせっせと働いており、戦いでも敵に止めを刺したりと活躍はしたいた。


 だが、それはたまたま自分にできることであったからだと理解している。人には向き不向きがあり、いま活躍していないからと言って、そのような差別すること事は容認できない。


「待った、この話は止めにしないか。皆に不満があるのは分かるが不毛なことになりそうだ。反省として今後の経験としよう」


「だけどよう……飯がないのは今だぜ」


「そうかも、知れんが追求したところで腹が減る一方で何の解決にならんだろ?」


 拓真の最もな意見に颯太は不服であった。だが時間が立てば腹が減るのは確かだ。


「ふみ~ん、ごめんなさーい」


 先程から青い顔して状況に耐えかねた葵が泣き始めた。


「な、なんだよ?」


「どうしたの天穣さん?」


「あたし、一杯食べちゃった~」


「お、お前かよ!」


「止めないか久保君!」


 実際に果実の半分近くは彼女が食べていたのである。体は小さくスレンダーでも彼女は大ぐらいであった。


 学校でも彼女は朝はお菓子を咥えて登校し、昼御飯の後におやつ、部活前におやつ、部活後に買い食いと机の引き出しの半分はお菓子のストックが入っていることで有名だ。


 それだけ食っても太らないのが不思議である。親友の美紀からは『妖怪ブラックホール』の2つ名を授かったほどである。


 ともあれ委員長が早めにメスを入れたお陰で内部崩壊は防げた。しかし食料が無い問題は解決できそうにない。


 結局、空腹ををごまかす為に水をガブ飲みすることになる。だがそれが良くなかった。


 じっとしていても腹が膨れるわけでも無いためその地を後にして川沿いに足を進めたが、道中で下痢に襲われる者が続出したのだ。


 水分と体力を根こそぎ奪われて歩む速度はどんどん落ちてゆく。


「ちょ、皆ちょっと待って」


 颯太が苦しそうに皆と離れ用をたす。


「あ、あたしも~」


 便乗して葵も颯太とは反対方向へと駆け込む。ずっとこのような調子で少し進んでは誰かがトイレに駆け込むので一向に進まない。


 舞衣と葵が体操服に着替えているのはお察しである。

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