第24話 智恵美の奮起
「龍児、大丈夫か?」
猪のような獣の骸が散乱する中で龍児は疲れて座っていた。すさまじい闘志を見せたものの
龍児は致命傷ほどではないかが怪我を負い、流れ出す血が止まらない傷口が二ヶ所ほどある。このままではいずれ彼も津村彩葉の二の舞になりかねない。
智恵美は開けた救急箱を眺めながら、手持ちの道具で何とかならないのかと必死に考えていた。だがせいぜい消毒して包帯で縛ることしか見いだせない。それでは流れでる血を止めることはできない。
それを見ていた舞衣がリュックから取り出した裁縫道具を先生に見せた。
「先生、これでどうにかなりませんか?」
彼女は龍児の傷口を縫合しろと言っているのだ。だが手術経験などあるはずも無く、ここにいる誰もがそのような経験などあるはずが無い。
智恵美は迷った。正直そんなことできないし誰かに代わって欲しいぐらいだ。
誰かに代わって欲しい……
その時、彼女の脳裏に刀夜の顔がよぎった。彼ならきっと
なぜ彼はあれほどの事をやってのけれるのだろうか。自分の言葉に、手に、命がのし掛かることがこれほどにも怖いのかと初めて実感した。
だが自分は教師なのだ。ただの仲間になれという言葉を蹴ってまで教師であることにこだわったのは自分ではないのか。
責任を、自分の言った言葉の重みを彼女は受け入れなくてはならなかった。
「やるわ、宇佐美さん貸して……」
智恵美先生は一番細い針を取りだし、これまた一番細い糸を適度な長さで切る。針に糸を通して消毒液で消毒する。
さらに龍児の傷口にも消毒液を吹きかけた。傷に染みるのか龍児の顔が歪む。
「龍児くん、いくわよ」
「ああ、やってくれ」
龍児も覚悟を決めた。だが針をつかむ先生の手が大きく震える。覚悟を決めたはずなのに本能が拒絶している。このままでは
そう悟った智恵美先生は舞衣にお願い事をした。
「宇佐美さん私の顔を思いきりひっぱ叩いて!」
舞衣は先生の言葉に息を飲む。先生の真剣な眼差しに押されて思いっきり手を振りかざした。
渇いた音が辺りに響き渡ると皆の注目を浴びる。龍児は薄目でそんな彼女達のやりとりを横目で見ていた。
だが先生の手はまだ震えている。
「宇佐美さん! もう一度!」
今度は反対側の頬を思いっきり叩く。先生は涙目だが叩かれるたびに鋭い眼差しに変わった。彼女の集中力が最高潮に達する。
「いくわよ龍児君」
「ああ、いいぜ。俺も気合い入ったぜ」
智恵美先生の手はもう震えてはいない。龍児は苦痛の顔を見せまいと表情を殺しながら痛みに耐えていた。
傷口の
切り裂かれた皮膚を縫い合わせて圧迫するぐらしか思いつかなかった。それが医学的に処置が正しかったのかは智恵美には分からない。
再度、縫合後に消毒液をかけて包帯を巻いて治療は終わった。すべての作業を終えると先生は緊張から解放されてその場にへたり込んでしまう。
「有り難うよ、先生」
龍児は血みどろの制服を捨てて体操服に着替えながら笑顔を送った。
「君はタフねぇ……」
やや飽きれぎみに先生は彼を誉める。
「それぐらいしか取り柄ないからな」
「龍児、水いるか?」
心配していた颯太が自分の水筒を取り出して龍児に渡した。
「サンキュー。所で他の皆はどうした?」
「ああ、みんな戦利品を漁っている所」
「……ふ~ん」
龍児はやや不機嫌そうに答えた。彼らが行っているのは黒い獣の襲撃にあったときに刀夜がやっていたことと同じであり、龍児はそれをバカにしていたからだ。龍児は不快な記憶を呼び起こされて不機嫌になる。
そこへ委員長や他の皆が戻ってくる。
「ダメだな。ショボい武器以外大したものは持っていなかったよ」
残念そうに座り込んだ。
「ねぇ、これからどうするの?」
葵が尋ねる。
これまでは巨人から逃げるという目的があったが巨人の脅威が無くなって目的が失われたのだ。無論下山するという当初の目的は変わってはいない。だがどうすれば良いのか分からないのだ。
各々に刀夜の顔が思い浮かぶ。彼ならすぐ提案を出してくれただろう。それもちゃんと納得できる理由をつけて。
彼一人を失っただけで、これ程悩むことになるとは誰も思ってもみなかった。
「ん~刀夜なら尾根に行けっていうんじゃないかな?」
そう彼の事を口にしたのは三木晴樹だ。刀夜の親友にして幼なじみである彼は刀夜の思考を熟知している。
「確かに彼はよく尾根と言っていたな……」
「刀夜は校舎上で自分の目で地形を確認したから、恐らく谷でも位置を失わないだろうけど、僕らは彼から簡素な地図を見せてもらっただけだ、位置を把握するのは難しいだろう」
「しかし、尾根と言ってもなぁ……」
委員長は回りを見回した。山を降りてきた左側はもはや絶壁であり、右側はなだらかで尾根と呼べるべき場所は無い。
「今から尾根を目指すのはちょっとなぁ……」
その言葉に皆もため息を漏らす。
「よぉ、少なくともよぉ俺達が元々降りようとしていた尾根はあれなんだろう」
龍児は崖上を指差した。
「なら少なくとも降りる方向はこっちで合っているんじゃないか?」
龍児の指摘はおおむね合っていた。山を降りる分にはそれで合っていたのだ。
だが彼らの行く先には大きな森が広がっており、そこを方向を見誤らずに抜けなければならない。それはとても困難な内容であったが、この時点で彼らは知るよしもなかった。
「成る程。龍児、凄いじゃん」
葵に誉められて龍児の意気は高揚した。
「まるで八神君みたいだね」
葵の余計な一言に龍児は肩を落とした。
「いちいち、ヤツと比べんな!!」
龍児は大きく鼻息を立てて
「ともあれ、手持ちの水が心もとない。水を探しながら進もう」
拓真の言葉に颯太が付け加えた。
「ついでに果実も探そうぜ、腹減ってきた」
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