第25話 村遭逢

 山の斜面は緩やかになり、やがて山というより森になった。そして鬱蒼うっそうとした草木の先の間から光がこぼれ、徐々に光が強くなると刀夜達はついに森を抜けた。


 明るさに目が馴れてくるとそこには広大な緑の平原が果しなく続く。その先に遥か彼方に薄紫がかった山々が見える。


「抜けた……抜けたんだ!」


「あたし達、生きてる」


「ああ、生きてる。教室から見た風景と同じだ……」


 美紀は涙をボロボロと流して梨沙に抱きつくと大声で泣き出した。恐ろしい獣に襲われて巨人に恐怖を植え付けられた。仲間と離ればなれとなって、たった三人となると、またいつ獣に襲われるかと下山中も生きた心地はしなかった。


 梨沙も珍しく感極まったのか一緒に涙を浮かべている。ここに来るまでに多くの仲間を失って何度も失意の底へと落とされたのだ。


 刀夜の脳裏にもまだ水澤有咲と坪内七菜の死に様が焼き付いている。だがそれでもこの二人を無事に下山させれたという責任感から解放されてようやく気を抜くことができた。


 森の中とは異なる空気と吹き抜ける心地よい風を感じると、ようやく三人は落ち着きを取り戻す。


「ナァ、これから街に向かうのか?」


「そこで皆と合流するんだよね」


 先をはやる二人に刀夜は先ほどからとても気になっているものについて二人に相談した。


「その前に俺としてはアレが気になるから調べてもいいだろうか?」


 刀夜が目を向けた遥か先には何やら木でできた壁のようなものが見える。人工的なものであることは間違いないだろう。


「あれは何?」と美紀。


「――砦かな……見張り台のようなモノがある。だが砦にしてはちょっと大きいようだが。畑? 集落? 村なのか?」


「よくこんな距離から分かるな……ってキタネェな何で双眼鏡なんか持ってんだ!?」


「――クライミングで使っているからだ」


 刀夜は汚い呼ばわりされ、何か卑怯ひきょうなことをしただろかと本気で悩みそうになる。


 双眼鏡はジムでは使わないが山で実践する際に登山ルートを確認するために使っている。ゆえに普段は持ち歩く必要はないのだが彼は入れっぱなしにしていた。


「ちょっと貸して」


 梨沙が双眼鏡を強引に奪い取る。人がいるかも知れないという期待に彼女はやや興奮気味だ。


「人!? 人だ、人よ、ひとひとひとッ!」


「え? え? わ、私にも!!」


 今度は美紀が強引に梨沙から双眼鏡を奪った。


「えぇ~どこぉ~!?」


「見張り台の所だよ」


「ふおぉぉーホントにいたあぁ~」


 双眼鏡から目を離した美紀はまた感極まって涙目となる。その彼女から、双眼鏡を奪われて行き場の無くなっていた刀夜の右手が奪い返す。


 見張り台を覗くと確かに人がいるのを刀夜も確認した。倍率の高い双眼鏡では無いので、相手はハッキリしないが男性のようである。


 衣服は現代のものとかなり異なりそうだが、詳細はここからではよく分からなかった。ただ武装している感じではない。


「刀夜、あんたいいもの見つけたじゃないか」


「ねぇねぇ、早速行こう」


 はやる気持ちが押さえられない二人に対し刀夜は難しい顔をして動こうとはしなかった。相手が友好的であるか分からないからだ。そして何より言葉が通じない可能性が高かった。


 もしトラブルとなった場合は逃げる必要がある。しかもこの問題は街に行ってもきっと起こるだろう。であれば人の少なさそうな、この村で試しておいたほうが良いかも知れない。


「何て顔してんだよ」


「刀夜くん、どうしたの?」


 二人は難しそうに考え込んでいる刀夜の表情に不安を感じた。


「行くことには賛成だ。だが慎重に行きたい。まず隠れながら近寄って様子を見よう。必要なら単独で俺がもっと近寄ってみる。万が一の場合は合図するから全力で逃げろ」


「何か起こるかも知れないってのかよ?」


 梨沙は緊張したおもむきで刀夜に尋ねる。何しろ彼の忠告は今まですべて的中しているのだ。


「ああ、向こうは少なくとも警戒している様だからな。何かがあって警戒している可能性がある。加えて俺達はこの格好だろ、間違いなく怪しまれる。ここは別世界なのだから」


「言われてみれば……そんな感じだよね……」


 異なる異文化の者同士が会えば大概は争い事になる。刀夜は学校やネットで得た歴史をたどっていた。


 しかもまるで砦のように外周を木の壁で覆われていたら彼らが何かに警戒しているのは明白である。


 だがこのままではいずれ何の装備も食料もない刀夜たちは野垂れ死ぬしかない。帰る方法を探すことなぞ絶望的になってしまう。


 願わくば友好的であって欲しいと刀夜は祈った。


 刀夜達が辿たどってきた川は砦のような村の方向へと続いていた。川は大地を削ったのか低い。加えて土手のほうは背の高い雑草が生えわたっているので川沿いに歩けば監視塔からも発見されにくいだろう。


 村が近くなると草むらから麦のようなものが植わっている畑へと出た。


 刀夜は二人をここで待つよう指示すると屈んでさらに進む。途中に何ヵ所か畑に引き込んでいる水路を越えて、村の入口にある橋の下まで来るとすばやくその下に潜りこんだ。


 取り敢えず見つからず潜り込めたことに安堵あんどした彼だが不意に背後に人の気配がした。驚いて振り向くとそこには梨沙と不安そうな顔の美紀がついてきている。


『な、なんでついてきた? これじゃいざって時に逃げられないだろ』


『刀夜一人にばかり、やらせるワケにはいかないじゃないか』


『一人はいや~』


『何の為に俺が――』


 その時、村の門の開く音がした。木製の門が木の軋む音を立ててゆっくり開くと男が二人出てくる。


 刀夜は慌てて人差し指を立て、二人に黙るよう促がすと息を潜めてじっと相手の様子を伺った。


「まったく、こんなんじゃ作業しずらくって叶わねぇぜ」


「仕方あるまいよ、親父。アーグの被害は上がる一方なんだ。俺達の畑は反対側だからまだマシだぜ。イブリの爺さんなんか森側だから悲惨だぜぇ? いいように荒らされちまってよう……」


 刀夜は耳を疑う。聞こえてきたのは日本語だ。


 この世界が地球でないとずっと確信してきた。なのになぜ彼らは日本語を話しているのか。刀夜はこれまで自身の中での仮説が崩れ去る思いであった。


 頭脳をフル回転させて新たな情報を元に新しい仮説を再構築しようとする。だがどうしても曖昧な理由で妥協しなければならず、刀夜はそれを認めたくない。


 そんな刀夜の思いとは裏腹に美紀の目は輝いていた。散々、刀夜に脅されてきたが日本人と出会えたのだ。きっと助かる。そんな思いで彼女は高揚して気持ちが押さえきれなくなってしまう。


「やったぁ! 日本人だぁ! これで助かる~」


 大喜びで橋の下から飛び出して大きく万歳をするが……


 彼女の目の前にいたのは、金髪角刈りで筋肉隆々の西洋人風の男であり、横にいるのも同じく金髪と白髪が混じった西洋人風のおじさんだった。


「――あれ?」


「な、なんだてめぇわッ!!」


 筋肉隆々男はくわのような農機具を捨てると腰の剣を抜いて美紀に向けた。相手の表情は確実にこちらを警戒している。


「あれれ…ぇぇぇ……」


 美紀は硬直してしまい、歓喜の万歳は降参の合図となってしまった。

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