第11話 黒い獣の襲撃1

 日が暮れると周りの木々がわずかな光をも遮断して真っ暗となる。三ヶ所に作った焚き火を中心に生徒達がそれぞれ輪になって休憩していた。


 事件が起きてから何時間が経過しただろうか。携帯どころか腕時計も電子機器のたぐいはすべて壊れてしまい、誰も時間を把握できずにいた。


 先生の指示により交代で火の番をする。日中の忙しさから一転して虫の音、風の音、焚き火の光と音だけの静寂せいじゃくな世界が訪れる。


 するとついつい自分達はちゃんと帰れるのだろうか? そもそも生きていられるのか? と余計なことを考えてしまう。


 声を殺して泣いている子もいる。


 寄り添って皆が孤独に耐えていた。


◇◇◇◇◇


 ほどとなくして一人の男子生徒が立った。


「……浅川?」


 友達が眠そうに声をかけた。


「トイレ」


 そう言って彼は茂みのほうへ向ってゆく。さきほどから何人も行っているので、もはや誰も気に留めはしない。


 男子のトイレは校舎に向かって右側の石柱裏。女子は校舎裏と決めてある。


 石柱の裏に回って用を足そうとズボンのチャックを開けたとき、彼は背後の気配を感じとった。


 嫌な予感がして、おそるおそる振り向くと彼の瞳におぞましいものが映る。嫌悪感が背筋を駆け上がると全身の毛が逆立って男子生徒は悲鳴をあげた。


 しかし張り上げた叫び声が途中で切れると、生徒はまるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。


 その声に反応して休んでいた生徒達に緊張が走った。声のほうに注視ちゅうしすると暗闇の中からボールが飛んできて、焚き火の前に落ちて転がる。


 皆の視線を集めたそれは無惨な姿となった浅川の頭であった。


 人の頭とは思えない形に変形し、恨めしそうな面構つらがまえを凝視ぎょうししてしまった生徒達は戦慄せんりつを覚える。


 耐えられなくなった生徒が次々と絶叫をあげると、声は森の闇に響き溶け込んでゆく。


 森の奥から無数の黒い獣がゾロゾロと姿を現わして焚き火の光に照らされた。


 身長は男子の胸下あたりほどで、大きい顔にこれまた大きくて長い鼻、赤く光る眼。足は短く、腕は足より太くて長く地面にまで届いている。全身毛むくじゃらの姿はまるでゴリラのようだ。


 黒い獣の手には太い棍棒や剣を持っており、明らかに襲う雰囲気を漂わせていた。焚き火がパチリと音を立てたのを皮切りに無数の獣が声をあげて駆ける。


 一番近くにいた生徒があまりのことに身動きできずに棍棒で殴られた。倒れた所を上から足で押さえつけられて、さらに頭を何度も殴ってくる。


 二番目に近い生徒も突如起きた出来事に反応できず、獣が持っていた鋭い刃の剣で腹を刺された。背中を突き抜けた剣の傷口から血が噴きだす。切り裂かれた胃から血が溢れて口から吹き出した。


 誰もがこの状況を理解できずに次々と獣に襲われた。


「てめぇぇ!!」


 最初に体が動いたのは龍児だ。怒りの声を上げると彼は無謀むぼうにも襲いかかってきた獣に素手で対峙しだした。


 こん棒を振り上げる獣に一気に詰め寄ると前蹴りで吹き飛ばした。転げた獣に追撃しようとするが別の獣が龍児に襲いかかるとバックステップでかわして追撃を諦める。


 危機的な状況から我を取り戻した委員長が声を張り上げた。


「みんな逃げろ!!」


 だがどこに逃げればいい? 周りは月の光が届かない闇だ。獣の襲撃とあいまって森の闇すら恐怖の対象となってしまう。


 生徒達は躊躇ちゅうちょして逆に硬直してしまう結果となる。


 晴樹は竹刀と木刀が入っている竹刀袋から木刀を取り出すと残った竹刀を刀夜に投げ渡した。そして即座に前に出て獣に対峙する。


 だが晴樹は正直なところ怖かった。相手が人間ならまだしも見たこともない獣相手にどう戦えば良いのか分からない。


 それだけではない。前に出て闘っている生徒は殆どいないのだ。囲まれたら一貫の終わりだ。捕まれば死ぬ……


 だが何もしなくても殺される。晴樹はその一点のみで自分を奮い立たせていた。


 刀夜は受け取った竹刀を袋から出しつつ、冷静に冷静にと唱えながら状況を確認する。


 獣の数は10いや15だろうか、焚き火をものとしない辺りこの獣は火を恐れない。所持してる得物は棍棒と剣のみ。腰に小さな鞄のようなものを着けている者もいる。霊長類並みの、そこそこの知能指数はありそうだ。


 女子生徒が獣に背後からのしかかられて押さえつけられた。獣は彼女の頭を押さえ込み、反対の手で体を触ってくる。


「いやぁぁぁ!」


「あ、亜美を離して!!」


 彼女の友達が果敢かかんにも燃えているまきを片手に獣を追い払おうとした。だがその女子生徒の手を背後から迫っていたもう1匹の獣が掴んで止める。そして女子生徒を顔の前に引き寄せると一気に彼女の服を引き裂いた。


「ひぃぃぃ!」


 露になった彼女の体を舐めるように見ると目が笑ったように見えた。


 ――マズイ! この獣は性別を判別してる!


 刀夜の脳裏におぞましい光景が浮ぶと戦慄を覚えた。


「み、みんな逃げるんだ!!」


 また委員長が叫ぶ。


 だがその方法は被害を大きくしてしまうことになる。逃げきる算段もなしに背を向ければ足の遅い者は捕まり。戦える者を置き去りにすれば多勢たぜい無勢ぶぜいで殺られるだろう。


 仮に全員が逃げたとしても無防備な背後から襲われることになる。委員長の方法はまずいと判断した刀夜が大声で皆に指示を出した。


「逃げるな! 戦え! 砂を目に投げつけろ! 石を投げて近寄らせるな!!」


「何を言っているんだ八神君、ここは逃げ……」


 委員長の声を塞ぐようにさらに声を張り上げて皆に指示を出す。


「弱腰を見せたら一気にやられるぞ!!」


「逃げる気なんざねぇ! こいつら全員ぶっとばしてやる!」


 龍児の気迫の入った右ストレートで宣言通り獣を殴り飛ばせてみせた。獣が落とした剣を拾って倒れた獣の頭上から切り裂くと血しぶきが宙を舞って龍児の顔に当たる。


 倒れている女子を襲うとした獣は逆に女子から投げつけられた砂をもろに顔に浴び、ギャっと叫ぶと目を抑えよろける。


「うぉらぁ!」


 颯太が思いっきり投げた石が獣の頭に当たって倒れた。


 石の当たった所を手で抑え悶絶もんぜつする獣に、姫反由美は両手で持ち上げた大きな石を力一杯投げつけた。


 倒れた獣の頭を潰すとグシャっと嫌な音がして、多くの血を流して獣は動かなくなった。


 由美は初めて生き物を殺したという衝動が収まらずにその場で座り込んでしまう。ドクドクと血を流している獣から目を反らせられなくなり、青ざめた。


 そこに新たな獣が由美を襲う。倒れていた女子はキッと睨みつけて地面の砂を掴んで投げつけた。


 目を覆ってよろめく獣に、颯太は走った勢いで飛び蹴りを喰らわす。吹き飛ばした相手が落としたこん棒を拾って即座に止めをさした。


「久保君!? あ、ありがとう」


「お、おう。任せておけって。皆を守ってやんぜ」


 颯太は女子からそんなお礼を言われたのが嬉しくて有頂天になり、返事を返した。


「こうなっては、致し方ないか」


 委員長は覚悟を決め、空手の構えをとると深く呼吸をとり、筋肉を隆起させる。


 襲ってきた獣のこん棒を後退してかわした。本当は前に出てカウンター取るつもりだったが思いの外、獣のリーチは長い。


 振り上げてきたこん棒をさらに後退して避けると、大きく振りかぶってきた所を回り込んで右正拳を獣の顔に叩きつける。


「せいッ!!」


 グニャリとした気持ちの悪い感触が拳に伝わってくる。その後、硬い頭蓋への強打の振動が伝わってきた。


 獣の鼻があらぬ方向へと曲がって鼻血を吹き出した。すかさず女子達が投げつけた石で獣の顔をボコボコにすると、敵の獲物を奪った男子が止めを刺した。

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