第2話 ドアの向こう側の世界

私の日常は決まっていた。朝早くに出社してメールをチェックし、その日することの段取りを決め仕事をする。



「先輩、今日も早いですね」私の初めての部下の鯉川がいう。


「これが普通よ、あなたもいい加減その学生気分を抜きなさい。この前だって上司の藤堂さんに泣かされていたのに」



「あれは僕も反省しましたよ。まさかあんなご発注をしてしまうとは・・・」と鯉川は朝から私について仕事をし始めた。



私の名前は佐藤サクラ、エンジニアである。エンジニアといってもシステムエンジニア、プラントエンジニア、ケミカルエンジニアなど様々な分類にわかれているが、わたしは主に機械関係のエンジニアである。女性で機械関係のエンジニアはそれこそ一昔前まではエンジニアの世界は男性ばかりだったがメディアの影響なのか共働きが増えたためなのか、女性のエンジニアも随分と増えた。


私は今年40になる。それこそメディアの前にエンジニアになったので男性しかいなかった。ほかの人たちに取ったら優しくしてくれるのかもしれないと思っているのかもしれないが、そんなことはなかった。仕事は仕事、妥協は・・・許されない。


毎日毎日怒鳴られ泣いてばかりだった。なんでこんな仕事に就いたんだろうと思った時は何回も何回も思った。それでも私はやめなかった。途中、休職やうつ病にもなったが仕事は好きだった。人間関係はきつかったが。



そして40歳になって初めて私にも部下が出来たのである。うれしかった。だけど、それでも何か違うような感じはいつもしていた。



「ただいま」私は現在、実家を離れて都会のマンションに一人暮らしをしている。家賃はおおよそ7万円。都会にしては妥当なほうかすこし裕福なほうだろう。手取りで32万から35万、年収は550万円。まずまずなほうかもしれない。



私はマンションに戻ったら冷えているキリンビールを飲みながらTSUTAYAで借りてきた映画を見ていた。この映画を見るのはもう7回目になるだろう。映画をぼーーっと見ながら私はスマートフォンでラインをしていた。今度12月の中旬に高校の同窓会があるみたいである。私はさむいなあーーっと思ったらもう12月だったのかと感じた。そう言えば今年は暖房まだいれたことないな。そう思って今年初めて暖房を入れてみた。ごおーーーっという音と共に温かい空気が部屋の中に流れていく。





高校の同窓会なんて何年ぶり何だろう。友達はそれなりにいたほうである。社交性やコミュニケーションが得意かといえば得意なのかもしれない。友達とはたまに地元に帰ったら遊ぶくらいだが、ここ5年は全くといっていいほど帰ってなかった。家族とも電話では話すのだが、それだけだった。




私がエンジニアになるといった時、家族は反対していた。特に母親は反対していた。母親は地元の病院で看護師をしていた。そのためかどこかで私に看護師をしてほしいと思っていたらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれから22年か。

テーブルを囲んで私と父親と母親の3人はその日長い時間。ほんとに長い時間話していた。


『機械設計のエンジニアはほんとに男性ばかりよ。それにあなたが希望している会社、転勤アリよね。地元を出ていくの?』



『かもしれないし、まだ内定もまだだし』


『ねえ、私は絶対に反対しているわけじゃないの、だけど、ね。やっぱりあなたには地元に残って働いてほしいし、看護師だったらいくらでも仕事はあるし』


ストーブの音がやけにうるさかった。父親は何も言わずに腕組をしていた。時折、外に煙草を吸いに出かけたり、コーヒーを座って飲んだりしていた。父親は昔からマイペースなのである。今回も私と母親ばかり話していた。



その日の話はすでに4時間は立とうとしていた。父親が灰皿の煙草がいっぱいになるまですい終えると静かに言った。



『やらしてみたらいい。やって後悔するのとやらないで後悔するのは断然前者が良い』そう言って父親は灰皿を片付けて寝床にいった。


母親はそれから何も言わなくなった。父親がそんな意見を断言するのは初めてだったのである。



そして、私は高校を卒業してすぐに機械設計のエンジニアとして働いた。



・・・・・・・・私は過去を思い出しながら映画を見終え、そしてそのままお風呂に入った。ちゃぽん、と入浴剤をいれて肩までゆっくりゆっくりとつかった。



仕事はいろいろあるけどやりがいはある。私の選択は間違いじゃなかった。そう確信している。周りの人たちは結婚をして子どももとっくに大きくなっている。結婚式には何回も何回も招待された。うらやましくないといえば、嘘になる。だけど私はそれを振り払うように必死に必死に仕事した。



結婚をするつもりはもうなかった。40代になっても結婚する人も最近は増えているが、私は生涯独身を貫こうと決めていた。仕事と一緒に死ねたらいい。それが私の人生でいい。そう思っている・・・そう思う。




それから数週間後仕事がひと段落がし、私は地元の同窓会に参加するために夜行バスに乗って地元に帰ることにした。夜行バスの中は昔と違ってずいぶんと外国人が多くなった感じがした。ほんとなら新幹線で帰っても良かったのだが、まだ地元に帰りたくない私がいた。



私には兄がいた。兄は私と違って将来は作家になろうと早くから決意をしていた。だから毎日学校が終わったら原稿を何枚も何枚も書いていた。私がクラブ活動を終えた後も兄は原稿を書いていた。私が寝る前も、食事をしている時も原稿を書いていた。



兄は努力した。それだけに捧げていた。だが、努力は叶わなかった。その日はほんとにいつもと変わらなかった。私が部活から帰った時、兄は部屋の中で首をつって死んでいた。私が16歳の時だった。



葬儀は静かに終わった。父は泣いていた。母も泣いていた。私は泣いていなかった。現実味がなかった。それからの私は抜け殻のように生きていた。体に力が入らなかった。



まもなく母が私を病院に連れて行った。私は精神疾患になっていた。



幸い、医者とリハビリのおかげで回復はした、が、それからこの家で兄の話は一切しないことになった。















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