第3話 ドアの中
「お帰りなさい、ずいぶんと老けたわね」そう言いながら母は私を駅まで迎えに来てくれた。私は母の車に乗りながら地元の風景を見ていた。変わらないといえばうそになるだろう。すっかり昔と違い、駅前の店舗は閉店し、大型のショッピングモールが出来ていた。
「・・・向こうの暮らしはどう?」
「まあまあやよ。そっちは?」
「お父さんも定年退職してから毎日毎日ぼけーーっとしていることが多いわね。昔から仕事一筋だったからね」
「そんなこと続けてたらすぐにぼけるよ。一緒に旅行でも行ったら?」
「そうね、また気が向いたら行こうかしら」
地元の家に着くとそこは昔と全く変わらなかった。玄関の扉を開けると父が迎えてくれた。
「お帰りサクラ、ずいぶん老けたな」
「それ、お母さんと一緒のこと言ってる」
「そうか、まあゆっくりしていきなさい」その表情は昔と変わらなかった。だが、確かに年を取っていた。
私は自分の何年ぶりになるかの自分の部屋に着いた。部屋は昔とほとんど変わらなかった。母がときどき掃除をしてくれているのだろう。ほこりなどもなかった。荷物を置いたらベットに横になった。
目をつむりながら私は兄のことを考えていた。結局私は一度も兄の作品を見たことがなかった。
目を開けたら魚の良いにおいがした。
「サクラ、夕ご飯できたわよ」母が夕ご飯を作ってくれていた。
「向こうでは魚なんて食べずに肉やファーストフードばかりじゃないの?」
「そんなことないわよ。向こうには食堂もあるし、たまには料理もするわよ」
「えらくなったわねー。昔は全く家事のことなんてせずに物を解体したりしてばかりの変わり者だったのに」
「家ではね。学校では普通にしてたわよ」私と母は二人で夕ご飯を食べていた。
「父さんは?」
「パチンコ。仕事を辞めてからどうもパチンコばかり行くようになって」
「あの父さんがねーーー」
「そうよ、昔は仕事命だったのに。仕事辞めてから何もすることがなくなったためなんか。近所の知り合いに誘われてからどうにもそればかり行くようになって」
「まあ、いいんじゃない。最初見たときはほんとに何もしてなさそうだったから。でも借金は作ったらだめだよ」
「わかってるわよ。きちんと管理はしてるわよ」
私と母は他愛ない昔の会話や今の話をしながらゆっくりと、ゆっくりと話した。
私はご飯を食べ終え、明日の同窓会の用意をすることにした。
同窓会といってもほんとに知っている人ばかりなのだろうなと出席簿を見ながら思う。40歳になってみんなどんなふうに変わったのだろう。
・・・・・・・兄がもしも生きていたらどんなふうに生きていたのだろう。母と父が帰って二人が寝たのを確認すると、私は隣の兄の部屋のドアを久しぶりに開けた。
明かりをつけるとそこはまるで時間が止まったようにしーーーん、としていた。この部屋に入ったのは兄がまだ生きているころだった。そのあとから私は全く入らなかった。入ろうと思ったことはあった。だが、父と母に反対された。私の病気がまた悪化するのかもしれないと思ったからなのだろう。
そして、それから20年。久しぶりに入った。私は入ってすぐにある押し入れを開けた。押し入れの中は空っぽである。だが、押し入れの壁には細工があるのである。私と兄だけの秘密だった。父と母にはいっていない秘密がある。いつも父と母に見つけてほしくないものだけを入れておこうと兄と私が秘密に作った場所である。細工した壁の中を開けるとそこに一冊のノートがあった。
私はゆっくり、ゆっくりとそのノートを取った。
何年も何年も埋まっていたためかボロボロだった。ページを開くと、それは兄が書いていた小説だった。
私はノートいっぱいに描かれた作品を読んでいた。
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