罰を受けるのは誰か。





 慣れた綱渡りも、続けていればいつか縄から落ちる。その場合大怪我をするのは、私よりもむしろ烏兎の方である可能性が高いだろう。


 緋奈がそんな想いから明け方の逢瀬を絶ち、三日目の朝のことであった。昼餉ひるげの世話をする奉公人の一人が、耳を疑うような台詞を吐いたのは。


「お嬢様、いよいよ今夜だそうですよ。ここの所お天気も良いから、きっとよく燃えますわね」


 緋奈が血相を変えて問い詰めれば、母である咲耶の呼びかけで、有志による山焼きが決行されるとのことであった。何でも魑魅魍魎のたぐいが、裏山から毎日のように下りてきているのだと触れ回ったらしい。


「何よそれ。山焼きじゃなくて、山狩りじゃないっ」


 慌ただしく屋敷中を駆け回り、緋奈は夜白の姿を探した。彼が母に告げ口をしたなどとは考えたくもなかったが、それ以外に思い当たるふしはない。


「ううん、違う……。きっと最初から」


 思い当たってしまった。左脚の擦り傷を、湯殿ゆどので尋ねられたあの時ではないか。そもそも緋奈の咄嗟の嘘が、最初から咲耶に通用していなかったのだとしたら。


 母の恐ろしさを、緋奈は見誤っていたのだ。見縊みくびっていたと換言しても良いほど、咲耶はさかしく、容赦のない人間であった。


「緋奈、騒がしくてよ。品性に欠ける行動はつつしみなさい」


 冷たい声音こわねに振り返れば、緋奈を見下げるような咲耶の視線があった。恐怖に身がすくむが、怒りと嫌悪感がそれを跳ね除ける。だが緋奈は、ここで母親に噛み付くほど愚かな少女ではなかった。


「お母様、私からお願い申し上げます。どうか、山焼きを中止してください」


 畳の上に膝を折って、緋奈は長々と平伏した。余計な言葉の一つもなく罪を認め、その言外げんがいで自らに罰を望んだのだ。父親譲りの商家の血がそうさせたのだろうか。交渉術としては実に見事なものであった。


 だが。


腕白わんぱくなあなたには良い機会ね。思い知りなさい。人の世は、掟に守られて成り立っているの」


 土下座する娘の言葉に、耳を貸す母ではなかった。情にほだされることもなく、咲耶は追い打ちを掛けるように二の句を継ぐ。


勿論もちろん、あなたも同行するのよ。火入れの時が、今から楽しみね」


 頭を畳に付けたままで、緋奈は泣き崩れた。取り返しのつかないことをしてしまったのだと心の底から悔いたが、過ぎた時間は誰にも巻き戻せない。




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