夢はいつか醒める。
山暮らしの厳しさや、触れてはならぬ毒草を緋奈に語って聞かせる時、烏兎の心を不思議な誇らしさが満たした。人里の掟や、想像に任せるしかない
次に会う約束など出来るはずもなく、また長話をするには
「なぁ、緋奈は毎日が楽しいか?」
川べりの丸石に並んで腰掛けながら、乱反射する
「お年寄りみたいなことを聞くのね。楽しいわよ? だって烏兎がいるもの」
緋奈のませた口調に、烏兎の心臓はばくんと跳ね上がった。しかし彼女の答えがどのような意味合いであっても、浮かれてはならないことを理解出来ない烏兎ではない。
「俺も、楽しい。ひ、緋奈がいるから。でもっ」
「今日こそは会えないんじゃないかって、裾野に下りるたびに思う?」
自分の台詞を先回りされて、烏兎は赤面した。頬が
「これはね、夢だと思ってるの。あたしはきっと毎朝、早起きに失敗してるんだって」
妙に大人びた表情で、緋奈がとんちんかんなことを言った。だがその言葉は、烏兎の軽率な問いかけよりも、ずっと残酷なものとして彼の心に突き刺さった。もしかすれば、発した緋奈自身の心にも。
「……夢でも良いよ。続くなら、夢でも良いと俺は思う」
絞り出した言葉が本心からなのかどうか、烏兎にも分からなかった。緋奈の反応を必死で窺うものの、薄い笑みの向こうには何も読み取れない。
夢ではないと、力強く否定してあげるべきだったのだ。頭の中で渦を巻く後悔が、怒りにも似た後ろめたさとなって烏兎の心を掻き乱した。
「緋奈、俺たち、明日も会えるよな」
「……うん、きっと会えるよ」
緋奈が差し出した小指を真似て、烏兎も恐る恐る小指を突き出した。すると緋奈は指に指を絡めて、何やら軽妙な
しかし果たす当てのない約束は、時間の経過と共に物悲しさに変わるものである。そう何処かで知っていたからこそ、これまで一度も約束を交わさなかったのではないか。
二人は逢瀬の強要はもちろん、取り決めさえも作ったことがなかった。烏兎は林檎飴の瞳を宿した少女を山道に探し、緋奈は美しい天狗の羽根を中空に探す、ただそれだけの繰り返しだったはずだ。
明くる日もその明くる日も、烏兎と緋奈が巡り合うことはなかった。
すっかり冷めてしまった小指の熱が、夢の終わりを静かに告げていた。
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