怨みを抱いて生きる。
かちかちと火打ち石を
「おばあ、冷えるから種火は絶やしちゃダメだって言ったろ」
穴の奥で横たわっている年老いた天狗こそが、烏兎の祖母である。古びた敷布団の上で烏兎に背中を向けている祖母は、火の世話をする孫の方を向き直ることもなく答えた。
「ふん。年寄り扱いしおって」
いつもの小言が始まる予兆に
「待て、人の臭いがせぬか。それも薄汚い娘の臭いじゃ」
老いてもなお、天狗の凄まじい嗅覚は健在のようだ。
「あ、ああ。俺さ、今朝人間に会ったんだ」
「なっ、まさかお前、人里に降りたのではあるまいな」
勢い良く上体を起こした祖母は途端に咳き込んだが、それでもその声は充分な迫力を備えていた。隠せない緊張感が走る中で、烏兎は
「違うよ、裾野でたまたまさ。人間ってさ、おばあの話に聞くほど猿って感じじゃないよな」
烏兎は緋奈の目を奪うような着物の美しさと、好奇に輝く一対の林檎飴を思い出しながら言った。その間にも幼い両手は、山が育んだ薬草をせっせと磨り潰している。老衰が
「ああ、なんと情けない。まさか
弱々しい声で、祖母は烏兎を
「……おばあ、メシ。それに薬も」
「要らぬ。毒を盛られては
そう言って祖母は、また背中を向けて寝転んでしまった。再び咳き込み始めた祖母の背を
掛ける言葉を失った烏兎は、
流れる静寂の中に、火の粉が
「お前がせめて、爪の先ほどでも親の仇を憎んでくれたら……この儂が一体、どれだけ救われたことか」
小刻みに震える祖母の声が、嵐となって烏兎を責め立てた。祖母は泣いているのかもしれなかったが、泣きたいのは自分の方であったから尋ねることが出来ない。
その晩、月明かりが
夜とは、こんなにも長いものであったか。
住処とは、こんなにも息苦しいものであったか。
夜が明け切らぬうちに裾野を散策するのは、食料を得るための烏兎の日課であったが、彼が夜明けを待ち遠しく感じたのは、これが初めての経験であった。
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