徒花として育つ。
「緋奈、この傷はなに?」
「ごめんなさいお母様。庭のお花に夢中でつい」
裏山を散策した今朝方、茂みの中の
緋奈は慌てて、広大な屋敷の庭を頭に思い浮かべた。幾人もの奉公人によって剪定された四季折々の草花たち。鋭い棘を生やした植物はどこかに植えられていただろうか。浴室に立ち込める
「
咲耶の冷淡な
夜白とは、この屋敷がお抱えにしている
湯上がりの髪を
彼の整った顔立ちを、緋奈がこれほどの距離で眺めたのは初めてのことであった。彼女が子供心にも、夜白の美しさに吸い込まれてしまいそうな恐ろしさを覚えていたその時である。
「緋奈さま、裏山に出られたのですね」
軟膏の冷たさのせいではなく、緋奈の心臓がどくりと跳ね上がった。傷口を見ただけで裏山に自生する毒草に思い当たった夜白は、やはり折り紙付きの薬師である。しかしその口調は、緋奈の
「あのね、探しに行ったの。庭に来ていた猫がね、姿を見せなくなったから」
「どこかで
猫を探しに出た話が決して嘘ではなかったからこそ、さらりと悲しいことを言ってのける夜白の姿が涙で滲んでいく。それでも緋奈には、
母の目を盗み屋敷を抜け出したことに加えて、自らに
「お願い夜白。お母様には言わないで」
「冗談でも言えません。咲耶さまがお知りになれば、
緋奈の父親である
由緒正しき商家を継いだ藤吉には、大きな野心があった。生まれながらに
「それに緋奈さま、山の奥にはあやかしが出ると言います」
暗い影を落とす緋奈に顔を上げさせると、夜白は困ったように微笑んで見せた。彼が見せた表情のあまりの柔らかさに、緋奈は思わず話してみたくなる。
皆が恐れるあやかしの仔が、大嫌いな両の
「……お母様のほうが、あやかしなんかよりずっと恐ろしいもん」
様々な感情を呑み込んで、緋奈はそれだけを絞り出した。彼女の消え入りそうな声に、夜白はもうこれ以上この話題を続けようとはしなかった。
夜白の慣れた手付きで、緋奈の傷口に白い布地が巻き付けられていく。彼女の胸のうねりを覆い隠すように、何もかもすべてを
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