第11話 とある大学教授のエルフ史概論 4
はいどうもみなさん、こんにちは。ホシノです。
いやあ、この間はまたしても全空を驚かせてしまいました。いや別にやましい実験をしていたとか、そういうのではないんですが。その。
なんというかこう……こう、あれなんですよ。ある種の暴発的なサムシングと言いますか。
とにかく私は大丈夫なので、完治しましたので、改めて第四回を始めようかと思います、はい。
というわけで、えー、今回は古代後期ですね。
前回、「第一の宿命の子」にして「叙任の代行者」ナナシにより、太陽剣アマテラスを与えられた「太陽王グライ=ア・ライオ」が中東周辺を統一したところまでやりましたね。
彼が作った国は当時「クォム・メイェ・ベル=バンプ」と呼ばれていました。古代後期エルフ語Aで「偉大な太陽の国」という意味です。現代では主に太陽王国と呼ばれていますので、以降そう呼称しますね。
そんな太陽王国が、始まって終わるまで。そのおよそ5000年間を、我々は古代後期と区分しているのです。
ではレジュメを進めましょう。
古代後期の要点はいくつもありますが……まず一つ目。時代の基礎を作ったグライアについて話しましょう。
王となったグライアの敷いた政治は、一言で言えば神権政治となります。王は神官の長を兼ね、特定の宗教……この場合は太陽と火を崇めるエルフの原始的な宗教観を戴いて、それに基づいて人々を導きました。
それを担保するレガリアは、もちろん太陽剣アマテラス。現代のものと比べてもなお高性能なマギアデバイスであるアマテラスはまさに神の創りたもうた神器であり、それを扱える地上でただ一人の存在こそが王である、というわけです。
では、そんな立場になったグライアが、どのように国を動かしたか。ページを進めますね。
彼はまず、それまで各地でさまざまな形に分派していたエルフたちの信仰を、一つにまとめるところから始めます。
エルフには既に文字がありました。各地の伝承や神話、それに教えは相応に保存されており、それらを穏便に統合し、宗教としての体裁を整えたわけです。
こうしてできあがった宗教を「原始アマテラス教」と言います。当時は原始という言葉はもちろんついていませんが、現代のアマテラス教とは異なるところがかなりありますので、学術的には原始とつけて区別しているわけですね。
そして先に神権政治と言ったのでお分かりかと思いますが、グライアはこの原始アマテラス教を国教に設定します。
ただし、エルフ以外にもこれを強いたので、初期は相応に反発があったようです。そのため一部の学者からは評価が分かれますが……それは本筋から外れるので割愛。
グライアが行った政治の特徴としてはこの他、学問をことのほか奨励したことが挙げられます。
これに人種や性別の差はなく、望めば誰であれ学ぶことができたようです。これには後述する明確な理由があったのですが、理由はどうあれこれは当時としてはまさに画期的で、結果として王国の黄金期、そしてここからの世界の歴史はこのとき学べた人々とその子孫が作り上げていくことになります。
統一された宗教と、豊富な知識人層。この二つを背景にして、太陽王国が統治した古代後期では前期中期とは大きく異なる優美な宗教文化が花開きます。絵画や詩歌を中心にした、穏やかで典雅な文化です。
担い手の多くは神官たち。彼らはこの時代、まさに知識人にして芸術家、さらには政治家でもあったわけですね。彼らの作品は神々に捧げられるものとして作られ、その中で芸術という概念が磨かれていきました。
中でも特に目立つのは、神々への祝詞ですかね。神に捧げる言葉は神語、というのはこの時代以前からの常識で、太陽王国でもそうなのですが、太陽王国時代の祝詞はいわゆる和歌なんですよ。
太陽王国の神官たちは、より少ない言葉でいかに神への祈りを多く捧げるかに腐心しました。それは最終的に、三十一文字が多すぎず少なすぎない適切な数だということで定着した……と言われていますが、実際のところは言葉を減らす方法を探す過程でギーロの書いた聖書の記述にならったんじゃないかって私は思ってます。
……今反応してくれたのは、日本からの留学生さんですかね? でしたら誇ってくださって構いません。あなた方は歴史の彼方に消えた文化を、現代に復活させた国の民なのですから。
さて次に進みましょうか。
グライアの政治関係でもう一つ、無視できないものがあります。彼は世界で初めて、エルフの出生に制限をかけた王でもある、ということです。
ご存知の通り、エルフは地球上の生物の中でもかなり長命です。生殖可能な期間もその分長いんですよね。
ですがエルフは同時に、マギア因子などの影響で、望めばすぐに妊娠するという、オットセイもびっくりな生殖力も持っています。
これが人口を増やしたい段階ならいいのですが、グライアの統治後期になると、安定した政治のおかげで早くも出生率がえらいことになりました。エルフは増えまくり、爆発した人口は当時の食料生産高をあっさりと上回ります。人々は慌てて開拓を進めようとしましたが、それが間に合うはずもなく……。
おまけに追い討ちをかけるように気温が急降下。飢饉が発生し、結果的に彼の統治末期には大量の餓死者が出ることになりました。かくして彼は己の最後の施策として、人口抑制策を導入するに至ったのですね。
ただこの抑制策、グライアは例外でした。なぜなら、彼がどれだけがんばっても、生まれた子供は誰一人としてアマテラスを扱えなかったからです。いやまあ、単に好色家だっただけかもしれませんけど。
アマテラスがなくともグライアの血を引いた者は多くが優れた魔術師でしたが、アマテラスという明確なレガリアがある以上、それが扱えないというのは王国の存続に関わる問題です。なんとかして使える者が生まれないかと、グライアは晩年まで子作りに励み続けることになりました。
おかげで彼は少数派宗教では子作りと安産祈願の神様になっていますが、本人は不本意でしょうねぇ。
なにせ結論を言えば、グライアは最期の瞬間まで後継者を決められないまま亡くなりました。当然後継者争いが起こり、王国は一時的に混乱するのですが……これを収めたのは、結局のところやはりアマテラスでした。
この辺りは、この大学に入れるくらいの人なら大体ご存知でしょう。
アマテラスは文字通り、この世で一人しか扱えない神器。すなわち、継承する資格を有する者が何人いようと、前の所有者が存命であれば誰もアマテラスに触れることができないんですよね。継承がなったときとは、すなわち前任者が死んだときというわけです。
まあ、後の世にその例外が日本国天皇という形で登場しますが、それは当該時代の回で扱うとして……。
そうしたわけでグライアの死後に改めてアマテラス選抜の儀式を執り行ったところ、あっさりと一人の王子がアマテラスに認められ、次期国王となりました。
以降、王族によるアマテラス選抜の儀式はある種のエンタメになりますが……このときグライアが大量の血族を作ったことは、巡り巡って約5000年後、王国の衰亡を決定づける一因ともなりました。
それは後ほど……ということで、古代後期第一の要点であるグライアの政治についてはこれくらいにしておきましょう。他にもありますし、彼以降の王についても領土拡大などで触れるべきことはたくさんありますが、今挙げた点を覚えておけば概論としてはとりあえずオッケーです。
では二つ目の要点に行きましょう。ページは変えて。
次なる要点は、ナナシについてです。太陽王国建国の英雄であり、王を選定した英雄である彼女ですが、ここからは「叙任の代行者」ではなく「第一の宿命の子」としてのお話ですよ。
太陽王国ができてしばらく、彼女はグライアの宮殿にいたことがわかっています。しかし原始アマテラス教ができる前……つまりかなり早い段階で、彼女は「ちょっと出かけてくる」と言い残して再度姿を消しました。無論狼たちとです。
とはいえこの後の彼女は、比較的早いペースで何度も宮殿に戻ってきます。そして彼女は、戻ってくるたびにルィルバンプから三大聖書を持ち帰ってきたのです。
そう、ナナシがもたらした最も重要なことは、実のところ太陽剣アマテラスではありません。それももちろん重要ですが、何よりも、古代後期になってから彼女がもたらした三つの書物が重要なのです。
私は以前の講義で、エルフたちは伝説を取り戻したと言いました。それはまさにこのとき、ナナシの手によってなされたのです。
三大聖書。皆さんご存知ですよね。これを知らない方はいないでしょう。
……はい、その通り。科学のすべてがそこにあるとも言われた、技術白書。
起こりうる可能性の未来がどこまでも記された、全史黒書。
そして世界初にして最高の魔導書、魔法蒼書。
これらが、遂にエルフたちの下に帰ってきたのです。これを契機にして、時代は……いえ、世界は! 大きく動き始めるわけで……これこそ、古代後期最大の要点と言っても過言ではないでしょう!
……おっと、つい声が。おほん。
とにもかくにも、そんなわけで三大聖書が戻ってきたわけですが……先ほど戻ってくるたびに、と言った通り、三大聖書はすべてが一度に全部戻ってきたわけではありません。
ナナシは常に数匹の狼を引き連れた群れで行動していました。そのため、巨大で膨大な量の粘土板を一度にすべて持って帰ることはできなかったのです。彼女は約100年をかけ、何度も旅をしてこれらを持ち帰り続けました。
もちろんそのたびに太陽王国は騒然となりまして……グライアが学問を奨励したのは、ナナシが持ち帰る三大聖書を精査し、そこに記された技術や知識をすべてものにするためだったわけです。
なにせ量が量ですからね。彼は大昔において何より武器、防具足り得る知識の独占を諦めたのでしょう。不可能と判断したのだと思います。
え? なぜ大規模な調査団とかを派遣して一気に持ち帰らなかったのか、って?
いい質問ですね。その通りです。
もちろん、グライアは一団を結成してナナシに随行させています。それも三回。ですがいずれも失敗しているのです。
レジュメを切り替えましょうか。
これはルィルバンプに関するナナシの証言をまとめた、「太陽王問答一切」という記録の抜粋なんですが。この中に、こんな記述があります。
「どこまでも続く蒼い空が、不意に私を呼ぶ。呼びかけは時と場所を選ばない」
「私は狼。心の赴くままに、声の下へ足を向ける。向けないときもある」
「向けないでいると、呼びかけは消える。そしていつかまた、不意に始まる」
「声に諾と答え、誘われるままに歩めば、いずれ空を落とし込んだような美しい絵が現れる」
「絵に触れる。空に抱かれるように。そうすれば、私は闇だけがある死の国に沈み、
いささか散文的ですが、これがどうやってルィルバンプに行くのかというグライアの問いに対するナナシの答えです。
解釈は色々ありますが。ルィルバンプには人知を超えた何者かがいて、ナナシはそれに誘われたときに行動している。その上で、ある程度のところまで行くと魔法陣か何かでもってルィルバンプまで転送されていた……というのが一般的な解釈ですね。
グライアはこれに輸送部隊などを随行させているのですが……どうやら、ナナシが言うところの「空を落とし込んだような」絵は、彼女にしか見えなかったようなのです。効果も他には及ばなかったようなのです。
先の問答の中で、グライアもこう問うています。
「汝を誘う絵が、なにゆえ我らの眼に映らぬか」
対するナナシはこう答えます。
「空は言う。それが宿命であると」
この一節を以って、ナナシは宿命の子という諡号が与えられるのですが……つまり、どうやらルィルバンプには、そこに住む何者かに招かれた者しか入れないのでしょう。そしてそれは、死食を生き延びたものだけなのだろう、と。
私宛ての質問で、「再発見後に聖地として保護されなかったのか?」というのがありましたが、これがその答えです。特定の人間しか足を運ぶことができなかったため、保護することができなかったわけですね。
ただ……以前私は、ルィルバンプが再び歴史の表舞台に現れると言いましたが、これが本当に現れているかは解釈が分かれるでしょうね。私は問題ないと考えますが、そうでないと考えても問題はありません。そんな主観的な問題はテストには出しませんから、ご安心を。皆さんの思ったほうが正解です。
さて……そんなナナシの答えを受けてグライアは、ならばとばかりナナシが消えた地点を掘り返したらしいのですが、残念ながらルィルバンプにたどり着くことはなかったようです。
地下だろうというグライアの推測はたぶん正しいです。闇だけがある死の国に沈む、というのは恐らく地下に向かうことの比喩でしょう。ルィルバンプに人がいた時代から既に1万年以上が経過していますから、埋もれていたのではないかと思われます。
ただまあ、何らかの対策がされていたんでしょうね。恐らくは魔術ですが、当時最高の魔術師であったグライアをも欺くその魔術とは、そしてその使い手とは、さて何者なのか……。
ナナシはその存在を、ひたすら「空」とのみ表現しています。何者かを名前で呼ぶことはありませんでした。このため、厳密には謎ですが……。
神語で空という言葉を名前に持つ神話の人物がいましたね。それも、死んだという記述はどこにもなく、ただ消えたとだけ記録された人物が。
年代的にはあり得ないんですが……以降、ルィルバンプには「彼女」がいるとまことしやかに囁かれるようになります。そして、時代の節目に現れてエルフを導くという、魔女の伝説が形作られて行くのですね。
(完全にバレバレだけどなー。あいつは本当にもう……)
……ちなみにこのとき、グライアとナナシは大ゲンカをしています。まあ地形が変わるほどの騒動をケンカと呼んでいいのかはわかりませんが。以降の歴史で何度か起こる、超級の魔術師同士の戦いの最初はこのときのケンカと言われています。
後世「太陽を喰らう狼」の伝説となるこのケンカの発端は、ナナシの群れに属する狼たちも一緒にルィルバンプに行ったから、らしいです。問答一切にこんな会話があります。
「ならばなにゆえ狼も聖地に立ち入れるのか」
「私の家族であるがゆえに」
よくはわかりませんが、ナナシの伴侶や家族である狼は、ルィルバンプに行けたみたいなんですよ。
そしてこれを聞いたグライアは、ならばとナナシを側室にしようとしました。能力的にも、ナナシは魔術師として特殊ではありますが有能だったので、二人の血を引く子供が欲しいと思っていたかもしれません。
ですが答えは否。
それでグライアは激怒……はしてません。ただ、このときのナナシの答えが……。
「私は狼。私の伴侶は人ではない」
なんですよね。で、まあ……その、ちょっと言いづらいんですが、ナナシにまつわるエピソードには、獣姦をうかがわせるものもいくつかありまして……。
これがどうも、王として俗世の権力を極めたグライアのプライドを傷つけたみたいなんですよね。太陽王がただの狼より下なのか、と怒ったとかなんとか。
まあ、実際どういう言い方をしたのかわかりませんからね。ナナシが煽るように言った可能性もなきにしもあらず……。
なおさっき「太陽を喰らう狼」と言った通り、ケンカはナナシの勝ちで終わります。経緯を記したものがどうも意図的に消されているようで、現代には残っていませんが……結果的にグライアはナナシへの干渉を諦め、ナナシが持ち込む三大聖書の精査に注力するようになったみたいですね。
この他、ナナシには狼の品種改良を行なって、今で言うエルヴンオオカミを生んだ人物だという説もありますが、これは確定した話ではないので割愛します。
以上が古代後期、二つ目にして最大の要点です。
では次に三つ目の要点……よいしょっと。
三つ目は、これも最大と言っても決して間違いではないのですがね。
ここまで言ってきた通り、古代後期の最初、グライアの時代に三大聖書が戻り、その精査のため学問が大変奨励されました。この結果、太陽王国の各所には研究機関が乱立するのですが……この研究機関が、のちの時代まで大きな影響を与えることになります。
時代が下るにつれて統合と整理が進んだ結果、およそ4万1000年前ごろまでには一つの大きな研究組織として成立していたと見られています。
組織の名は「ジェベルダイナ」。古代後期エルフ語Bで「取り戻す者たち」という意味です。
彼らの三大聖書の精査、そして研究によって文明は飛躍的に向上します。特にジェベルダイナが正式に発足して、各所の連携が進んだおよそ500年間……それも後半のおよそ200年は、特に急激な技術の進歩があった時期になります。
それをもたらした人物こそ、古代後期の英雄の一人。その名は「取り戻す者オダン・ウーア」。蒼空断章を深く読み込み、技術白書のそれとは異なる独自の技術を世に実現させた稀代の英雄です。
組織の名前、
錬成魔術については、魔術学部ではないここで説明しても中途半端になるので細かくは語りませんが……ま、言ってしまえばレプリケーターがやっていることを人力で行うものですかね。レプリケーターは錬成魔術が基なので、当たり前といえば当たり前なんですが。
要するに、知識と技術、それにマナリウムさえあれば、理論上はあらゆるものが作成できるようになったわけです。
このこともあって、太陽王国は末期にして黄金時代を迎えます。属人性の極めて高い技術ではありますが、彼らの力があれば希少な素材もその場で手に入ります。これがあったからこそ、およそ200年間の劇的な技術革新は起こったと言っても過言ではありません。
ただし錬成魔術を修めるには、心身に加え頭脳を鍛えなければなりません。そのため錬成魔術師は当時の最高のエリートとなりました。
多くのエルフが錬成魔術師を目指したようです。錬成魔術師になれれば、富も栄誉も手に入るのですから、無理からぬことですが……しかしそれは同時に、魔術師の攻撃性を増すことにも繋がりました。心身、そして頭脳の鍛える。これは錬成魔術以外のすべての魔術の上達手段でもあったからです。
これについては後述するとして……ウーアはこの錬成魔術の創始により、ジェベルダイナのトップに立ちます。彼は以降、魔術の発展に特に力を注ぎ、神話の物質ソラリウムをも世に実現させるに至ります。
ソラリウム。お察しの通り、その名は「預言を継ぐ者ソラル」に由来します。魔法蒼書自体が彼女の遺したものであり、その彼女が同書内で空を飛ぶための物質として言及していたために、彼女の名にあやかった経緯があります。
その経緯の通り、ソラリウムの再発明は人々に空への道を開きました。実際に人々が空に達するにはまだまだ時間が必要ですが、それでもその突破口が開けたことは極めて歴史的に意義のあることです。
まあ当時は有意義に使うことができなかったため、基本的には「神話を再現したものの、それだけ」という評価であったようですが。時代が追いつかないものを作ってしまった人は、得てしてそういう評価を与えられがちですね。仕方ないことですけど。
そんなウーア。実はもう一つ重要な点があります。歴史の流れとは直接は関係ないのですが、これはちょっと触れておきたいのであえて脱線させてください。
ウーアの重要な点。それは彼が歴史上、初めて名を残した半エルフであった、ということです。それまでの歴史の中でも共生していた以上は半エルフもそこそこいたとは思うのですが、歴史に名を残した、しかも英雄と呼べるほどの功績を残した半エルフはウーアが最初です。
彼はフィエンの父親とエルフの母から命を受け継ぎました。結果として彼は、フィエンの好奇心と探究心、エルフの魔術と頭脳を持つ優秀な研究者として育ったわけですね。
彼が研究者として大成したのは、根っこにフィエンと同じ探究心があったからだと言われています。過去の英雄が遺した記述が本当かどうか、それを知りたい一心であったのだろうと。
あいにくと、半エルフの宿命としてウーアは子をもうけることなくこの世を去りました。ですが彼の遺したものは間違いなく次代に受け継がれ、今のレプリケーター、それに
ですが当時の、ウーアから知識や技術を受け継いだ人々はいささか違いました。科学よりも先んじたことで魔術分野の研究者が幅を効かせるようになり、魔術を扱わない派閥が軽んじられるようになったのです。
当時、ジェベルダイナは主に三つの派閥に分かれていました。技術白書を特に重視し、科学の子を自負していた科学派。
全史黒書を特に重視し、悲劇の歴史を極力避けようとしていた未来派。
そして魔法蒼書を特に重視し、魔術と文明の発展を目指していた魔術派。
彼らはウーアの死後、急激に関係を悪化させていきます。どうもウーアはその辺りの利害調整や仲裁にも優れた才覚があったようなのですが、彼が生まれる以前のそうした根回しのノウハウは彼一人に集約され、最後はそのウーアが亡くなったことで、その手の調整が誰もできなくなったようなのです。
エルフは基本頭がいいと言われていますが……なるときはフィエン以上に意固地になりますからねぇ。その辺りが影響していたのではないかなと思いますよ。
そんなエルフたち相手に、ウーアが調整を続けられたのは半エルフだったからでもありましょう。フィエンとエルフ、双方の考え方が本当にわかるのは半エルフだけとも言いますしね。
……と、そんな感じで。ジェベルダイナとウーアにまつわる一連の技術革新が、古代後期三つ目の要点になります。
では最後に、これらの結果隆盛を誇っていたはずの太陽王国が、どうして滅亡したのか。そしてなぜ時代は移り変わったのか。この話に移りましょう。
ページを変えますよ。
先述の通り、王国の将来を左右するほどの大組織になっていたジェベルダイナは末期、盛大に内輪揉めをしていました。ええと、今からおよそ4万年前ですね。
ここでとある事件が起こります。アマテラス選抜の儀式において、王族の誰もがアマテラスに選ばれないという、王国の行く末を決定づける大事件が。
……あー、少しわき道に逸れますけど、現代ではこの理由ははっきりしています。アマテラスの継承権は「皇祖チハル」の血統を示す特殊な遺伝子を持った者だけに受け継がれる仕組みなのですが……。
俗に「太陽の証」と呼ばれるこの遺伝子、正確にはその特殊な効果を示す魔術そのものです。遺伝子のように子に受け継がれるものの、そもそも薄まったり変質したりしません。
そしてその総数は、なんと世界全体でわずかに十まで。証が受け継がれるタイミングも早い者勝ち。まったくもってひねくれた仕組みをしているのです。
その証を持つ十人から最終的にアマテラスの継承権が決まるのは、チハルにどれだけ近いかという血の濃さ……ではまったくありません。なんと最初にアマテラスを手にした人間に受け継がれる、という……なんというか、その前の複雑な仕組みに反して最終段階でかなり集中力が切れた結果みたいな感じになってるんですよね。
さてここで思い出してください。私は今回の最初のほうで、グライアが多くの子供をなしたと言いましたね。そこからおよそ5000年が経ち、当時の子供たちは大半が王家の傍流として各地に散っていました。
そして今しがた、アマテラスの継承権を示す遺伝子は総数が決まっているとも言いました。
つまり?
そう、この時代においてアマテラスの継承権争いに参加できる資格を持った人間は、王家の直系にはいなかったのです。
証の継承はさっき言った通り早い者勝ちなので、たぶん傍流のどこかにはいたんでしょうけどね。過去に王族であったことも忘れた、忘れられたような、そんな遠い遠い傍流に。
……話を戻しまして。
この結果、王国は戦乱で滅びます。それはもうあっさりと、数年で地上から消滅しました。そのため、アマテラスは継承者不在のまま、とりあえずその存在のみが後継を名乗る国に引き継がれることになります。
崩壊が早すぎると思う方もいるかもしれません。しかし当時、王国は最初のグライア以降最後まで、一貫して原始アマテラス教を国教とする神権政治国家でした。
そんな国で、レガリアであり使い手を選ぶアマテラスから、すべての王族が拒否される。これを王国の天命が神に否定されたことに他ならないと誰もが解釈するのは、ご自然な流れでしょう。
このため王国の各地で有力諸侯や王族が、ならばとばかりに各々勝手に王を名乗り、栄華を誇った太陽王国はあっという間に瓦解、互いに血で血を洗う戦国時代へと突入してしまうわけなんです。そしてこの事態に、ジェベルダイナも無縁ではいられませんでした。
まず未来を志向しながら問題を予見できなかったとして、ジェベルダイナの未来派は周囲からの強烈なバッシングにさらされるとともに、主導権を握っていた魔術派によって放逐されるに至ります。
ただしこのとき、既に錬成魔術の創始から200年近く経っていて、どの派閥も相応の数の魔術師を抱えていました。そう、錬成魔術師になりたくて長年修練を重ねてきた魔術師を。
その多くは錬成魔術師になれなかった者たちでしたが、錬成魔術以外の魔術は並以上に扱えました。そんな、かつてに比べて攻撃性を格段に増していた魔術師を抱える派閥が、黙って放逐されることなどありえません。
未来派は数でも質でも劣るとわかっていながら、他の派閥に徹底抗戦します。そのままでは負けると理解していた彼らは、当時王を名乗る諸侯の中でも最大の勢力と接近。手を組んでジェベルダイナに牙をむきました。
魔術派もこれを受け、同様の手段で対抗。さらにはそれを見た他の王が、中立を保っていた科学派を脅しに近いやり方で味方につけ、大規模な戦乱は遂に旧王国全土へ飛び火してしまうのですね。
この三国は一時期かなりの勢いを得て、結果的には三国鼎立状態に陥るのですが……ジェベルダイナの三派閥は、王が疑心暗鬼に陥ったり、あるいは王の凄惨なやり方が露見したり、あるいは単純に握っていた弱みを払しょくして逐電しています。
最終的には、ジェベルダイナの三派閥は幾度も立場を変え、他の王も手段を選ばず合従連衡を繰り返したため、戦乱はなにがなんだかよくわからない泥沼へと沈み込んでいくのです。
この辺りはなんと言いますか、あまりにも強固な軸が急に壊れたとき、人間がどうなるのかというある種の社会実験じみた流れを感じます。右往左往するならまだしも、一定数の人間が混沌とした情勢の中では私利私欲に走るように思えてなりません。何が軸になっていてもそうですけど、一つのことにだけ依存するのはやはりよくないんでしょうね。
と、こんな感じで太陽王国が滅び、戦乱と共に時代は古典へ移りますが……本日はここまでにしましょう。
ですがその前に軽く、古代という時代をまとめておきましょうかね。最後のページ。
私は最初に、古代はあまり変化がないと言いました。ですがここまで見てきてわかる通り、決して変化がないわけではありません。変化を絶えず続けていて、特に後期はかなり大きく変化しております。
ただ……確かに変化は変化なのですが、生活様式や文明水準は、実のところほとんど変わっていなかったりします。ここに明確な変化、進歩が見られたのは古代後期の終わりのごくわずかな期間でしかありません。
それは気候の急変、失せ月などなど、様々な要因で技術の進歩が阻害され続けていたためで……だからこそ、ここまでのおよそ2万3000年の出来事は、古代というくくりの中にまとめられているのですね。
ですので、神話時代を人類繁栄の嚆矢、文明の礎が形作られた時代とするならば、古代はそれらが瓦解しかけて一進一退を繰り返した冬の時代と言えましょう。
後世に暗黒時代がありますが、あれとはまた方向性が違います。暗黒という言葉が使われているのは、現生人類が互いに決定的に決別し、争っていたことがその名の由来ですから。
逆に古代は、環境の激変がそうさせたとはいえ、結果的に人類は互いに苦手なところを補う協力体制を築いて耐え抜いた時代です。そして新しい基盤を固められるほどの復興を果たした時代でもありましょう。
つまりは、冬ではあっても闇に閉ざされていたわけではない。次に来る春のために、みんなで知恵を絞って耐え抜いた時代。それが古代という時代なのです。
まあ、現生人類が真実対等に共存していた最初で最後の時代、という見方もありますけどね。
さて、不穏な気配を残しつつ、次回は古典に入ります。戦乱から幕を開けたこの時代が、どうなるのか? 座して待て、次回!
あ、質問疑問引き続き随時受け付けていますので、いつでもどうぞーですよー。
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