第10話 とある伝説の現代模様 2
狭いとも広いとも言い切れない、中途半端な広さの書庫。所狭しと並んだ書架には古今東西の様々な書物が収められており、部屋の主の雑食ぶりをうかがわせる。
ただよくよく目を凝らしてみれば、埃の被り具合などから見て、主が偏食であることを見抜けるだろう。明らかに長期間触れられていないであろう書物群があちこちに散見される一方で、つい最近に触れられたことをうかがわせる書物群もある。それが部屋の主の専門分野なのだろう。
そんなやや雑然とした書庫のほぼ中央。そこだけ申し訳程度に設けられた小さなデスクに、一人の少女が腰掛けていた。白エルフ特有の白雪のような肌と、黄金と見まごうばかりの金髪は、今の時代でも美少女として認識されるだろう。
少女はそこで、ぐてんと天井を仰ぎながらゲームに勤しんでいた。右手首に着けたライフデバイスから構築された仮想ディスプレイが、ぐるぐると回転する光の集まりを何度も映している。
次いで、今回はねじれた角を持つ悪魔のような人影が描かれた金色のカードが現れ……すぐさま別のイラストに切り替わる。
「星5バーサーカー、ナナシ……」
そうして出てきた美少女のイラストと、名乗りボイスをみとめた少女はうんざりとばかりに顔をしかめた。
「いらないとは言わないですけど……違うです、そうじゃないです……」
はあ、とため息が漏れる。
無理もない。ただでさえ当たりが出る確率はわずかに3%。それを引き当てたとしても、そこからたった一つの目当てを手に入れられる確率が果たしてどれほどのものかという話である。
「……これ、確率ちゃんとしてるですか? かくなる上は可能性の操作を……」
そうして、少女がやけにシリアスな表情を浮かべたときだ。
「世界の常識をぶっ飛ばす大魔術を、たかがゲームのガチャなんかに使うんじゃありません」
書庫の扉が開いて、少年が現れた。部屋の主。エルフ的にはそこまで古くはない歴史を持つ学者一族、期待の次期当主である。
彼の顔を見た途端少女は顔を綻ばせると、勢いよく飛び出してその胸に飛び込んだ。
「お父! 今日の講義は終わったですか?」
「まあな。……それよりお前、まだガチャ回してたのか。昨日国民登録が終わってからずっとじゃないか」
少年は少女を抱きとめつつも、呆れを隠すことなく少女の仮想ディスプレイに目をやった。
少女の国民登録を苦労の果てに完了し、正規国民用ライフデバイスの支給までこぎつけたのが、昨日の昼過ぎ。それからというもの、少女は延々とガチャを回し続けているのだ。少年の呆れも無理からぬというものである。
「お父を使いたいのに、何回やっても出てこないのが悪いです。ガチャは悪い文明です……!」
「それは俺も認めるけどな……」
ただし少年自身、身に覚えがあるのか強くは言えないらしい。頭に手をやるだけだ。
ただ、その「覚え」が今世ではないのが彼の特殊なところなのだが。
「でお前、これ……何回回したんだ?」
「1万連です」
「よし、お前バカだな!? バカなんだな!?」
「だって出ないですもん……」
「だからってお前……! これあれだろ? 国が国民登録した人間に最初に支給する分のRP、完全に使い切ってるだろ!?」
「大丈夫です、足りない分は自前で出したですから!」
「お前どれだけマナ出せるんだよ!?」
ドヤ顔でピースサインを見せた少女に、少年は頭を抱えて天井を仰いだ。
およそ500年前、天上世界を貨幣経済から脱却せしめた現代型レプリケーター。材料さえあればどんな希少物資だろうが作れるこの装置によってある種の理想郷と化した天上世界ではあるが、それでも無から有は作れない。その材料の大部分はマギア因子が生み出す魔術の根幹、ゼロ元素とも言われるマナリウムだ。
マナリウムはエルフであれば誰でも生み出せるが、その量は個体差が激しい。フィエンやドワーフに至っては、一部の例外を除いて生み出せない。
そのため天上世界は、レプリケーターの使用に必要な権利を全国民に一定量配給するという、ある種の共産主義を採っている。これが天上世界のベーシックインカムだ。人々はレプリケーター使用権……RPを使って、様々なものを作って暮らす。
一方RPが配給分だけでは足りない場合は、何らかの手段で社会に貢献する必要がある。手段はなんでもいい。肉体労働でも頭脳労働でも、エンターテイメントでもいい。その成果に応じて、余剰が支給されるのだ。
エルフにとってその最も手っ取り早い手段が、己の持つマギア因子からマナリウムを提供することなのだが……。
「……確かに一個人の寄付を俺が止める権利はないがよ……。だからってお前、それを全部ガチャにつぎ込むって……さすがにどうなんだよ……」
ということである。
マナリウムは無尽蔵ではない。その大元となるマギア因子を働かせれば疲れるし、過剰にやれば命に関わる。だからこそ、たいていの人はギャンブルとも言えるものにそれをつぎ込むことはないのだが……少女はためらうことなくそれをやった。それをできるだけのポテンシャルがあるということでもあろうが、だとしてもと少年は思わざるを得なかった。
ただ、そのまま一周回って冷静になったのか、少年は頭をかきむしりながらも声のトーンを落とす。
「……で? 偉大なる伝説の魔女様は、まだガチャるんですかい?」
「お父が出るまでやるですよ?」
「……さいで」
躊躇のかけらもない返答に、少年は再びため息をついた。
「でももうさすがに飽きてきたし、大人しく確率を操作するですよ」
「だから、そんなとんでもない魔術をガチャに使うんじゃありません」
「いやいや、事象としての可能性を操作するなんて禁術、さすがにやらないです。やるならゲームシステムに干渉して、システム上の確率を変えるです。その方が簡単ですし」
――やれない、ではなくやらない、なのか。
少年はその言葉を、かろうじて飲み込んだ。
それを言ってしまえば、今の世界の常識が完全に木っ端みじんにされてしまうような気がして。
だから彼は、代わりに順当な会話を投げ返す。
「……お前にマギアデバイスのことを教えたの、失敗だった気がするよ」
「これのおかげで観測も解析も、すごく楽にできるですよ。これに繋がったんだから、アマテラスを作った甲斐があったです」
「伝説の神器がガチャを回すために作られたのかと思うと、こう……なんていうか無性に死にたくなってくるな……」
そして、やはりため息。
直接的ではないにしても、マギアデバイスの元祖であるアマテラスが今まさに、この時代にガチャを回すために存在していたと言われたようなものだ。少年でなくとも死にたくなるだろう。
そして彼は、直前まで己がしていた講義の内容を思い返して、目眩に見舞われた。
「真剣に講義を聞いていた生徒たちに申し訳なさすぎる……」
最近、エルフでは普通ありえないはずの症状に見舞われる機会が多い気がする。それというのも、娘の愛が重いものだから――。
少年は、そう思って……もはや何度目かわからないため息をついた。
その視線の先では、先日手に入れた魔導書型マギアデバイスを構え、仮想ディスプレイからゲームシステムにクラッキングを仕掛ける伝説の姿。これが、現実である。
「よーし、これでお父をゲットです!」
「……ゲーム的には俺より兄貴のほうが圧倒的に強いのに。いや現実でも俺より兄貴のほうが圧倒的だったけど。そのゲームの兄貴はマジで強いぞ。星5がほとんどいないうちのパーティですら、雷神様にかかれば敵もゲームバランスも粉砕してくれる」
「強さは関係ないです……やったー来たぁー!」
「……言うと思ったけどな……」
仮想ディスプレイに、光のエフェクトと共に杖を掲げる人物が描かれた金色のカードが浮かび上がる。少年は、ある種の悟りの境地でそれを見守っていた。
が……。
「は?」
現れたキャラクターのイラストを見て、少女がドスの利いた声を上げた。
「……ねえお父? この猫背でいかにも根暗な感じの、サピエンスめいた胸の女は誰ですか?」
「誰ってそりゃあ……セリフで言ってるだろ。前世の俺だよ。そのゲームの中の歴史では、なぜか俺の前世は女ってことになっていてな。じゃあどうやって子供作ったんだて話だが……そこらへんは気にするな。なんつっても日本製のゲームだからな、それ。日本人のお家芸ってやつだ」
少年にとっては、別に驚くことではない。過去の偉人を軒並み女体化する国から来た身だし、今の地球でも日本はそういう傾向がある国だから。
しかし少女にとってはそうではなかったようで。
「……このゲーム会社、チリにするです……」
「え」
「このゲーム会社ッ! チリにしてやるですッ!」
「はあ!? ちょっ、まっ、おい!?」
「お父はもっと大きくて自信家でなんでもできて世界一カッコいい男なんですーーっっ!!」
「お前の中の俺はどうなってるん……ぬわーーっっ!?」
――その日。時空大学の一角、ホシノ・ウィロー教授の部屋が、隣接する彼の個人書庫もろとも消し飛んだ。ついでにその余波で、教授は空の空を飛んだ。
もちろん、そのニュースは光の速さで世界を駆け巡ったという……。
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