第6話 とある伝説の現代模様 1
整然とした街並みが広がるヒノカミ皇国の首都
理由は単純で、この街が行政に縁も興味のない、学者集団の寄り合い所帯から始まったからだ。彼らには政治的な能力がなく、結果的に時ヶ峰は無計画かつ無秩序に増設が繰り返されてきたのである。それは横だけではなく縦にも繰り返され、結果として極めて不恰好な、鵺のごとき街が誕生した。
現代ではそれが一つの文化として評価されている辺り、世の中わからないものだが……時ヶ峰という街が世界で最も住みづらい街であることは、誰もが認めるところである。
迷宮。それが今の時ヶ峰を端的に表した言葉だ。
だがそんな迷宮も、上空を飛んでしまえば無視できる。ゆえに時ヶ峰においては、個人用の小型
そんな街であっても、人々の営みは変わらず存在する。ただ利便性の兼ね合いで、すべての商店が空中に浮かんでいる様は独特で、これも時ヶ峰の名物とも言えるだろう。
そんな空中商店街の一角。マギアデバイスを扱うショップの店先で、一人のエルフの少女が居並ぶデバイスを吟味していた。
「ふむふむ……随分と進歩したですね。技術革命が起きたのは本当だったわけですか……」
独り言は神語だ。彼女は寸分の揺らぎもなく空中に止まりながら、手近なデバイスを手に取ってみた。
そうしてあらゆる方向から一通り眺めて、それから掲示に記されたスペックを確認して、改めてひとりごちる。
「はー、この大きさでこれだけの性能があるですか……いい時代になったですねぇ……」
「いらっしゃいませ、お嬢さん。何かよさそうなのは見つかりましたか?」
一人で感心していた彼女の元に、フィエンの男性店員がやってきた。こちらも神語である。天上界の人間にとって、神語の習得は種族を問わず教養人として最低限の嗜みだ。
「よさそう、と言うか……デバイスを見るのが久しぶりすぎて、すごく迷ってるですよ。昔はこんなハイスペックなデバイスがよりどりみどりなんて、ありえなかったです」
「ははは、それはまたいつの話ですか。そこに並べてあるのはどれも型落ちの安売りですよ?」
「んー……いつの話だったですか……。あれは今から36万……いや、1万5000年前だったですかね? ソ……わたしにとってはつい昨日の出来事なんですけど」
「はっはっは、面白いお嬢さんだ! 1万5000年前なんて言ったら、デバイスが発明された頃の話じゃないですか!」
「それくらいになるですか。ほとんど世界に関与してこなかったですから、技術の進歩についていけなくてですねぇ」
「はははははっ、まさか! そんな時代から生きてるみたいな! 本当に面白いですね!」
「まあ、普通はそう思うですよね。別にそれでいいですけど」
爆笑する店員に、少女は肩をすくめる。同年代の人間よりも明らかに小さいであろう身体が、さらに小さく見えた。
しかし彼女は特に気にした風もなく、店員に問いかける。
「……それで、何かオススメはないですか? デバイスのことは本当によくわからなくて」
「一人で飛べるほどの大魔術師様が、デバイスをよく知らないなんてまたまたご冗談を……いや、それは当店が試されているということですかね」
「んんん、まあ、うん、それでいいです。それで……」
「はいはい、オススメですね。んー、その前に、お客さんは星いくつの魔術師様なんです? デバイスなしで飛行できるということは、最低でも三ツ星なんでしょうが」
改めて尋ねられた店員からの問いに、しかし少女はくてんと首を傾げた。
そのまま二人の間に、しばらく沈黙が広がる。
「……星? なんです、それ?」
「ええ!? 嘘でしょう、それだけの腕がありながら魔術師の階級をご存知ない!?」
「いや本当に、まだ世界の流れを把握しきれてなくてですね。今は魔術師に階級なんて制度があるですか?」
「冗談ですよね!?」
「大マジですよ?」
「お、おおう……」
少女の屈託のない物言いに、店員は絶句する。それだけ彼の常識ではありえない回答だった。
魔術師の階級制度は、天上世界の秩序が回復して新暦が始まってからおよそ1600年に渡って続く国際制度だ。天上世界はもちろん、地上世界でもほとんどの地域で導入されている。
それを知らない人間とは、果たして一体どこの未開の地からやってきたのかという話である。
しかし店員もプロだ。なんとか気を取り直すと、咳払いとともに少女に向き直る。
「さ、参考までに聞くんですが……魔術はどこまでお使いに……?」
「どこまで? んーと、この時代の感覚だと……」
そして店員の問いに、少女は手首につけられた新品のライフデバイスを操作する。そうして何やら表示された文章をしばし眺め……。
「えーと、そですね。錬成魔術で言うと、オリハルコンまでは……」
「ファッ!?」
「……というのは冗談で、ええと、ひ、飛行石くらい、ですかねー?」
「あはっ、あはははは、ですよねー! オリハルコンをデバイスなしで錬成とか、そんなの絶対不可能ですもんねー!?」
「あはははは、そ、そうそう。ちょっと見栄張っちゃったですよー?」
「ですよねー、ですよねー!」
二人の間にそうやって、しばらくの間乾いた笑いが起こる。
店員は引きつった顔をしていたが、彼は知らない。少女が内心で、「まだオリハルコンの錬成魔術は完成されてないですか?」と首を傾げていることに。もしそれを知ることがあったら、今度こそ店員は悲鳴をあげただろう。
「あー、えーっと、それじゃあそうですねー。飛行石の錬成ができるくらいの方となると、これくらいが順当なところですかねー」
なんとか気を取り直した店員が差し出したのは、彼自身が安売りと称したものの一つではなかった。別の棚から差し出されたそれは、剣の形を取ったマギアデバイスである。
「ヴシルナイトの皆さんに人気のシリーズ、ライトセイバー最新型……の、民生品です。魔術の効率的な運用と、白兵武器としての性能を兼ね備えた万能タイプですよ。ああ、さすがにヴシル騎士団で使われているやつに比べると、いくつかオミットされた機能もあるんですが」
「うーん、剣ですか……そっちのほうは苦手です。純粋に魔術に特化したやつはないですか?」
「ふむ……出力と演算能力、どちらを重視しますかね?」
「演算能力のがほしいです」
「ならこちらがオススメです。演算能力に特化した、マックブックのプロシリーズ。古式ゆかしい魔導書風の高いデザイン性もなかなかに人気でして。その分操作性はこれより優れたものもいくつかありますが、まあお客さんはなんとなく大丈夫そうですし」
「おお。魔導書はとっくに廃れたと思ってたですが」
差し出された、本の形をしたマギアデバイスを受け取り少女は目を丸くする。
マギアデバイスが一般へ普及するに伴って、魔導書は存在意義を失い消えていった。魔術の補助を、より高度かつ迅速にこなせるものが現れたのだから当然だ。
しかし……。
「そりゃあ、魔導書はレトロフリークを中心に人気ですから。古代のロマンってやつですよ」
ということらしい。何事にも、好きなものはいるということか。
少女もまた、納得するものがあったようだ。ふんふんと小刻みに頷いている。
「……試しに使ってみることって、できるですか?」
「ええ、もちろん。第一位階の魔術までなら、なんでもどうぞ」
「だいいちいかい……ええと……」
少女は一瞬首をかしげたが、言葉の意味を手首のライフデバイスで確認して大きく頷いた。
それからマックブックプロと呼ばれたデバイスを手に取る。
と、次の瞬間だ。少女のすぐ傍の空間が裂けた。
「……なるほど、このくらいの魔術をこの速度で処理できるですか。本当に技術は進んだですねぇ」
彼女はそこに手を突っ込み、中から古式ゆかしい魔導書を取り出して、戻した。そして、得心した様子でしきりに頷いている。
が、店員のほうは穏やかではない。第一位階までならと言ったのに、位階認定がされていない超魔術が使われたのだから当然ではあるが。
確かに、第一位階「まで」ではある。認定されていない魔術だから、そもそも枠外だ。しかし、世の中にこれほど特異な魔術を使える人間がどれほどいることか。魔術師どころかエルフですらない彼にはまるで理解が及ばなかった。
「うん。よっぽど性能に差がないなら、見た目で決めるのもありですね。今のデバイス事情もまだよくわからないですし、まずはこれにするですよ」
「…………」
「えーっと? あのー店員さん、これくださいな」
「え。え、あ、あーっと、はいっ、お買い上げですね!? ありがとうございますです!」
そこでようやく我に返った店員は大慌てで90度の礼をすると、やはり大慌てでタブレット端末を引っ張り出してきた。
「ではあのっ、こちらに承認を……」
「はいです」
そのまま店員に促されて、少女は端末に自身のライフデバイスをかざした。すぐにピッとスキャン完了の音が響き、双方の内部に設定された術式に従って製品がその場に作成され始める。
「おー。レプリケーターを見るのはもう慣れたですけど、今の時代はこんな小さな機械でマギアデバイスまで作れるですか」
「ほ、本当に1万年以上昔の人みたいなことをおっしゃられますなー……」
「うん、それはさっき否定はしなかったですよ?」
「は、はあ……」
口をぽっと開いて唖然とする店員に、少女はくすりと微笑む。若いとしか思えない身体ながら、その仕草には歳を重ねたからこその妖艶さがにじみ出ていた。
そんな仕草に、店員は頭の中が真っ白になる。
だがほどなくして、マギアデバイスの作成が終了した。少女はそれを受け取ると、いまだぼんやりしている店員の前で、さくさくと初期設定を進めて行く。
「専門家じゃなくても初期設定ができるようになってるのも、進歩したですねぇ。昔のは、複数人でやってたものですけど……」
と、そこに鐘の音が響いてきた。緩やかだが、かすかに魔術の色を帯びた旋律だ。
時ヶ峰の中枢にある、時空大学のチャイムである。どうやら、授業に区切りがついたらしい。
「……ちょうどお父のほうも講義が終わったですかね。それじゃあ帰るがてら、早速限界を試してみるですか」
鐘の音が続く中、そして店員がなおも少女に見惚れる中、彼女は今しがた設定を終えたデバイスを構える。
すると、デバイスがかすかに光を放ち始めた。魔術を構築を補助している証だ。そのまましばらく、魔術が励起する音と光が周囲に広がっていく。人目が集まり始めた。
「うん……大体5分くらい、ですか。すごいですね、補助なしだと発動までに軽く2時間はかかるのに。民生用でこれだけ短縮できるなら、軍用のやつとか皇室用のやつとかは、さぞすごいんでしょうねぇ」
そして魔術が完成したとき。少女はそうつぶやくと、満足げに笑った。
それから目の前の店員にも、笑いかける。
「あ、店員さん。丁寧にありがとうでした。大事に使うですよ」
「え? あ、は、はい……いえ、こちらこそありがとうございます……」
「それではこれで失礼するです。いざ!」
「ッ!?」
そして次の瞬間。
少女の姿は、青い光とともにその場から消え失せた。
「……瞬間……転移……? そんな、まさか。時空魔術はまだ研究段階って話じゃ……」
取り残された店員……と、周囲にいた野次馬たちは、その突然の奇跡にただ呆然とすることしかできなかった。
その日の夜のうちに、様々な推測を含んだ真偽不明の情報が全空を駆け巡ったのは、言うまでもない。
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