第2話 とある大学教授のエルフ史概論 1

 うわっ、予想以上に受講者が多いですね?


 いや、はい。理由はわかっていますよ。

 私のせいですよね。うっかり大発見をしてしまった私が悪い。


 それでもこれはちょっと……。大学側から会場を講義室から大ホールに移すと聞かされていましたが、まさか立ち見まで出るなんて……正直予想外です。だって去年まではこの講義、どちらかと言えば不人気だったのに……。

 ……まあ、そう愚痴っても仕方ないか。んじゃ、講義を始めましょうか。


 と……言っても、今回は一回目目です。内容は講義というより、私の講義の説明がメインになる予定です。

 まだ履修期間中ですからね。さらっと内容を聞いてみて、肌に合わないと感じた方は遠慮なく辞退して頂いて構いません。

 むしろして? だってこんなに大勢相手に講義するとか、私の胃が持ちそうにないし……!


 ……エルフなんだから持つに決まってる?

 わかってますよ! 言葉の綾ですってば!


 ……では、えーと、そうですね。まずは自己紹介しましょうか。私、つい最近まではさほど注目されていない存在でしたし。


 えー、フルネームはホシノ・ウィロー。神語で書くと星野ということで、ラテン語に直訳したらステラアグリでしょうか。

 出身は大エルフ学芸国、時ヶ峰です。かつては名を馳せながらも没落した学者一族の長男に生まれましてね。子供の頃から期待とともに色んなことをあれこれと叩き込まれましたが……どうも歴史が性に合っていたみたいで、その分野で今の職に就くに至ります。

 当年28歳。見た目は8歳くらいですが、まあ、マギア因子が相当に頑張ってるんでしょうね。おかげで長生きできそうです。


 ……なんて色々並べ立てましたが、世間的にはアダマンチウム還元技術の確立と、アレイスター・クロウリー現象の発見をなしたホシノ・アレイとクロウ・リリィの子孫、と名乗った方が通りがいいかもしれませんね。私は彼らの来孫らいそんです。ひ孫の孫ですね。

 ただまあ、一応一族悲願の教授にまではなんとかなれましたが、ご先祖様のような活躍は無理そうです。物理や科学はもう……本当にめっきりでね。どこからも注目を浴びることもなく、のんびりと大学の隅で歴史を勉強して……いたかったんですが。

 なんの因果かとんでもない世紀の大発見をしてしまい、図らずもご先祖様の足元くらいには来てしまいまして。おかげさまで今、わりとあっぷあっぷしております。今後さらに悲鳴をあげまくることになるだろうと予想もされますので、色々と大目に見ていただきたく、アンド静かに見守ってもらいたいなと。そんな風に思っています。


 ……こんなものかな、私については。あんまりプライベートを暴露するのもアレなので、ここらで勘弁してください。

 というわけで……私のことはもう置いときまして。そろそろ本題に入りましょう。いやまあ、今日は講義しませんけど。


 よいしょっと……よし。はい、手元の端末に今日の分のレジュメを表示しました。再配布はしませんので、保存したい方は忘れずに。

 全員行き渡りましたか? 準備は?

 はい、では始めます。


 えー、まずこの講義ですが、タイトルの通り、我々エルフの歴史を取り扱うものです。範囲は現代までのすべて……を、予定していますが……。

 何せエルフの歴史は約7万年。そんな膨大な量の歴史を、たかだか一回九十分の講義十五回……ああいや、初回が説明で、最終回が期末考査で講義できないから、十三回か。

 それだけで説明しきれるわけないんで、全史を網羅するなんてことはしません。

 時代ごとに重要な出来事などはやりますが、それ以外は大体スルーします。無理なんで。


 あと、現代近辺は普通に間に合わない可能性が大なんで、その点についてはご了承ください。ダメだったときは、現代史や近代史の先生に質問してみてください……その辺りは私専門外なので。

 あるいはもし講義中、各時代のことをより知りたい! と歴史のロマンを感じた方もですね、それぞれ気になったところを専門にされている先生方の講義を取ってもらえればなと思います。


 とまあそんなわけで、この講義は大雑把に……そりゃもうだいぶ端折りに端折っての概論となります。

 なのでぶっちゃけ、この講義は地上人向けです。天上人向けに構築された講義じゃないんだと、そこんところ理解しておいてくださいね。


 そもそも天上人なら、それまでの人生でこの概論程度のことはみんな習っていますしね。覚えているかはまあ、さておき。

 そんなわけなので、一応全校生徒に向けて開かれてはいますけど、既にある程度知っている人にとっては、あまり学ぶ意義はないかも。これはそんな講義です。


 ……だからこそ、こんなに人が集まるなんて前代未聞なんですけど。まあそれはいいや。最初に言ったけど、大体私のせいだし。


 話戻しますね。


 それで……えーっと、講義の順番ですが、歴史を下っていく形を採ります。古い時代から順番に、ってことですね。さっき、現代近辺は間に合わないかも……って言ったのは、それが理由です。


 で、す、が……ここで残念なお知らせを。


 神話時代については、やりません。


 ……ですよねー。ブーイング、来ると思ってましたよ。

 そりゃ気持ちはわかりますよ。つい最近神話時代の発見をして、歴史を書き換えた人間の講義でそこをやらないとかありえないだろって、普通思いますよね。


 いやでも、これ、しょうがないんですって。

 だって、見つけてまだ一ヶ月経ってないんですよ?

 整理どころか、史料の目録だってまだ完成してないんですよ。教えるにしたって、一部情報が錯そうしてますし。


 っていうか、正直言って私も講義とかしてる場合じゃないんですよ。まだ発掘続いてますし。


 え? あ、はい。

 そうですね、じゃあ別の人が講義しろよって話ですよね。


 うん。無理。それ無理。

 だって授業計画、半年前にもう決まってたんで。

 今さら私一人だけ変えるなんて、できなかったんですよ。


 ……なんで、私はこの講義が終わったら、その一時間後にはもう地上行きの飛法船ひほうせんに乗ってる予定です。三時間後には百パー発掘作業をしてるでしょう。

 はい、完全に強行軍ですね。スケジュール組んだやつはまったくどうかしている。わけがわからないよ。


 ……おっと、つい本音が。


 まあそれはいいんです。ともあれそんな理由で、神話時代はやりません。

 従来言われていた通説が激しく揺らいでいるうえ、その変わるかどうかを私個人で判定するわけにもいかないんで、迂闊なことできないんですよ。仮に神話時代をやるとしても、古代前期のさわりに直前の時代のこととして少しだけ触れる程度ですかね。


 ということで、講義は古代からスタートです。

 そこから始まって、一応一回ごとに各時代区分を一回、と予定しています。

 これについては、たとえば古代や暗黒時代のように、歴史区分がさらに複数に分けられている時代はその細かい区分までやります。


 なんで、次回は古代前期の予定です。予定なんですが……。


 いやー、順当にできるかなー。正直自信ないなー。

 魔王と勇者の時代とも言われる暗黒前期とか、ぶっちゃけそれだけで一日中話しかねない。だって専門だし。


 黎明も危うい。この時代、好きなんですよね。

 っていうか、フィエンの一つの頂点でもあったローマ帝国の歴史だけでも、一つの学問として独立している分野ですからねぇ。ここをさらっと概要だけで流すとか……ねぇ?


 ちなみに、私がこの講義を担当するようになって今年で三年目ですが、私は一度足りとて現代まで辿り着けてません。最高記録は近世です。今年はどこまで行けるかな。


 まあそれはいいんだ。いいんです。細けぇこたぁいいんだよ。

 そんな感じでやっていく予定の当講義ですが、フィエンやドワーフに関係した歴史はほとんど扱わない予定です。何せエルフ史概論なので。


 まあ黎明時代以前は、全種族が共存してたからある程度は出てきますし、それ以降も積極的に交流……あー、良しにつけ悪しにつけですが、ともあれ交流があった地域は出さざるを得ないんですけど。さっきも言ったローマ帝国とか。

 でもそれ以外の地域……たとえばインドやオセアニア、それに新大陸全域みたいな、エルフがほとんど関わっていない地域は基本スルーします。何せエルフ史概論なので。この点についてはご了承ください。


 その辺りも含めて全部知りたいという方は、毎年春休み恒例の特別講義『地球全史』をおすすめしておきます。

 地球開闢から今に至るまでのほぼあらゆる分野を網羅して、我が時空大学が誇る学者たちがそれぞれの専門分野を順繰りに講義するっていう夢のオールスター大集合な超濃密講義なんで。

 いやまあ、春休み全部潰れるんで、普通の人にはおすすめしかねるんですけどね。だるいので私も出ません。


 フィエンみたいなこと言うなって? いや、単にエルフがクソまじめすぎるだけだと思いますけど。


 まあそんなことは置いといて……えーと、この他注意点で、す、がー……っと……。


 あ、そうそう。さっきも言った通り、私、今超多忙でして、講義後に質疑応答に応じられる時間がないんですよ。

 なんで、大学のホームページにこの講義用のメールボックスを作っておいたんで、何か質問とかがあったらそちらまでお願いします。質問ごとにまとめて付属資料にしますんで。


 ……はい、全部に返信する余裕はないんです。本当申し訳ない。でも、質問の多かったものに関しては、史料としてだけでなくって、講義で触れようかと思ってます。

 あ、感想でもいいですよ。意見でもいいです。遠慮なくどうぞ。


 まあでも、爆発しろとかそういうのは勘弁な。俺……じゃない、私はいいですが、お相手が……ね……何と言っても皇女殿下なので……。

 そこはマジでわきまえておいてください。何があっても知らないですよ。マジで。日本皇国のフィエンの皇室崇拝は一部にかなり過激な人がいますからね。


 ……えーっと、とりあえずはこんなところかな?

 よし。それじゃ、今日はここで終わります。


 え、まだ時間あるって?


 私はないんだ! 出来るだけ早く空港に行かないとなんだ!

 君たちも、履修期間の最初のコマくらい気楽にしてればいいんだよ! 早く終わってラッキーくらいに思っていいんだよ!?


 思ってるだろ、フィエンの諸君!?

 ……ほらな!


 大体、エルフはどいつもこいつもまじめすぎるんだ! フィエンを見習え! 彼らは楽することに全力だぞ!


 ……エルフらしくないって?

 知ってる! あいにくと昔からだよ!


(そう……昔から、な)


 え? いやいや、何も言ってない。言ってないよーはっはっは!

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