追伸部 未来への遺産

第1話 とある大学教授の記者会見

全空通信協会 ニュースブログ

新暦1582年 3月31日


今月一日から日本皇国第九皇女、弥々佳ミミカ姫の肝いりで進められていた真聖地発掘調査隊が、このほど大発見をしました。

そして調査隊を指揮し、大発見を成し遂げたホシノ・ウィロー教授(時空大学歴史学部教授)がこのほど緊急記者会見を行いました。

この会見の様子をお伝えします。


・発表会見

(ホシノ・ウィロー教授)

えー、皆さん、まずは謝辞を。このたびは突然の会見にもかかわらず、これほどの方にお集まりいただけるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます。

で、えーっと、元々教授って言っても、わりと閑職的な立場だったもので。あまりこういうことには慣れていないんですが、ともあれ仰々しいことは苦手なので、早速本題に入ります。


ま、ず……皆さんご存知とは思いますが、我々調査団は去る三月一日、カスピ海南西にある丘陵地帯に入り、発掘調査を始めました。

目的は調査隊に「真聖地発掘」とついている通り、真なる聖地を発見することです。


(教授、端末を操作。ホログラム映像が表示される。その中の一部に、赤い丸がついた)


位置としましては、ここですね。はい。

この辺りの……およそ一キロ四方が今回の調査対象区域です。


で……まあ、なんですね。単刀直入に言ってしまうと……出るわ出るわ、大量の史料が。

ここが本当の聖地だったかどうかはさておき、ここに一つの集落があったことは間違いないですね。


中でも今回、特に注目したい……注目していただきたいものがこちらです。


(教授、端末を操作。映像が粘土板のものに切り替わる)


ええと。これが何かは大体おわかりかと思いますが、一応言いますと、焼成粘土版ですね。

大雑把な言い方をしてしまうと、保存性を高めるために粘土板を焼いたもの、とでも言いますか。まあ、記録用の道具です。


ここに書かれているのがですね、なんと出納帳なんですよ。

いやまあ、中を読み込む限り金銭の出納帳ではありませんけどね。だからこそわかりやすいとも言えると言いますかね。


えーっと、そんなわけで、重要なのはここです。


(映像が拡大される)


ご覧の通り、今とほぼ同じ形態の神語で書かれているので、大体の方も解読可能かと思いますが……一応読み上げますとね。


「神託十六年、十月十五日。ケデロシオより、塩三壺届く。ルィルバンプはチョコレートの実一壺(小)を出す」


……と、こんな感じです。

他にも魚の塩漬けとか、試作味噌とかが後に続いていますが、重要なのはこの記録がなされた場所が始まりの聖地ルィルバンプである、ということです。

そしてルィルバンプはこの当時、既に第二の聖地ケデロシオから塩の供給を受ける側だったことがわかります。


神託という元号はエルフ最初の元号として有名ですが、今までの研究では、118年までしか遡れていません。遡るっていうか、最終年なんですけど。

それを百年以上遡る記録です。これだけでも大発見ですが……ともあれ、次のものを。


同じ場所から出土した、これも粘土板なんですが……こちら。


(映像が切り替わる)


こちらは日記です。内容は……。


「神託十四年、十月七日。ケデロシオから、塩田のしじょうか? が壊れたと報せが来たので、ギーロが村を発つ。子を産んだばかりのわしを放っておけないとごねていたが、ギーロにしかできない仕事だから仕方ない。わしもつらかったけど、これは仕方ない。できるだけ笑顔で見送った」


ということで。


えー、皆さん察していただいたようですが、この日記から、ケデロシオは既に神話の最初期から塩田を持ち、製塩業を行っていたことが明らかになります。

塩を得る手段はいくつかありますが、枝条架を持つ塩田といえば流下式塩田です。そしてこの塩田は基本、塩水が得られる場所でしか作れません。


つまりこの日記からは、製塩業の始まりだけでなく、ケデロシオが塩水の近く……地域的に言えばカスピ海の沿岸に建設された村であったことも読み取れるわけです。

ケデロシオ自体も、名前は知られていても現代では場所が判明していない土地ですが……そんなわけなので、内陸に位置するこの発掘現場から出てきた集落は、ケデロシオではないと。そんな結論に至るわけです。


そしてここからが本題です。今回、一部報道では既に情報が出回っているようですが、私はこの発掘地点こそが本当のルィルバンプではないかと思っています。

その根拠がこちら……さっきのとはまた別の日記ですね。


(映像が切り替わる)


こちらはもう少し時代が下ります。


「神託二十五年、五月十八日。ケデロシオの指導者たちも交えて、三つ目の村を作るべきか否について議論を交わす」


……つまり、先の記録が残された神託十六年の段階では、まだエルフたちは村を二つ持つだけの存在だったことがこれでわかります。

その二つのうち、少なくともケデロシオではないと想定できるのが今回の発掘地点です。

だからこそ、私は今回の場所をルィルバンプであると考えている、という次第でして。


いやまあ、より正確に言うのであれば、この場所が本当にルィルバンプだとはまだ確定できないんですけどね。学会もえらいことになってますし。

それはしょうがないです。今ルィルバンプと呼ばれている場所には、代々の皇室の離宮もありますし、何より千年以上もの間、始まりの聖地として認識されてきた場所ですから。そりゃあすぐに答えを出すわけにもいかないでしょう。


……それに、そもそも私の専門分野は本来、古典時代末期から暗黒時代前期であって、神話時代ではありません。なので、今回のことをきっかけに、神話時代を専門とする学者の方々の協力を仰ぎたいのです。

もちろん世間でも、もうちょっとこの時代に対する関心が増えれば、議論が深まればいいなとも思います。


そんな思惑もあって、今回ちょっとずるいかもしれませんが、緊急記者会見を開かせていただきました。

一応、どう転んでも今回の発見で、今までわかっていなかった時代のことが明らかになっていることは、ま、代わりないのですしね。


……と、そんな感じで、私からは以上、です。


(質疑応答)

Q.率直な今のお気持ちは?

A.見つけた直後は素直に嬉しい、やったぞって思ったんですけどね。

今はこれから忙しくなる、自分の専門の研究時間が減るなって、ちょっと悩んでます(一同笑い)


Q.もし今回発見された場所が本当にルィルバンプだったとしたら、現在ルィルバンプとされている土地は何だと思われますか?

A.恐らくケデロシオの一部ではないかと。

当時のカスピ海は今のカスピ海より少し狭かったとされているので、塩田などのケデロシオ特有の施設は水没してるのではないかなと……そこらへんがその、誤認された理由なんじゃないかと。私の見解はそんな感じです。


Q.好きなものを教えてください。

A.は? それ、この会見の主旨と何か関係あります?

司会:質問は会見に関係のある事柄だけにしてください。


Q.途中、ギーロという名前が出てきましたが、もしかして預言者ギーロですか?

A.あ、はい。仰る通り、預言者ギーロだと思われます。

彼の死亡時期は神託118年とほぼ特定されていますので、少なくとも神託年間初期の時代の「ギーロ」であれば彼なんじゃないでしょうか。

彼にしかできない、という記述もありますしね。ここらは「無数の技術を預かった」っていう神話との符号もみられるんじゃないかなー、と。


Q.では他に、神話に名を遺す人物の記録はありましたか?

A.あー……っと……、実を言うと、それっぽいのはあります。

ありますが、調査については手をつけていない状態です。

というのも、何はなくともまずルィルバンプの発掘が目的だったので、それ以外……あるいは以外と思われるものの記録はまだ保留してあるんですよね。

……手をつけられていない、と言ったほうが正しいんですけども。今後こういうのの出土も増えていくでしょうから、そう言う意味でも人手が足りないわけでして……。


Q.殿下とのご成婚はいつになりますか?

A.(盛大にむせる)

いやあの、そういう話は……まずいっていうか、俺……いや、私はそういうことを話せる立場にないので……。

司会:質問は会見に関係のある事柄だけにしてください。三度目はありません。次に無関係な質問をした場合、即座に退場していただきます。


Q.発端となった弥々佳妃殿下は、今回の発見について何か仰っておられますか?

A.姫はなんていうか、こう、大体は「ほーら、出たでしょ!」って感じでしたね。

それでも出土した数々のものは、だいぶ感慨深げに眺めておられましたよ。彼女なりに、完全に信じ切れていたわけではないんじゃないでしょうか。


Q.これ以外にも何かとんでもない発見をしたとの噂があるようですが?

A.え、あ、あー……は、はい……です、ね……うん、はい、そうです。

ただ正直なところ、とんでもなくない発見がほとんどないのが現状でして……。

出てくるものがほぼ例外なくとんでもないんですよ。そのたびに発掘作業が止まるので、ちょっとスケジュールが厳しいんですよね……。


Q.人手不足と先ほども仰っていましたが、そんなに人手不足ですか?

A.はい、はっきり言ってまったく足りていませんね。

というのも、発掘隊は現状、私と姫の個人資産からねん出した費用で賄っているからです。

公的、私的共に支援が一切ない状態から始まっているので、当然雇える人数も限られておりまして……。

もちろん知識がある人間もかなり少ないので、本当に色々と人手が足りていません。


Q.財源や人手が足りないということは早くからわかっていたのでは? にもかかわらず、専門分野ではない時代、地域の発掘を請け負われたのはなぜですか?

A.そ、それはー……あー……その、……まあ、何と言いますか……。

……ええと。姫を信じていたから、では……いけませんかねぇ……?

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