第95話 そして伝説へ……(第三部エピローグ)
神託118年 八月九日
メメのお母が死んだ。
先に死んでいった人たちと一緒だった。どれだけソラたちが血をあげても、どうにもならなかった。
寿命なんだってことは、わかってた。わかってたけど……もうちょっとだけ長生きしてくれてよかったのに。
お父が死んで、まだ三日しか経ってないのに。みんな悲しんでるのに。こんなときにお母まで死ぬことないじゃない。
結局、二人は最期まで一緒だったね。死ぬまで仲が良くて、死ぬ瞬間までお互いのことばっかり見てて。
死ぬ間際、お父が「お前のおかげでいい人生だった」って言ったのは、本当の本当に、嘘偽りない本心だったんだろうなって思う。
お母もお母で、すぐお父を追いかけていくんだから。本当に、どうしようもなくらぶらぶな夫婦だったよね。
本当に……娘から見てても、お似合いの夫婦だった。悔しくなるくらい、仲が良くて……最後まで、ソラはお母に勝てなかった。
でも……でも今は、そんなことより悲しくて仕方ない。
ソラはこれから、どうやって生きていけばいいんだろう。なんのために生きていけばいいんだろう。
ちぃが羨ましい。すぐに切り替えられるちぃを、こんなに羨ましいって思う日が来るなんて思わなかった。
ソラにはできない。ずっとずっと、100年以上、お父のことだけを見て来たんだ。他の生き方なんて、今さらできない。
ねえお父……ソラ、お父に会いたいよ。どうすれば、お父にまた会える?
お父、昔言ってたよね。魂は不滅だって。長い長い時間をかけて、またどこかに生まれ直すんだって、そう言ってたよね。
どうしたら、そのタイミングを合わせられるかなぁ?
それか……お父が生まれ直すときまで生き続けるには、どうしたらいいんだろう?
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
魔術で保護されていた粘土板に記された内容を読み上げた俺は、深いため息をついた。その横で、
きっと、お互い思うところは一緒だ。同じことを考えているに違いない。
しかし、これ以上を周りが許さない。
「ホシノ教授、これは……!」
「まさかとは思いますが、魔導の女神ソラル様の手記では……!?」
そう、あの時代を知らない普通の人間からしてみれば、これはただの歴史的大発見でしかないのだから。
俺は喉まで出かかった言葉を無理やり飲み込むと、周りをゆっくりと眺めやる。
発掘員たちの視線が、ほぼすべて俺に向けられていた。そこにフィエン、エルフ、ドワーフの別はない。みなが一様に、ただ一つの期待を込めて俺を見つめている。
だから俺には、彼らの期待に応えるしかない。
「そうですね……正確なところは年代測定にかけてみないとわかりませんが、ほぼ間違いないのではないでしょうか」
「うおおおおーー!!」
「やった! 世紀の大発見だぞ!!」
「やりましたね教授! これで姫様の面目も立ちますよ!」
「やはりここが本当のルィルバンプなのでは!?」
俺の言葉に、周囲が一気に沸き立つ。
こういうとき、口火を切るのは大体フィエンだ。熱狂しやすいところが彼らの長所であり、短所でもあるなと改めて思う光景である。
だが今回に関しては、さすがのエルフたちも相当に興奮している。宗教が絡んでいるから無理もないのだが、できればそっとしておいてくれないかな。マジで。
俺は弥々佳と一緒に、この手記について語りたいんだ。二人だけで、こんな手記を七万年も保存し続けた娘のことを語り合いたいんだ。
「……弥々佳姫。一旦この場はみんなに任せましょう。ちょっと、想定外のことがありすぎました」
「ん……うん……うん、そうするのじゃよ……」
在りし日のことを思い出しているのだろう。静かに涙を流す弥々佳の肩を抱き、俺はそそくさとこの場を後にする。
「姫様……泣くほど嬉しかったんだなぁ」
「そりゃあそうだろう。何せずっと異端者扱いされていたんだ、感動はひとしおだろうさ」
口さがない発掘員たちが何か言っているが、正直言ってそれどころではない。
とりあえず現場近くのテント入ると、俺たちは持ってきた粘土板を挟んで向かい同士に座った。
しばらくはそのまま、お互い黙り込んでいたが……やがて、弥々佳がぽつりと口を開いた。
「……あの子は、本当にずっとずーっと、ギーロのことが好きだったんじゃな……」
その声音は、あの頃と同じだ。
姿も変わらない。相変わらず前髪ぱっつんで、目を隠した姿は初めて会ったときの頃のようだ。
「百年以上のらりくらりとかわし続けてたけど、まさかそれがこの手記に繋がるとは思ってもみなかったよ」
だから俺も応じる。あの頃とは違う声で、けれど同じ態度で。
いやあ、大人になるまでは弥々佳と同じ目線でいたいと思っていたら、成人年齢に達してもなおリアルショタのままだとは思ってもみなかったけども。
相変わらずエルフ……いいや、ここはあえて言いなおそう。アルブスの生態は謎だ。
とか言いつつ、この時代はその大半が解き明かされているので、不思議に感じるのは俺と弥々佳くらいなのだろうが。
閑話休題。
俺は、粘土板に刻まれた文字を指でなぞりながら、弥々佳に語り掛ける。
指先で、文字がうっすらと青く光った。見覚えのある魔術の形が浮かび上がっている。
「……でも、この書き方は大丈夫そうだと思うんだよ」
「そう……じゃろか……?」
「ああ。俺に会うための方法を探す旅に出よう……とでも続きそうじゃないいか? 少なくとも俺には、後ろ向きにポジティブな手記だと思えるんだ」
「そりゃ、まあ……確かに、死にたいとかそういうのは書かれておらんけど……」
持ち込んだ手記に視線を落として、弥々佳が不安げに言う。
彼女の気持ちもわかる。思い出はすべて七万年前に置いてきたはずなのだ。何せ命はいずれ死ぬもので、死んだらそれっきりだ。死んだあとのことなど、どうしようもない。
だからこそ死ぬ側はある意味気楽なもので、残された側のほうがつらいわけなのだが……俺たちは、周りが次々に寿命を迎えていく中で百年以上も生きた。おかげで残される側の心情には敏感なのだ。
だからその心情を綴った手記が、七万年もの時空を超えて目の前に現れたことは、俺たちにはいささか衝撃が強すぎる。
けれども、だ。
「なあミミ。この粘土板、魔術で保護されてるだろ。一体誰が保護したんだろうな?」
「誰って……そりゃ、いつかの時代の誰かじゃろ?」
「と思うだろ? でも違うんだな。これはソラルの魔術だ。間違いない」
「ふえっ!? なんで断言できるんじゃ!?」
「それは俺が、あの当時から魔術が使えたからさ」
そう言って、俺はにやっと笑う。
サピエンスの感覚を色濃く残していた俺にとって、百年という時間はまったく長すぎた。その大半は生活環境の改善に費やしたが……その中には、魔術の研究も含まれている。
合間合間だったし、中心はソラルだった。使える魔術も、結局増えなかった。精度は上がったがそれだけで、あとはせいぜい、魔術の仕組みを視認できるようになったくらいか。
それでも、だ。それでも俺は、百年もの間ずっと、ソラルと二人で魔術の研究をしてきたのだ。
だからわかる。めちゃくちゃ効率化と最適化が進められていて、俺の死後にどれだけ研究を推し進めたのかが気になるところだが。形の大部分は変わっているが。
それでもこの魔術の根幹にある仕組みは、間違いなくあの子独自のものだ。この一見無意味に見える魔術の遊び部分。これの意味がわかるのは、恐らく俺だけだろう。
ああいや、今弥々佳が知る人間の一人になったか。
「……何しとるんじゃ、あの子は」
「いや、発案は俺なんだ。だって世界初なわけだろ? 何か最初だっていう記録を残せないかなと思ってこう、つい」
「何しとるんじゃよ!?」
「ついカッとなってやった。今は反省している」
マンガみたいなツッコミを入れる弥々佳に、真顔で返す。
うん。三徹のテンションで、ソラル共々暴走していたことについては黙っておこう。三度目の墓まで持っていく所存だ。
「それで話を戻すが……俺たちが死んだ当時、ここまで精度の高い魔術はさすがのソラルも使えていなかった。だからきっと、これは俺たちが死んでからかなり時間が経ってから保護されたと思われるんだよ」
「……つまり、あの子はちゃんとわしらの死後もまっとうに生きてくれた、と?」
頷く。
いやまあ、ソラルの技術を直接引き継いだ誰か、という可能性もなくはないが……今はあえて、その可能性は見ないふりをしよう。
「……だから、あまり気に病まなくていいと思うんだ。あの子のことだ、案外本当にこの時代まで来てるかもしれないぞ?」
「ぷっ、それはいくらなんでもありえんじゃろー! 霊魂術や時空術の研究は進められとるけど、今の時代でもまだ確立してなかったじゃろ?」
「それはそうなんだが……案外歴史の闇に葬られた超技術なんてのがあるかもしれないぞ? 太陽剣アマテラスとかその最たる例だ」
「あー……」
身近にある例を思い浮かべて、弥々佳がなんとも言えない表情をした。
……あれの製作者もソラルであることは、黙っておいたほうがいいんだろうなぁ。
他にも時代や場所を問わず、様々な逸話にそれらしい影がちらほらと見え隠れしているから、あの子がまっとうに生きたかどうかは正直微妙な気がする。
まあそれはさておき。
「とりあえず、そんなわけだ。まずはここの発掘を終わらせようぜ。もしかしたら他にも手記が出てくるかもしれない」
「あ、そうじゃな! わしらが死んだあと、村がどうなったのかは純粋に気になるしのぅ」
「だろう? よし、それじゃあ現場に戻ろうか」
「うん!」
やれやれ、ようやく元気になってくれたようだ。彼女にはやっぱり、笑顔がよく似合う。それは前世でも今世でも変わらない。
そうして俺たちは、手を繋ぐと改めて現場に向かう。
道中空を見上げれば……その姿はあの日、大空への夢が前進したときと同じ表情をしていた。
――「確かに努力しないでちやほやされたいって願ったけども!」 ひとまずは、完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます