第68話 諸行無常
村の西側には墓場がある。
最初は特に深く考えることなくこの辺りに土葬にしていただけなのだが、数年もしないうちにそういうルールがあるかのように誰もが振舞うようになっていた。不文律というやつだ。
今や簡単にだが柵で覆われており、名実ともに墓場である。
実験農園でメメから妊娠を告げられた俺は、数日あれこれと様子見をし、間違いないだろうと断言できるようになったことで、ここにやってきた。
メメが妊娠したとなれば、ディテレバ爺さんへ報告するのが筋と言うものだろうと思ってだ。
しかしせっかくなので、家族全員を連れて墓参りもすることにした。
爺さんは、メメの子だろうとテシュミの子だろうと、分け隔てなく孫としてかわいがってくれた。この機会に、孫全員の顔を見せてあげてもいいだろう。
ということで、俺、メメ、テシュミを筆頭に、チハルとソラルの年長組のほか、さらに四人の子供を引き連れての大所帯だ。
……こうして見ると、我ながら随分と子供を作ったものだ。これからさらに増えることを考えると、さすがにどうかとも思う。主に食料の問題とか……。
いや、うん、今はそういう話は考えないでおこう。せっかく新しい命が宿ったんだ。無粋と言うものだな。
「おや、ギーロではないか。家族揃って墓参りか?」
「やあ長老。メメがまた妊娠したから、その報告がてらな」
「そうか。ディテレバだな?」
「ああ。しばらく子供たちがうるさくするかもしれんが、堪忍してほしい」
「構わんよ。子供は元気なのが一番だ」
「すまん。……ほらお前たち、長老だぞ。ちゃんとあいさつしなさい」
「「「「「「はーい」」」」」」
俺の言葉に、子供たちが一斉に声を上げる。こういうときなぜか妙に連携がいいのだが、これももしかして魔術だろうか?
まあそれはともかく、俺たちを出迎えてくれた長老。
長老とは村でもっとも長生きしている人に贈られる称号であり、時期によって指す人が違う。死ねば自動で他の人間の称号となるからだ。
しかしこの長老は、十年前から変わらず俺たちの中で長老の立場を維持し続けている。
そう、ホウレンソウがやたら大好きなあの長老だ。今となってもホウレンソウが大好きで、子供たちからはホウレンじじいと呼ばれて親しまれている。ドラ○もんで言うところのカミナリさんポジションで、だが。
十年前でも既に結構な歳だったので、今の彼は本当にどこからどう見ても老人だ。
髪の毛は当の昔に絶滅し、長らくスキンヘッドのまま。男のアルブスの特徴である屈強な身体も痩せ衰えてきており、最近では杖(アルブス基準なので棍棒並みだが)を突いて歩いている。
それでもなお渋いロマンスグレー感があるのは、見た目に種族のステータスを多く振っているかのごとき美形ばかりのアルブスならではだろう。
今となってはできる仕事も限られてきており、村の会議にも出席していない。オブザーバーとしての長老の席には、ギーロ叔父貴が座っている。
しかし生きていることには変わりがなく、何もすることがないというのもしんどい話だ。なので、結果的に墓守を担ってもらうことになり、今に至るというわけだ。
俺が転生する以前に生まれている人間は、実年齢がわからない。だから長老の実年齢は完全に不明なのだが……それでもこの時代では相当に珍しい長生きをしていることは、間違いないだろう。
「ギーロ」
「ん?」
子供たちとのやり取りを終えたところで、長老が小声で俺を呼び止めた。
その意味するところを察した俺は、耳を彼に近づける。
「墓参りが終わったら、また血を頼めるか?」
「……どこか悪いのか?」
「ああ……最近右目がよく見えなくてな……」
「白内障か緑内障かな? まあいいや、わかった。寄らせてもらうよ」
「いつもすまんな」
「それは俺のセリフだ。長老がいなかったら、俺たちの身体の調査ができない」
「ふふふ、それもそうだな。だが安心しろ、俺はまだまだ死にたくない。もっと長生きして見せるぞ」
「ああ、頼むよ。長老はなんだかんだで村になくてはならない人間だ」
「任せておけ」
そして俺は長老とにやっと笑いあうと、一旦彼から離れて家族と共に歩き始めた。
……そう、長老がこの時代においては驚異的な長寿を実現しているのは、実は俺の血を定期的に飲んでいるからだ。
あ、勘違いしないでくれ。俺が無理にやっているわけではないぞ。どちらかと言えば、最初は俺が無理強いされる側だった。
きっかけは、テシュミが初めて出産したときだ。あのとき彼女は産後の肥立ちが悪く、治療するために俺は自らの血を使った。
そのとき、血を飲ませるところと、テシュミがたちどころに元気になるところを、長老に見られてしまったのだ。
もちろんごまかせるはずもなく……結果的に長老には俺の身体の秘密のいくつかを知られることになった。
だが、長老はこれをみだりに広めることはなかった。誰にも言わない代わりに、自分が不調になったときに血を飲ませてくれと言ってきたのである。まだ死にたくないのだ、と言ってな。
よく考えるまでもなく口止め料だ。だが、俺はこれを即答で飲んだ。
なぜなら、長老が長生きすればするほど、俺はアルブスという種族の老衰の経過をつぶさに観察することができるからだ。また、俺の血がどこまで、またいつまで効果を発揮し続けるかも調べられる。
俺は仲間を文字通り実験台として継続的に血を飲ませることを躊躇していたので、このときまで俺はこうしたアルブスそのものでの実験ができていなかった。だから長老の申し出は、俺にとって渡りに船だったのだ。
今となっては長老もそこは完全にわきまえていて、自ら進んで実験台として振舞っている。俺とはほぼ共犯者の関係だ。
「父さん、ホウレンじじいどうしたの?」
「ん? いや、ちょっと相談したいことがあるから、あとで来てほしいってさ」
「そっか。じじいにも悩みなんてあるんだね」
「それはお前長老に失礼だろ。生きている限りは何かしらあるものだ」
「ふーん」
チハルが気のない返事をしてくる。
まあ、子供には老人の考えることなどわからないだろう。だからこそ年長者の小言に反発したりするわけだが。
「ちぃ……」
「ん? なに、どしたのソラ?」
と思っていると、ソラルがチハルを呼び止めて、耳元でぼそぼそと何か話し出した。
俺には聞こえてこないのだが、何を話しているのだろう?
チハルがだんだんと「ああなるほど!」って顔になっていくのだが……何だ? まさかとは思うが、俺の血のこと、バレてないだろうな……?
「お父ー! 久しぶりに来たんじゃよー!」
俺は内心冷や汗をかいていたが、メメのそんな声で我に返った。どうやら、いつの間にかディテレバ爺さんの墓まで来ていたようだ。
それまでの焦りをおくびにも出さず、メメに続く形で墓に声をかける。
「よう爺さん。また来たぞ」
爺さんの墓標は、石でできている。……って、それは他の墓標も同じなのだが。
爺さんの墓標は他よりも大きい。族長経験者であり、村への貢献も大きかったと言うことで、こうなった。
刻まれているのは名前だけでなく、亡くなった年も書いてある。
神託十年、九月二日没。およそ三年半前だ。
「じーさん、チハル来たよー!」
俺に続いてチハルが元気に声をかける。
「あのね、聞いて! ボクね、こないだ父さんからくら? ってのもらったんだよ! 狼に乗るための道具で……」
そして早速とばかりに、墓標に向かって話し始めた。
爺さんに一番懐いていたのはチハルだから、彼女の気持ちはわかる。二人で一緒にチハルの戦い方の研究とかしていたものな。
「お爺、ソラもお父からすごいのもらったです。お空を飛ぶための本です。今がんばって勉強してるです……」
ソラルもチハルに続く。
爺さんは誰の子だろうと分け隔てなくじじバカだったが、ソラルは格別だった。やはりメメの最初の娘という点で、相当にかわいかったのだろう。
だからソラルも相応に爺さんには懐いていて、彼女なりの思い出がたくさんあるはずだ。言いたいこともあるだろう。
俺たちの用事は、別に絶対優先というわけでもない。二人が先んじたことに目くじらを立てる必要はないだろう。
俺はメメやテシュミに目配せして、微笑ましく見守ることにした。
「……うふふ、下の子たちはよぅわかってへんみたいです」
「それは……あー、まあ、仕方ないだろうな」
「四人はあんましお父のこと覚えとらんじゃろうしなぁ……」
きょとんとした顔をしている下の子供たちを見て、俺たちは苦笑しあう。
真ん中の子供たちはまだ五歳くらいだから、あまり爺さんとの記憶がないはずだ。
一番下の二人に至っては、ほぼ産まれた直後に爺さんが逝ってしまっているので、皆無と言っていいだろう。
そんな四人にとって、今のチハルたちの行動は、よくわからない石に向かって延々と話しかけているだけにしか見えないだろうな。
とはいえぼーっと待っているだけ、というのは子供たちには辛かろう。状況はちゃんと説明しておこう。
「いいか、お前たち。ここにはな、メメお母さんのお父さんが眠っているんだよ……」
……爺さん、もうちょっと長生きしてくれてよかったんだぜ。子供たち、みんな爺さんのことが大好きだったんだから。
俺も……主にメメとの関係のことで、何度も爺さんを疎ましく思ったことはあるが、本気で嫌っていたわけではないんだ。今世の俺の両親はとっくの昔に死んでいるから、親と呼べる人は爺さんだけだったしな。
まったく、爺さんときたら。何も夜のうちに死ぬことはないだろうに。朝、自宅に顔を出したら死んでいたとか、色んな意味でやめてほしかったよ。
大体、心構えくらいさせておいてほしかった。確かに、季節の変わり目で身体に負担はあったかもしれないけども。
みんな大混乱だったんだからな。
メメなんて特に子供を産んだ直後で、肉体的に参っていたところだった。そんなときに爺さんが死んだおかげで、しばらく何も食べられないくらい衰弱したんだぞ。
コロッと逝けたあんたはいいかもしれないけど、遺された側の身にもなってほしいよ。
どうせなら、昼間に倒れてくれたらよかったんだ。それなら絶対誰かが気づいて、教えてくれたはずだ。そうだったら、俺の血で治療できたのに。
そうすれば、もっと長生きできただろうに。メメもあんなにつらい思いをせずに済んだだろうに……。
……人間、わからないものだよな。あれだけ元気で、殺しても死ななさそうだった爺さんでも、ある日突然死んでしまった。
ましてや、男より身体が弱い女のメメやテシュミは、いつまで生きていてくれるだろうか。
そして……俺は一体どれだけ生きるのだろう? この超治癒力を抱えた身体は、いつになったら……。
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