第66話 夜のお楽しみ

 そして日が沈み、一日の終わりがやってくる。

 今日も平和な一日だった。意外と原始時代も悪くない。あくせく働く必要はないし、かわいい嫁さんや子供たちと一緒に穏やかに過ごせるのだから。


 ただ、普段は太陽と共に起き、太陽と共に寝るスタイルなわけだが、今日は一つ特別な行事がある。


 風呂だ。


 十年前、俺が音頭を取って建設した風呂は、今やこのルィルバンプ村の生活の一部だ。お湯で身体を洗い、温まるという習慣はすっかり定着している。


 ただ、お湯を沸かすのと、風呂場を洗うための労力がどうしてもかかるので、毎日とはいかない。基本的に五日に一度、持ち回りで風呂の準備を行うという形で今は落ち着いている。


 当番になった者は一度水路から軽く水を引き、風呂場を掃除する。その後再び水路から水を、今度はたっぷりと引いて、聖なる炎にくべておいた石でそれを沸かす。

 翌日には、風呂場から水を抜いてやはり掃除。そして次の当番へ申し送りをする……というのが風呂当番の仕事になる。特権は一番風呂だ。


 この仕事は、基本的に一家族で一回という形にしてある。一人で行うには、さすがに重労働すぎるのだ。

 それに一回で一人だと、百人以上に膨らんだ今の村の規模では、次に当番が回ってきたときにやり方を忘れている、なんて可能性もあり得る。そう言う意味でも、風呂当番は一家族で、というスタイルになったというわけだ。


 まあ、我がヒノカミ一家に関しては、この当番もだいぶ楽をさせてもらっているけども。


「……お父、できたです」

「よし。さすがだな、ソラル。いい子だ」

「んへへぇー」


 ソラルの魔術があれば、火も燃料も使わず水を熱することができる。熱した石を動かす必要がないので、実質仕事は掃除だけになるのだ。


 もちろん、魔術もノーコストでできるわけではないので、今夜のソラルにはいつもより豪勢な食事を用意した。それと、入浴は俺と一緒がいいという、彼女の希望も受け入れている。


 これらは、熱を操れるという、彼女独自の能力を行使してもらうことに対する正当な報酬だ。

 前世だったら臨時でお小遣いを渡すなどの方法があるのだが、貨幣などまだ影も形もない。どうしても基準があいまいかつ、即物的なものが報酬になるのは仕方がないだろう。


 ただ、俺はたとえ家族間であっても、報酬や対価をおろそかにしてはならないと思っている。

 そこに大人子供という立場は関係ないとも思っている。労働に貴賤はなく、なればこそ、行ったことそのものに対しては、あれこれ理由をつけて過小評価すべきではない……とな。


 何より、子供は安価な労働力でもなければ、親の所有物でもない。独立した一人の人間だ。そこは尊重しなければならないだろう。


 ……まあ、もうすぐ十歳になる娘が、男親と一緒に風呂に入りたいと言って譲らないのはちょっと心配ではある。

 以前(六十一話参照)触れた通り、アルブスはサピエンスより成熟が早いのに。アルブスの十歳って、サピエンスで言うと一番多感な中学生くらいではないかと俺は思っているのだが……。


「いいなぁ……ボクも父さんと一緒にお風呂入りたい……」

「ふふーん」


 ドヤ顔で自慢げにしているソラルと、それを心底羨ましそうに見ているチハル。お父さんは二人の将来が心配です。


 いや、父親としては、娘がいつまでも懐いてくれているのは嬉しいけども。かといって、他の男に興味がないというのはどうかと思うよ?


 ただまあ、この件に関しては、チハルを擁護することはできない。


「そう思うなら、チハルも勉強したらどうだ?」

「えーっ、無理ー! ボク無理ぃー! だって頭痛くなるんだもん……」


 と、いうことである。

 チハルは根っからの体育会系というか、本当に勉強が苦手なのだ。


 勉強という特殊な行為が魔術の洗練に必要である以上、勉強に対する苦手意識が強いチハルはきっと、今後もソラルに対して羨望の眼を向け続けるのだろう。


「さて風呂入るか。チハルは男湯に入ってこないようにな」

「はーい……」


 そして彼女は、俺の言葉にがっくりと肩を落とすと、すごすごとその場を離れていった。



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 俺が音頭を取って作った風呂は、男湯と女湯に分けている。

 最初は別に分ける必要などないと思っていたし、実際そのようにしていたのだが……風呂の中で盛りだすやつらが出てしまってな。それ以降、仕方なく男女別々にさせてもらった。

 あの頃は家族水入らずで風呂を楽しめていたのに。まったく残念でならない。


 まあ、風呂が全部終わったあとの時間に、こっそり男女で風呂に入りに来ている連中がいることは知っているけども……そちらは黙認している。

 俺だってメメやテシュミと一緒に入りたいのだ。あえて踏み込んで、自分の楽しみを減らそうなどとは思わない。

 さすがにそのようなときでも、風呂場でハッスルしたら厳罰に処すことになっているが。


 ただし、盛り上がる気持ちは俺もわかる。そもそも、子供がいると家でことに及ぶのはいろいろと問題になりかねないし。

 なので、村の外れにはそれ用の小屋がいくつか設置してある。世界初のラブホテルだ。後始末は自己責任だが。


「あー、お風呂気持ちいいのじゃー」

「そですねぇ。ほんま、これ作りはったギーロさんはすんごいですわぁ」

「はっはっは、それほどでも」


 ということで、普通の風呂が全部終わったあと。俺もメメとテシュミを連れて二度目の風呂を楽しんでいた。両手に花だ。

 入浴ルールは日本式を導入しているので、俺はもちろん二人とも全裸である。素晴らしい。

 着衣の概念が完全に普及してもう十年以上経つので、なんだかんだで二人の裸を見る機会は減っている。見る機会があるなら目いっぱい堪能しておかないと……。


 あ、密着度が高い点については大目に見てくれ。夫婦なんだ、これくらいいだろう?


 ちなみに小さい子供たちについては、チハルとソラルが面倒を買って出てくれてる。いい子たちだよ。


 まあ、送り出す際に「今夜はゆっくり楽しんで来てね」なんて言われるのは、毎回どうかと思うのだが。あの二人もそろそろ思春期だし、そういう知識の一つや二つはどこからともなく仕入れているのだろう。


 ただ、おかしな知識を覚えてしまわないようにしておかないと、色々と問題があるだろう。そろそろ性教育を始めたほうがいいのかなぁ、と最近は少々悩んでいるところだ。


「お? 先越されたなー思ってたら、ギーロたちかいな。相変わらず仲ええなぁ」

「よう、ガッタマ。お前たちも来たのか」


 そこに顔を出したのは、ガッタマ・ケイジャの夫婦。どうやら二人も今夜はハッスルする予定らしい。


「せやで。まあその、なんやな。そろそろ次の子がほしい言われてしもてなー」

「何言ってるの、あなたがほしいって言ったんじゃない」

「そ、そうやったかー? ん、んー? 覚えてへんなぁー」

「まったくもう……しょうがない人」


 おいおい、笑われているぞガッタマ。お前はなんていうか、尻に敷かれているよな、完全に。


 しかしケイジャはそれ以上追及するつもりがないのか、かけ湯後すぐに浴槽に入ってこちらへやってくる。

 それを見たメメとテシュミも、俺から離れてケイジャと合流。三人でまとまって距離を取ると、かしましく話し始めた。

 お互いこのあとに運動会が控えていることもあってか、結構踏み込んだところまであけすけと話しているようだ。こういうときは女のほうがどぎついというのは、サピエンスもアルブスも同じらしい。


「……いやぁ、まあ、そういうことや」

「別に隠すほどのことじゃなかったろうに」

「そらそうなんやけど、なんかお前相手やとなんか色々言いたくなるねん」

「さいで」


 頭をかきながら妙に小さくなりながら浴槽に身を沈めるガッタマの姿は、どこか笑いを誘う。

 それで俺が笑うのを堪えていると、隣にガッタマが並んだ。浴槽の縁に身体を預け、天井を仰ぐ。


 間近で見る彼の姿は、バンパ兄貴と同じく貫録を増しながらも、衰えた様子はない。たぶんだが、彼の実年齢は俺か兄貴と同じくらいなんだと思う。


 彼もまた、アサモリ一族の長として、この十年間がんばってきた。彼のおかげで麻は完全に村の一事業として確立したし、それに伴う麻油作りや紡績などにも手を尽くしてくれている。

 彼は彼で、俺の自慢の兄の一人だ。


 ま、ガッタマに対する信頼は、兄貴のそれとは違って気の置けない友人という感覚のほうが近いんだけどな。

 兄貴はなんというか、自然と従いたくなると言うか……この人に任せておけば安心できる感じというか……カリスマ系の信頼だからな。


「……そういうお前んとこはどうなんや? もう六人も子供おるやないか。まだ増やすんか?」

「いいや? 最近はあまりそういうことは考えてないな。単に夫婦で気持ちを通わせるためにやってる感じだ」

「産んだ子全員元気やもんな……そらそういう心境にもなるか」

「まあな。だからできたらできたで、それはそれ、って感じかな」

「羨ましいわー。そんなこと言ってみたいわー」


 そんなことをガッタマをのんびりと話す。女たちもそうだが、場所が場所だけに、ここでかちあうとそっち方面が話題になることが多い。

 ただ子供の話題となると、どうしても俺たちは羨ましいと言われる側に回らざるを得ない。子供が全員無事に育っているということは、この時代においては奇跡なのだ。


 出産、産褥さんじょくで命を落とす妊婦は、俺がこっそり血を飲ませることでできるだけゼロにしている。

 彼女たちを実験台にしている罪の意識がないわけではないが、俺の血があれば助かる命を前に、何もしないなんてことは俺にはできない。全力を尽くす、というエッズとの約束もあるわけだし。


 だが、子供となると話は別だ。


 うっかり、本当にうっかり、ごく数秒親が目を離した一瞬の間に、不慮の事故で死んでしまうことがある。原因不明の事態に陥り、急死してしまう場合もある。

 症状の進行が穏やかだったり、早期発見ができた場合は俺の血でなんとかなるが、そうでない場合はどうにもならないのだ。

 ひどい場合は、胎内で既に死んでしまっていたことすらあった。もちろん、死んだ命を生き返らせることなどできるはずもない。


 そういうわけだから、俺がいてもなお子供は死んでしまう可能性が高い。これでもだいぶ死亡率は下がっているし、同時代の他の群れと比べれば天と地ほどの差があるとも思うが……やはり、親にとって子供が無事に育ってくれるかどうかは大きな関心であり、問題なのだ。


 ただ、医療のないこの時代に、それをどうこう言っても仕方がない。俺は血のことをひた隠しにしているので、神に祈るのが関の山だ。

 なので、子供の話はわりとすんなりと違う方向へ転げ始める。


「やっぱ女の子がほしいなー。アサモリは他と比べても特に男が有り余ってるさかい、女の子をもっと増やさんと」

「いやー、性別ばかりはどうしようもないだろ。それこそ神のみぞ知る世界だ」

「はは、そらそうや。せやから、女の子がなるべく長生きできる環境を作るんが重要っちゅーギーロの意見にみんな賛成するわけやしな」

「子供は女からしか生まれないからな。女は太陽だ」

「お前のそういう言い回し、たまにかっちょええよな」

「たまには余計だ」


 どうせ俺が口にするいいセリフは、偉人のパクリだよ。才能に欠ける俺には、気の利いた名言を作る器量なんてないんだ。


「……なあ、それはともかくやな」

「何だ、急にどうした。そんな声を潜め……たくなる話か?」

「そや。ちょ、こっちこっち」


 肩越しに腕を回され、ガッタマに引き寄せられる。


「あんな……このあとのことで一つ相談なんやけど……」

「おう」

「その……最近どうもまんねり? な感じでな……」

「ああ、なるほど。察した」


 つまり夜のやり方の相談ね。


 この手の相談は、この十年間で数えるのも馬鹿らしくなるくらいされた。おかげで十年前に比べて、アルブスの性文化はだいぶ花開いたし、女たちの負担も相応に減っていると思う。

 まあ俺は相変わらずド変態扱いなのだが、もう慣れた。エロの伝道師として神話に名を刻む覚悟はできている。


 なお、この手のことにもっとも興味を示し、もっとも実戦を重ね、もっとも俺を尊敬するのがアダムだ。

 彼の場合は持ち前の好奇心などもあるだろうが、ハヴァのほうも相当熱心に取り組んでいるようなので……なんというか、その、サピエンスってやっぱりスケベ種族なんじゃないかな。


「ガッタマにはどのあたりまで話したんだったか。体位は大体教えたよな、確か」

「せやな。あとはあえて一ヶ月くらいしないとか、目隠ししてやってみるとかかな……」

「ふむ……じゃあ、着衣ハメなんてのはどうだ」

「……言葉から言って察するに、服を着たままっちゅーことか?」

「そういうことだな。普段着でも別にいいけど……特にアサモリ一族用にデザインした服があるだろ。あれを一式着せてやってみたらいい」

「お前……お前、あれ、儀式のときに着るやつやんけ! 罰当たりにもほどがあんぞ!?」

「だからいいんじゃないか。そういうことに使ってはいけないものを使う背徳感は結構な燃料だぞ」

「それが神に愛された者ス・フーリの言うことかいな!?」


 すまんな。俺は元々、神仏への信仰心なんてほとんどないんだ。

 転生したことで存在自体は信じるようにはなったが、かといって本気で祈りを捧げたことはあんまりない。こういう点でも、やはり俺は元日本人なのだと思う。


 それに……。


「安心しろ、罰は当たらない。既に実践済みだ」

「お前ほんまいつか神罰下っても知らんで!?」

「三年経っても下ってないんだから、別に構いやしないだろ」

「結構前やなオイ!」


 ちなみに、アサモリ一族用にデザインした服とは、ずばり巫女服である。

 がんばって赤く染まる染料(それでもあんな鮮やかな色は到底不可能だが)を探してまでこしらえた逸品であり、そのコストの高さから、ごく一部の者以外はまだ使えない。


 巫女服自体は、誰でも使えるように村全体に広めてある。神に祈るとき……つまり祭りや儀式のときに使う服として広めた。

 だから、そういうイベントがあると村のあちこちで色とりどり(こちらの染料は一般的に手に入るものを使っているので、かなり薄いが)の巫女服が見られる。その手の人にはたまらない光景だろう。


 ただし、赤という特殊な色を用いたものに関しては、さっきも言った通りまだごく一部の者にしか使えない。それがずばり、神官一族であるアサモリ族だ。

 アサモリの女に渡している赤の巫女服は、色だけでなく素材も特別だ。テシュミにしか作れない、例の不思議なふわふわ繊維をふんだんに使って仕上げてある。まさに「ハレ着」だ。


 もちろんこの服は、現在唯一の正式な巫女であるテシュミも持っている。彼女はうちとアサモリの両属だからな。


 ……なのだが、まあ、あれだ。


 せっかく巫女服作ったなら、一度はやってみたいじゃないか。

 コスチュームプレイ。


 なぁ?


 あれはヤバかった。おかげで五人目ができてしまった。


 あと、普通にメメにも着せた。まずいとは思ったが、正直性欲を抑えきれなかった。

 だって絶対に合うと思ったし。もったいないだろ、テシュミだけとか。


 なぁ?


 あれはヤバかった。おかげで六人目ができてしまった。

 男ならこの心理、わかってくれると信じたい。


 その後も俺はガッタマから盛大に引かれつつ、ドツキ漫才よろしく、息もつかせぬほどの怒涛のツッコミを叩きこまれたのだが……。


 翌日顔を合わせたガッタマは、悔しそうな顔で一言、


「ドチャクソ燃えたわ……」


 とだけ言うと、自宅へと帰っていった。


 俺はこのとき確信したね。

 和服(巫女服を含む)はロリのエロスを世界一引き出す、最高の民族衣装だと……!

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