第61話 チハルの魔術
俺が子供たちが持つ特異な能力に気がついたのは、五年くらい前のことだった。チハルもソラルも間もなく十歳になるので、五歳くらいのときである。
当時俺は、子供たちの知育になればと思って積み木を作って渡した。二十一世紀でも積木はメジャーでなじみがあったし、原始時代でも作ることは難しくなかったからだ。
このとき俺はおもちゃということのみを伝え、あえて遊び方を明示しなかった。子供たちの自由な発想に任せて、好きに遊んでほしいと思ってのことだった。
しかし、どうやって遊ぶかなぁと傍から様子を見ていた俺は、次の瞬間唖然とさせられたのである。
チハルとソラルが積み木に手をかざしたかと思うと、複数の積み木がひとりでに浮き上がったのだ。これが驚かずにいられようか!
二人はそのまま積み木を身体の周りを浮かべると、今度は積み木を飛ばして互いの積み木とぶつけ合い始めた。
だんだんエスカレートして、最終的には結構な速度でぶつけるようになったので慌てて止めたが……まるでファ○ネルだった。ビームは撃たなかったけども。
しかし驚きはまだ続いた。俺が二人に事情をあれこれ聞いたところ、この念動力とも言うべき能力を、彼女たちは物心ついたときから使っていたのだという。
ちょっと離れたところにあるものを手繰り寄せたり、一人では重くて持てないものを動かしたり、場合によっては自分に働かせてハイジャンプしたりと、かなり自由にやっていたらしいのだ。
しかもこの能力は、二人にとって誰に教えられるわけでもなく、気づいたらできたのだという。息をするようにできるので、自分たち以外は誰もできないと知って逆に驚いていたのは印象的だった。
以降はこの能力をみだりに使わないようにと厳に言い含め、二人が何をどこまでできるのかを見極めるために、様々な……言い方は悪いが、実験をやってきた。彼女たちの能力を魔術と名付け、何らかの法則を見出そうとしたのだ。
結果としてわかったことはいくつもあるが……とりあえず、俺からの遺伝であることは間違いない。
というのも、二人に言わせてみれば、俺も魔術を使っているというのだ。
そんなバカな……と思ったが、二人は俺の「他者の能力強化」と「痛覚遮断」を魔術だと断言した。当時は結構な声量で「確かに!」と叫んだものだ。
いやはや本当に、言われてみれば確かにである。この二つの能力は、まったくもって普通ではありえない。
俺はこれらを別々のチートだと考えていたのだが、方向性が違うだけで根っこは同じだったのだろう。
ちなみに俺がこれらの能力を使うとき、光の粒子が放たれて対象を包み込む……というように二人には見えるのだとか。俺を含め誰にもそんな光景には見えないのだが、後々生まれた子供たちも同じことを言うので、マジらしい。
しかし……あの神を名乗るやつからは様々な能力を与えられているが、やつは一体何が目的なのだろう。確かに助かってはいるが、なんだか不気味だ。
こんなとんでもない能力が遺伝して、俺ではなく子供たちで花開くというのも怪しい。単にアルブスを繁栄させろとでもいうのであればいいのだが、今のところ一度も何も言ってこないんだよなぁ……。
この点に関してはずっと考えているが、結局答えは出ていない。
まあ、たぶん考えても無駄なのだろう。なので俺は気にせず、俺のやりたいことをやるだけだ。
話を戻そう。
そんなわけで、俺の子供たちには、俺から魔術が遺伝している。
最初は俺はもちろん、メメもテシュミも大層驚いたが、
さっきも言った通り、その後の子供たちも同様に遺伝している。なので今となっては、魔術がある風景はヒノカミ一家の日常的なものとなっている。
で、その魔術なのだが……これが使い手によってまったく異なる方向に成長している。
たとえばチハル。彼女はその活発な性格もあってか、主に身体を動かす方向で能力を発揮しており……。
「おはようギーロ。それにチハル、ソラルも」
「おう、おはよう兄貴」
「あっ、おはよーおじさん!」
「おはようです」
「チハル、今から今日の狩りに出るが、お前はどうする?」
「行く行くー!」
バンパ兄貴の問いに頷くや否や、チハルはひょいと跳んで兄貴の隣に降り立った。
……とまあ、そんな感じで……女だてらに狩りに参加しているのだ。
親としては、まだ子供のチハルを行かせるなど認めたくはないのだが……なまじ狩人として有能なのがなぁ……。大抵の傷は治ってしまうし……。
とはいえ、一応言うだけのことは言っておかねば。
「兄貴……毎度のことだが、あまりチハルを甘やかさないでくれよ」
「わかっている、任せておけ。何も起きないよう全力を尽くすさ」
俺の言葉に、兄貴が力強く頷く。
十年が経って、兄貴はカリヤ一族の族長になっている。村の意思決定に重要な役割を果たす立場であり、誰もが一目置く実力者だ。
健康に問題はなく、体格は以前よりもさらによくなっている。さすがに顔などには経年の色が差してきているが、その分風格には渋みと凄味が増しており、衰えなどは微塵も感じられない。
実際、狩りの実力にかげりはまったくない。三人の子供を抱え、その生活を盤石に支える良き父にして、当代最強の男である。
そんな兄貴の言葉は、安心感が尋常ではない。彼の「任せておけ」は、超ド級の精神安定剤だ。
ただ、毎度のことだが、俺はこれに安堵しながらも更に念を押す。
「くれぐれも頼む。……チハルも、気をつけるんだぞ。兄貴の指示には絶対従うように」
「わかってるよ! 足を引っ張らないようがんばるから!」
違うそうじゃない。俺はお前を心配して言ったのに。
まったくこの子と来たら……世話の焼ける子だ。
「ちょっと待ったぁー!」
「げっ、ダイ兄さん!」
そこに一人の青年が割り込んできた。顔はまだ幼さを残しているが、体格は立派な大人だ。
「俺は認めないからな! 女が狩りに入るなんて、そんなのおかしい!」
「おかしくないもん! ボクだって身体は小さいけど戦えるもん!」
そしてそのままチハルと口げんかを始めた。
「また始まった」
「そうだな」
「止めないのか、兄貴?」
「いつものことだろう?」
「そりゃそうだが……」
あの青年は、兄貴の第一子だ。十年前は激しい人見知りで、大人しいというより臆病なところもある男の子だったのだが……成長の過程で人見知りはなくなり、今ではむしろ持て余すくらいには元気だ。
名前は以前言っていた通り俺が命名した。大きく力強く。そうあってほしいと願って、日本語で
名は体を表すとはよく言ったもので、兄貴の血を感じさせるなかなかの巨漢に育ってくれたよ。弱冠十二歳にして、既に狩りの腕前は上位に食い込んでいるとか。
……個人的には、十二歳で大人とほぼ同等まで成長するアルブスの生態に驚きを禁じ得ないところではある。
この十年間で発見したのだが、どうやらアルブスは、男も女も十歳前後で性成熟を終えるらしいのだ。サピエンスよりも明らかに早熟である。
なので、俺や兄貴の実年齢も、言うほど高くはないのではないかと思う。メメに至っては、初めてことを成した当時、まだ十一歳くらいだったと思われる。前世なら確実にアウトだ。
今となっては後悔も反省もしていないが。
ちなみに老衰についても研究と考察はしているが、時代が時代だけに、天寿を全うする人がいなくて十分なデータが取れていない。こちらはじっくりやっていくしかないだろう。
「女は家にいればいいんだよ! こういうのは男がやるもんだ!」
「そりゃ普通の女はそうかもしんないけど! ボクは違うもん! 『力』のス・フーリだもん!」
「そう言う問題じゃないだろ! お前が女なのは変わらないんだから!」
「そんなの関係ないもん! 結果出してるんだから!」
チハルとダイチの口論がエスカレートしていくが、内容はいつも大体同じなので、俺としては耳にタコだ。
普通のアルブスの観点に立って、女を守ろうとするダイチと、女であっても力があるならやるべきだと主張するチハル。という構図である。
アルブスでは、男女で仕事の分担が明確に線引きされている。これは差別でもなんでもなく、性差が極端に大きいために分けるしかないからだ。なのでダイチの主張も決して間違いではない。
しかし魔術により、普通の女とは隔絶した能力を持つうちの娘はその例外で……。
「いーよいーよ、そんなに言うなら今日こそ兄さんを負かしてあげるから!」
「おーやってみろよ、俺は絶対負けないぞ!」
「ふーんだ、勝ったこともないくせに!」
「何を!? それはチハルもだろ!」
「やるかぁ!?」
「そっちこそ!」
……ということで、そのまま二人は取っ組み合いのケンカをおっぱじめた。
誰がどう見ても、子供を襲う巨漢という勝ち負けがはっきりした構図なのだが、チハルはそうそう簡単にやられるタマではない。
「てええぇぇーい!」
雄叫びを上げながら、自分の身長の二倍以上の高さを跳躍する。そのまま何もない空中を蹴り、あっという間もなくダイチの背後へ回り込んだ。
「させるか!」
ダイチはそれを目で追わずに察知して、最小限の動きでチハルに相対する。
正面からぶつかりあえば、さすがにチハルも分が悪い。なので彼女は、その後も二段ジャンプ、三段ジャンプを駆使してダイチの周辺を縦横無尽に飛び回り、翻弄し続ける。蝶のように舞い、蜂のように刺す……と言うと親のひいき目かな。
ともあれ、こうしたトリッキーな動きをすることで相手を翻弄し、思いもよらぬところから急所へ一撃。その後は即離脱……というのがチハルの基本戦術だ。
この戦闘スタイルを、俺は勝手にヨ○ダと呼んでいる。狩りの際はここに木剣が加わるので、名実ともにあの爺さんの戦闘スタイルに近いのだ。
あの人のスタイルは正しくはアタールというのだが……っと、これはいらぬ豆知識だったか。
ちなみに、攻撃時には身体の動きに合わせて自分に念動力を乗せることで、威力を底上げしている。これにより、分厚い筋肉で覆われた男の身体にも、相応のダメージを与えることができる。
その際に、チハルの手にもダメージが入るのではないかと俺は毎回懸念するのだが、心配はいらないらしい。
ソラルの解説によると、見えない防護膜で手を覆っていて、相手へのダメージを増すと同時に、自分へのダメージは防いでいるのだとか。
要するに、ハ○ター○ンターで言うところの
「二人とも相変わらずだなぁ」
「まったくだ。何かあるとすぐこれだもんな」
「ちぃもダイのお兄も、野蛮なのです……」
激しい応酬を傍から眺めながら、兄貴と一緒にぼやく。同時に、まだ抱きかかえたままのソラルもこれ見よがしにため息。
二人とも走り出すとコケるかゴールするかしないと止まらない性格なので、こうなってしまったらあとは放置が一番だ。
二人とも疲れてきた辺りで、いつものように誰かしら止めるだろう。今回は狩りを控えているから、より早く兄貴が止めに入るかな。
「しかし、ダイチも不器用だよなぁ」
「まったく。あいつは誰に似たのか素直じゃないから……」
俺の言葉に、兄貴はしみじみと頷く。
兄貴がすぐに止めないのは、ダイチとチハルの関係を察してのことである。族長である兄貴の決定に公然と異を唱えるのは本来褒められたことではないのだが、恋愛が絡んでいるので下手に止めると面倒なことになりかねない。
なお、兄貴自身はチハルの参加を最初から一貫して支持している。今後のことを見据え、女の参加は容認すべきという立場なのだ。相変わらず原始時代らしくない頭脳をお持ちである。
まあ、俺の子供が全員特殊能力持ちということを、村で唯一知らせているからというのもあるが。
「はっきり言えばいいのにな。チハルが心配だから無理はしないでほしいって」
「それを言えないからああなんだろう? あれくらいの年齢の男ってのはそんなもんだ」
続けた兄貴に笑いながら、俺は彼の肩に手を置いた。
……うん? そこでなんで俺を見るんだ? まったく心当たりはないのだが。
ともあれ、ダイチがチハルを意識しているのは一目瞭然だ。何かあるとチハルのほうを見ているし、つっかかるのもそれが会話になるからだ。
小学生みたいだとか言わないであげてほしい。繊細な男心なのである。
それでいて、取っ組み合いのケンカはできるのだから不思議だ。
まあ、終わった後、人目のつかないところで自己嫌悪しているのは、多くの人間の知るところなのだが。
「俺はいつになったら孫の顔が見れるのだろう?」
「それを俺に言われても。別にチハルをやらんと言っているわけではなくて、こればっかりはダイチの問題だから……」
「そうなんだよなぁ……」
何事にも屈しない兄貴が、弱った様子で頭をかいた。兄貴もやはり、親として悩むこともあるのだ。
それは俺も同様だが、現代日本の価値観があるので、俺は兄貴ほどではない。
結婚しない、子供を作らないという選択肢もあっていいと思うからな。ただ、本人たちが望んでいないことはすべきではないと思うだけだ。
チハル自身も別にダイチが嫌いということはないと思うので、俺は別に二人が結ばれようと文句はないのだが……。
「ちぃは鈍いから、先は長いと思うですよ」
「……だってよ、兄貴」
「それを言ってしまったらおしまいだろう……」
そして俺たちは、三人揃ってため息をついた。
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