第60話 恐るべき子供たち

 つつがなく(?)朝食が終わったところで、家族はそれぞれの活動に入る。


 俺の仕事は転生したときから変わらず、技術・道具開発とその指導だ。他の男に比べれば家にいることも多いが、かといって完全な在宅業というわけでもない。

 今日もあれやこれやとやらなければならないことがあるので、まだ小さい子供たちはメメに任せて出勤(?)する。


「いってらっしゃいなのじゃよー!」

「ああ、行ってくる」


 出がけにキスと言葉を交わしてである。


 そう、メメは俺についてこない。今の彼女は、子育てが仕事なのだ。

 かつては常に彼女と一緒に行動していたのだが、最近は定時の哨戒や家族で行動するときなどに限られている。

 二人での遠出もなくなった。少し寂しいと思うこともあるが、まだ小さい子供を大勢引きつれていくわけにはいかないので、仕方がない。


 なお、目を閉じたままで子育てができるのかという疑問はあるかもしれないが、結構なんとかなるものである。というか、そもそもメメが目を閉じているのは見えすぎるからであって盲目というわけではないので、いざとなれば普通に目で見ることができるのだ。

 もうずっと能力と付き合って来たからか、ここ数年はだいぶ調整にも慣れてきているようだし。そう言う意味でも、超視力は以前よりは負担になっていないようなのだ。


 そういうわけなので、子供たちのしつけも基本的にメメの仕事になっている。おかげで今や、家族のほとんどが彼女に頭が上がらない。

 子供たちにとっては恐怖の象徴でもあるが。


 いやぁ、いつの間にか肝っ玉母さんになっていて、寂しいやら嬉しいやら。俺に対しては昔と変わらず、素直に感情をぶつけてくるかわいい嫁さんなのだが。


 一方テシュミは糸紡ぎ、布作り、それから巫女としての作法指導がメインになっている。働くお母さんだな。

 糸や布に関しては家でもできるので、そちらをやる場合は家にいるが、アサモリ一族に関わることとなるとガッタマの下へ向かう。


「ようやく踊りを教えられるとこまで来たんです」

「そうか。遂にというか、やっとというか……」


 途中まで腕を組んで歩きながら、そんな話を交わす。


 麻と共に祭祀を司るアサモリ一族には、合流当時テシュミ以外の女がいなかった。女には儀式の中核となる、神の言葉を聞くという役目があるにもかかわらずだ。

 このため、唯一女の生き残りとして巫女の役目を持っていたテシュミは、十年経った今でも現役の巫女である。後継者不足のお手本みたいな状況だ。


 十年が経って、ガッタマ一家を始め何人か女の子が生まれた家があるので、後継者ゼロというわけではない。

 しかし十年前に合流してから生まれた彼らの子供は、八歳が最年長。まだまだテシュミの現役は続くだろう。


「ほな、私はここで」

「ああ。ガッタマによろしく言っておいてくれ」

「はいな、わかりました」


 アサモリ一族がまとまっている区画でテシュミと分かれる。彼女ともキスを交わして、お互い背中を向けあった。


「さて今日は……」


 とつぶやき歩き始めたところで、後ろから走る音が二つ聞こえてきた。

 今日も来たか。


「とーうさーん!」

「来たです」

「はいはい……来ると思ってたよ」


 左右から挟み込む形で、二人の子供にまとわりつかれた。


 右から俺の腕に自分の腕を絡めるのは、先ほどメメにしこたま怒られていたチハル。既に怒られていたという事実は遠い過去にふっ飛ばし、太陽のような笑みを浮かべている。


 対して、左から遠慮がちに俺の服の裾を握るのは、我が家の第二子。次女のソラル空瑠だ。こちらはチハルと正反対で、大人しく物静かな娘である。


 二人がずっと俺をつけてきていたことは知っている。というか、いつものことだ。

 それでも俺が一人になるまで出てこなかったのは、子供たちなりの配慮らしい。


 いわく「ふーふのじかんはじゃましちゃだめ」だからということで。

 家族が増えるごとに夫婦の時間が減っていることは事実なので、子供たちの配慮は素直にありがたかったりする。


「よいしょっと」

「わーい!」

「おー」


 そんな健気な二人を同時に抱き上げる。いくら俺が非力とはいえ、腐ってもアルブスの男。女の子二人を一緒に抱き上げるくらいは朝飯前だ。


 が、持ち上げられた勢いのまま、チハルが俺に頬ずりしてきた。まったく自由気ままな娘である。

 そんなチハルを、反対側からソラルがぺしりと叩いて制した。


「ちぃ、今日はダメです」

「えーっ、なんでー!?」

「めーのお母がさせるなって言ってたです。おしおきです」

「そんなぁー!?」


 大口を開けて、チハルが大きくのけぞった。


 っとと……最悪落としても大丈夫だとはわかっているが、俺にも父親のメンツというものがある。気合でバランスを取り、チハルを落さないことに成功する。


 しかし……どうやらチハルには、今日一日俺へのべたべた禁止令が出ているようだ。メメのやつ、しっかりしてるな。


「……だからソラがするです」


 今度はソラルが頬ずりしてきた。チハルほど猛烈ではなく、そっと寄せる程度ではあるが。

 この辺りは二人の性格の差だな。


「あーっ、ずるいー! ボクもー!」

「ダメなのです、今日はソラだけの特権なのです」

「ぅあうー!」

「おわぁっ、チハル、暴れちゃダメだ!」

「だってぇー!」

「今日のはお前が悪いって朝も言っただろうに……」

「……はぁい……」


 俺が言うと、この世の終わりでも迎えたかのような顔をしてしょんぼりと肩を落とした。

 に涙がうっすらと浮かぶが……ここで甘やかしてはいけない。おしおきにならないし、何より後で俺がメメに絞られる。


 やれやれと俺はため息をつく。


 その左隣では、ソラルがを輝かせて、静かにドヤ顔を決めていた。



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 チハルとソラル。我が家の長女と次女だが、実は誕生日は同じ四月二十七日だ。一時間ほどの差でチハルが先に生まれたというだけであり、二人はほぼ双子のようなものだ。背丈も同じくらいだし。

 とはいえそれぞれの母親は違うので、厳密には双子ではない。それでも一緒に育った二人はいつも仲良しなので、俺は双子扱いをしている。


 ただし、二人は色んな面で正反対だ。


 チハルはテシュミが産んだ子である。性格だけを見るとメメの子に見えなくもないが、違う。

 顔立ちは俺寄りらしいのだが、テシュミにも似ている。また、ウルフカットっぽく整えている髪は烏の濡れ羽色、日焼けではない褐色の肌は、黒アルブスであるテシュミ譲りだ。


 ただし、まるで宵闇を照らす炎のような真っ赤な瞳は、誰にも似ていない。

 テシュミ譲りなら黒に、俺譲りなら青に……あるいは混血によって、茶あたりになると思うのだが。初めてチハルの目を見たときは、度肝を抜かれたものである。


 一方のソラルは、メメの子になる。こちらも物静かな性格だけを見たらテシュミの子のようだが、違う。

 彼女も顔立ちは俺寄りらしい。ただし、その目元はメメに瓜二つである。髪をシンプルに後ろで一本の三つ編みにまとめているので、メカクレではないが。


 だが、その色はメメとは異なる。俺とも違う。両親が共にアルブスなので、目が青いとだけ言えば何が違うのかと思われるだろうが、ソラルの目はもっと鮮やかな青をしているのだ。

 初めてソラルの目を見て俺が抱いた印象は、宇宙から見た地球の青だ。ガガーリンが「青かった」と述べた、あの地球の色に思えたのである。

 髪の色は俺たちと同じ金色なのだが……こちらも一体誰に似たのやら。


 ともあれ、そんな二人の名前はまさにこの瞳の色に合わせたものなのだが、その後続いた子供たちも同様の特徴を持っていた。

 おかげで三人目以降の命名にものすごく困ることになったのは、ここだけの話だ。


 そう、俺の子供はみな共通の特徴を持つ。

 メメから生まれた子はアースブルー、テシュミから生まれた子はファイアレッド、という特徴だ。そこに男女で差はない。


 なぜこんなことが起きたのかあれこれ考えたが、明確な答えは十年経った今も出ていない。

 ただ、色々と奇妙な能力を与えられた俺の血を引いていることが原因なのは、疑いようがない。

 俺自身の目は普通のアルブスと同じなので、百パーセントとは言いづらいのだが、ほぼ間違いないと思う。


 そして俺の奇妙な能力に由来するだろう遺伝は、まだ二つある。


 一つは、子供たち全員がクソほど健康だということ。

 この十年であのバンパ兄貴ですら数回体調を崩したというのに、我が家の子供は六人とも生まれて以降、一度足りとて病気を患ったことがないのだ。


 これは原始時代はおろか、二十一世紀だとしてもありえないことだ。普通子供は、必ず何かしらの形で体調を崩す。体力も免疫もないのだから。

 しかし我が家の六人は違う。全員ド健康だ。おかげさまで子供を失うという悲しい経験はせずに済んでいるが、これは明らかに尋常ではない。


 おまけに、何かと怪我が絶えないはずの子供たちの怪我を見たことがほとんどない。見たとしても、次の日には完治している。

 だからこれらの健康っぷりは、俺の超健康チートを受け継いでいると見ていい。まさにチートである。


 そしてもしも俺のチートを完全に受け継いでいるのだとしたら、子供たちの体液も万能薬として作用する可能性は極めて高い。子供の血を抜くなんて怖くて試せていないが、俺と同じならまず間違いない。

 この事実は、血液などを薬として求めるものを生み出し、最終的に俺の子孫が狩られるという危険性もはらんでいる。だから絶対に誰にも言うなと厳命してある。


 まあ、子供にそうした約束を順守することを期待するのは半ば無意味かもしれないが……。

 それよりももっととんでもない遺伝がある。


 三つ目……俺由来と思われる最後のトンデモ遺伝は――。


「大体、ソラはずるいんだよ! ソラだってしてるのに、なんでボクばっかり怒られなきゃいけないのさ!?】

「ちぃはおバカですね。ソラはお父たちのためにしか魔術は使ってないのです。なんでもかんでも、いつでもどこでも使っちゃうちぃとは違うです」

「なにさー! バカって言うほうがバカなんだからなーっ!」

「ソラはホントのことを言っただけなのです。真実はいつも一つなのです。えっへん」

「もー、そうやっていっつも頭いいですアピールー! そういうトコもずるいよー!」


 ――魔術だ。

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