第58話 新しい朝(第二部エピローグ)

 おはようございます。


 と言っても、外はまだ明るくなっていない。彼方に太陽が顔を出したところ、くらいの時間帯だ。

 時期が時期なので、朝の五時半くらいかな?


 その分だいぶ冷える。こんな朝は目覚ましに熱いシャワーでも浴びたいものだが……まあ、無理だな。

 とりあえずまだ起き出すには早いし、身体も暖まっていないから、動くのが億劫だ。しばらくはごろごろして、朝特有の気だるさに身を任せていたい……。


 のはやまやまなのだが、群れのみんなが起き出してくるまでに水浴びに行きたい。それも可及的速やかに行きたい。


「……やりすぎた」


 天井を半目で眺めながら、俺は左右に目を向けた。


 両隣りには、メメとテシュミがすやすやと眠っている。

 ただし、二人の姿は乱れに乱れたままだ。服は遠くにはねのけられているし、髪も千々ちぢに乱れたまま顔に張り付いている。


 そこはまあ、まだなんとか許容できないこともない。


 問題は、彼女たちの身体のあちこちに浮き出た内出血の跡と、下半身を中心にこべりついている白い何か(あくまで何かと言い張る)だ。

 こんな状態で人前に出るのは、いくらなんでも恥ずかしすぎる。


 早く身体を洗ってあげたい……のだが、竪穴式住居に備え付けの風呂などあるはずもない。そのためには川へ行くしかないのだ。

 やはり風呂の整備は喫緊の課題だなと、つくづく思う次第である。


 ……いや、うん。取り繕ってみたけれど、何も上手くなかった。我ながら本当にやりすぎたと思う。


 ただ言い訳をさせてもらうと、例の超回復力が夜の運動会にまで適用されたせいなんだよ、これは!


 普通何度もハッスルしたら、体力どうこう以前に身体のほうが音を上げるだろう? こう、接触部がこすれすぎて、炎症を起こすじゃないか。最悪擦過傷になって出血するくらいにまでなってしまうじゃないか。


 しかし俺の身体は、大抵の傷は一時間も経たずに全部治る。

 これが夜の運動会にまで適用された結果、こすれあうことで生じる身体の不具合が、一戦終えた端から治っていったんだよ! 今までで一番目を疑ったわ!


 おまけに白い選手(隠喩)もまるで途絶えなくて、何が何だかって感じだった。普通の人間ならどんなにがんばってもせいぜい一日三回、四回くらいが限度(しかも相当時間を置いて)なのだが……。

 まるでソ連兵のごとく次から次へと補充されていたようで、一向に収まりがつかなくてな? 何回出場させても、全然薄まらなかったんだよ。


 そんなところの回復力は別にいらないよ! エロゲーの主人公じゃあるまいし! 神は俺の身体に何を求めているんだ!

 もしも俺の超治癒力が体力そのものまで回復していたら、危うくオールナイトしていてもおかしくなかったぞ!?


 ……話を戻そう。


 極めつけは、メメたちである。


 いや、俺だけ元気だったとしても、彼女たちのことを考えたらそうそう何度も決戦を挑むわけにはいかないだろう? ただでさえ彼女たちは小さいのだし、無理をさせるわけにはいかないのだから。

 俺と接触する大事なところなどは特に、こすれ続けることでやはり擦過傷になってしまいかねない。遅漏が問題視されるのは、女性側にもそういう懸念があるからだ。


 だというのに、メメたちにはそんな傾向が一切見られなかったのだ。彼女たちの身体も、俺と同じで戦闘を終え次第治っていると見て間違いなかった。


 この事態から導き出される答えは一つしかない。


 俺の血液に他人を治療するトンデモ効果があることは既に発覚していたが、血液以外でも同様の効果がある!

 要するに、俺の体液全般がエリクシール級の万能薬!

 そうでもなければ、メメたちの身体が連戦に耐えきれるはずがない!


 つけ加えるならば、この治癒効果は現状、経口摂取がもっとも効果が大きいと思われる。


 なぜならキスマークこと、吸引性皮下出血が治っていないから!


 以前俺の血を飲んだテシュミは、ほぼ一瞬で麻の陶酔効果から完全に解放された。このことから、俺の血液は怪我のみならず、体内にも効果があると見ていい。

 しかし俺の万能薬(隠喩)を注いだはずの二人から、キスマークは消えていない。かなり大雑把な分類だが、内出血も体内の症状なのに。


 俺が一戦するたびにメメたちの体内に注入していた万能薬(隠喩)は、あの場所を治療していた。それは間違いない。

 それなのに内出血に効果がなかったのは、体液を身体に塗った場合、単にその範囲の外傷のみが治癒するのだろうと見た。


 以上が、俺の体液が万能薬であり、かつ経口摂取が最も効果が大きいと思う根拠だ。

 まあ、体液によって効果に差があるという可能性も、まだ否定はできないのだが……。


 ……バカか!? バカなのか、この能力をつけた神は!?

 一体何を考えているんだ!? マジで俺に一体何を求めているんだ! わけがわからないよ!!


 いや確かに、夜のテンションと、今まで抑え続けていたタガが外れたせいで、そのときは深く考えられなかったのだけども。

 おかげさまで白い万能薬(隠喩)が入りきらなくなったくらい、体力が尽きるまで大ハッスルさせていただきましたけれども。

 どうかと思いますよ、こういう能力。どこのどういう神の仕業か知らないけども、過ぎたるはなお及ばざるがごとしと言うじゃないですか。


 ……絶対崇めてやらないからな!


「……賢者モードがつらい」


 普段の思考力を取り戻した今、本当にやりすぎたと思う。あまりにも野性を大解放しすぎた……。


「ん……んぅー……」

「ぁー、うー……」


 しばらく心の中で頭を抱えていたが、やがてメメとテシュミも目を覚ましたようだ。

 もぞりと動いて、顔が持ち上がった。


「……おはよう」

「……んむぅー、おはようなのじゃよー」

「……はいなぁ、おはようございますぅ」


 とりあえず声をかけたのだが、返事と共にのそのそと両側から抱きつかれた。二人の柔らかい頬が、俺の顔をサンドイッチする。


「……んへへぇ。昨夜は楽しかったのじゃ」

「私もですー」

「子作りは基本痛くて耐えるものってサテラのお義姉に聞いておったんじゃけど、あんなに気持ちいいもんなんじゃなー」

「その分ぎょうさん恥ずかしかったですけどねぇー……」


 脱力した様子で笑いあう二人。完全に打ち解けたらしい。


 まあ、昨夜の運動会のさなかに二人の体力が俺についてこれなくて、「一人では俺を満足させられない」という理由で両者妥結した結果なのだが。

 理由はどうあれ、和解できたのはいいことだ。二人が左右で、文字通り俺の両輪になってくれるならこんなに心強いことはないし。


 さすがにあんな大ハッスルは今後するつもりは、もうないけどな……。


「……とりあえず、さ。みんなが起き出してくる前に身体は洗っておいたほうがいいと思うんだが、どう思う?」

「んあー、確かにそうじゃな……なんか、アレが乾いて肌にくっついたままじゃし……」

「そですねぇ、これで人前に出るんはちょっと……」

「水は冷たいだろうけど、ここは我慢するしかないな……」

「こういうときにあったかいフロを使うんじゃよな? ギーロはやっぱり頭いいのじゃ!」

「ほんまに。これを見越してはったんですねぇ」


 ……違うよ?

 こういうとき以外にも、風呂は使うからな?


 というか、持ってもいない神算鬼謀を絞り出してまで、そんな方面に発揮したくないよ!


「……川まで行こうか」

「おっけーなのじゃよー!」

「はいなぁ、お供しますー」


 俺がため息をつきながら身体を起こせば、ぴたりとくっついたままの二人も連動して起き上がった。


 とりあえず申し訳程度に服を身に着けると、三人揃って家の外に出る。


 すると太陽は高くなり始めていて、既に数人くらいが家の外に出てきている姿も見えた。

 これは急がねばなるまい。目撃者はできる限り減らさなければ……。


「ちょっとギーロ! 昨夜メメコちゃんとテシュミちゃんの悲鳴すごかったけど、何してたの!?」

「違うんだサテラ義姉さん! それは誤解だ!!」

「返答次第では、わしはお前さんを殺さねばならんッ!」

「違うんだって爺さん! マジで! 頼むからその丸太を置いてくれ!!」


 ダメでした。


 義姉さんとディテレバ爺さんをどうにか振り切ったあとも、そしてなんなら身体を洗い終わって戻ってきてからも、顔を合わせるすべての人間に結構な勢いで咎められ続けた。

 どうやら昨夜一晩中、メメとテシュミの嬌声が群れ全体に鳴り響いていたらしく、大半の人間に筒抜けだったらしい。そういえば、防音設備なんて欠片もありませんでしたね竪穴式住居。


 前世であれば「ゆうべは おたのしみでしたね」で済ませてくれたのだろうが、彼らは俺が敢行した二十一世紀の性行為を何も知らない。だからこそ、嬌声を悲鳴と勘違いしたのだ。

 知識がなければ、行為中の声は確かに悲鳴に聞こえてもおかしくない。前世でも、事情を知らない子供にアレを見られた場合はそういう風に思われるとも聞いたことがある。それを考えれば当然だろう。


 そしてさらに運の悪いことに、メメたちの全身に残るキスマークも、何か痛いことをした形跡と見られたのが痛い。

 キスマークは知らずとも、あざは原始人でも知っている。理屈は知らずとも、それがどうしたときに起こるかは経験則で理解されている。そこに前述の嬌声への勘違いを加味すれば、彼らの俺に対する見解は一つにしかならない。

 すなわち物理的な虐待である。もちろん合意の上だったからにはそんな事実はないのだが、状況証拠は完全に俺を悪者に導いている。泣きっ面にハチとはよく言ったものだ。


 結果として俺は、アダムたちも含めたほとんどすべての群れの人間に対して、夫婦の情事を事細かく説明するという拷問を科せられる羽目になった。

 これほどつらい拷問を、俺は他に知らない。冗談抜きでいっそ殺せと思う。

 同時に俺は、この世にあらざるド変態扱いを受けることになった。恥ずかしい思いをこらえて説明したのに、この仕打ちはあんまりだ。


 ――やっぱり、あの神とか言うやつは絶対に崇めてやらないからな!


 原始時代の秋。俺はその叫びを心に深く刻み込んだのだった。



――第二部「千客万来」終わり


――第三部「幻想の萌芽」へ続く

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