第45話 ギーロ君の憂うつ

 群れへの復路もいよいよ終わりが見えてきた。

 ほぼ男だけで強行軍の移動をした行きと違って、今は女も結構いるから行きよりも時間がかかっている。が、それは仕方がないことだ。


 だがそれとはまた別の方向で、俺の足取りは重い。

 理由なんて言うまでもない。メメとテシュミのことだ。


 一応、あの日以来今日まで、数日をかけて俺は俺なりに、自分の気持ちに折り合いをつけた。

 俺はロリコンではないので、彼女たちを真実愛してやれるかどうかはわからないが、それでも託されたからにはそれなりの対応はするべきだろう、と。


 今までしていなかったのかと言われれば、まあ、そうだと言えてしまうくらいにはしていなかったと思う。

 周りからはしていたように見えたかもしれないが、心の部分では大雑把に思っていたのは事実だ。

 また、ディテレバ爺さんに対する義理のような気持ちがあったことも、俺自身認めるところである。


 ただ、まあ、なんというか。この間、メメの泣き顔を見て、「見た目がもっと大きければ文句はないのに」と思ってしまったことは、言い逃れできない事実なわけで。

 その感想は言い換えれば、見た目以外の性格その他は問題ないと言っているも同然なわけで?

 であれば、彼女との関係については、いい加減認めるべきだろうと思った次第で……。


 ……いやだって、あんなにまっすぐ好意を向けてくれる女の子にノーなんて、言えないだろう。常識的に考えて。


 重いと思わなかったかと聞かれれば、ちょっと思ったけども……。

 でもなぁ、恋愛経験が少ないからかなぁ。重くてもこれはこれでありって思ってしまったんだよ、俺……。だからこそ見た目以外はいいのに、なんて感想が出てきたのだろう、って……。

 あのときのメメにはそれだけの破壊力があったとも思うし……悔しいことに……。


 いやでも、それと彼女を抱けるかどうかはまた別の話だけどな?


 なぜなら俺はロリコンではないから。ロリコンではないんだ、本当に!


 だから、彼女の身体がどうこうではなくてだな……。彼女のことはもっとこう……男だの女だのという次元ではなくだな……。こう……プラトニック的な? そう言う感じの?

 恋人だの夫婦だのを超越した、何かこう……パートナー的な……。

 そういうのだといいんじゃないかな……とね……。思うに至ったんですよ……。


 思わざるを得なくなった、というのが個人的な感覚ではあるけどな……。


 で。


 それはともかくとして、とにかくちゃんと彼女たちに向き合わなければならないと思ったわけだ。

 なので、政治的な思惑が強かったとはいえ、テシュミのことも、任されたからにはそれには応えなければならないと思って、今は歩いているのだが……。


 メメが俺を取られてたまるかと攻勢をかけてきているので、どうしてもテシュミのために使う時間が取れないんだよな。

 なので目下のところ、メメのテシュミに対する隔意をまずはどうにかしないと思っているところなのだが……。


「わしが! わしが一番最初なんじゃからな! お前さんは後! そこんところちゃんと理解するんじゃぞ!」

『そうですね、メメコさんは偉いですねー』

「ふわあ!? なんでなでるんじゃ!? ええい触るなぁっ、わしをなでていいのはギーロとお父だけ……さ、触るなぁっ!」

『んー、いい子いい子ー』

「ギーロー! 助けておくれー!!」


 今日もメメが半泣きで俺の身体をよじ登り、いつものポジションに収まった。そして怯えた様子でテシュミを見る。

 一方のテシュミはというと、心底残念そうにメメを見つめている。


 当初のことを考えればだいぶ仲が良くなったように見えるが、これはテシュミが俺の意を汲んで……いるかはちょっとわからないのだけども。

 ともあれ、積極的にメメと仲良くしようと心を砕いてくれているからだ。


『どうして逃げられるのでしょう……? 私はもっと仲良くしたいのに……』


 それというのもこんな感じで、なぜかテシュミのメメに対する好感度がやたらと高いからなのだが。

 なぜだろうな? メメは最初からテシュミを全否定していたのに。


 一応、メメのほうもあれだけの拒絶反応を見せたのは最初だけだ。数日が経った今は、ご覧のように多少なりとも言葉を交わすようにはなっているのだが……。

 やはり彼女の中で折り合いはついていないのだろう。テシュミとは顔は合わせようとしないし、今のように自分が一番だ、先なんだと居丈高に接しようとしている。


 ただ、テシュミがそれを柳に風とばかりに受け流すので……、


「うう……この女怖いのじゃ……話がまるで通じんのじゃ……」


 むしろメメがコテンパンにされ続けている、というわけだ。なんだか構い倒された後の犬や猫みたいな雰囲気すらあるが……。


 ……まあ、テシュミのあれは受け流すというより、言葉がわからないままゴリ押していると言ったほうが正しい。

 よく言えば積極的にコミュニケーションを取ろうとしている、と言えるのだが……。


『ギーロさん、どうして私はこんなに怖がられているんでしょう?』


 ――それはひょっとしてギャグで言っているのか?


 相手に自分の主張が一切通らず、逆にまったく意図していないことを連発されたら、誰だって怖いと思う。言葉が違うって、そういうことなんだよ。

 サピエンスが何千年も悲しい歴史を積み上げてきたのは、こういうところに依るのだと思うよ……。


 なので、この二人には互いに言葉を覚えあってほしい。言葉がわかれば、人間は少しだけ前に進めると思うのだ。

 それができれば、少なくとも俺が心労を覚える頻度は減るはずだから……。


『……ということでな?』

『なるほど……言葉が違うというのは思っていた以上に大変なのですね』


 天然……というわけではない、んだよな?

 まだ彼女のことがよくわからない。


『あとはそもそもとして、メメは普段は目を開けていないんだ。それでも周りを把握する能力を持っているけど、これも常にやっているわけじゃないから。いきなり触られるとものすごくびっくりするんだ。だから彼女を触っていいのは、彼女がいいって言ったやつだけなんだよ』

『あ……そ、そうでしたか……それはごめんなさい』

「あ、謝ったって許してやらんのじゃからな!」


 ぺこりと頭を下げるテシュミに対して、漫画だったら後ろにムキーって擬音語を背負ってそうなメメ。


 それを見たテシュミは、直前のしおらしさを吹き飛ばして生暖かい視線を向けて微笑んだ。

 そしてそれを見たメメが、ドン引いて俺の後ろ頭にすがりつく。


 わりとここ数日で何度か見た光景だ。


『……お前も随分とメメを気に入ったもんだよな。何がそんなに気に入ったんだ?』

『え、だってメメコさんかわいいですよね。ギーロに一途なところとか、よく表情が変わるところとか、身体の動きとか、リキと一緒ですよね』


 たった数日で、新参のテシュミにそこまで思わせるとか……リキは相変わらずポンコツだなぁ。


 いや、役に立ってはいるんだよ? 夜間の周辺警戒では、何度も危機から救ってくれていると言っても過言ではない。

 ないんだが……なぁ。日ごろの行いがなぁ。


 しかしそれはともかくとしてもだ。


『最後のやつ、なんかおかしくない?』

『わかってもらえませんか……』


 テシュミがしゅんとするが、実のところわからなくはない。


『いや……正直ちょっとわかる……』

『本当ですか! やっぱりギーロさんは只者ではないのですね!』

『どうしてそうなった』


 わかるんだよ、うん。テシュミの言い分も、少しは。


 メメはなんというか……こう、人懐こい小型犬みたいな雰囲気がある。いつも俺のそばにいたいとは前々から言っているしな。大げさなリアクションが多い分、余計かもしれない。

 そういうところをかわいいと思ったことも、たくさんある。それ以外の部分でもメメはかわいいやつなので、そういうところも見てほしいけども……。


 そう、テシュミのメメ評は、なんというかペットに対するそれっぽいのだ。小動物を愛でる感覚、とでも言えばいいだろうか。そういう感情が見えるんだよなぁ。


 リキとメメが同列扱いな辺り、俺の見立ては間違っていないと思う。間違っていなかったとして、それはそれで三者三様にどうかとも思うけれども。


 特にテシュミ。かわいいの細かい定義や、愛という概念の細分化がほとんどされていない時代だから、俺以外の人間からは同性愛者に見られているんじゃないだろうか。


『え、いや、それはちょっとよくないです……』

『なんでお前がドン引いてるんだ』

『だって同性を愛するっておかしくないですか? 子供作れませんよ? そもそもナニするんです?』

『そういう神様もいたぞ?』


 ゼウスとか、ヘルメスとか、アポロンとか。

 ……ギリシャばっかりだな。それに男ばっかりだ。さすが元祖男色の国。


 いや、それは今は置いといて。


『……まさかギーロさんが神様に知識を授けられたのって』

『違うと信じてる』


 世の同性愛者の方々を悪く言うつもりは微塵もないし、存在を否定などしない。恋愛は種族や性別にとらわれるものではないと思うし、好きあっている者同士は結ばれるべきだとも思っている。

 だが、俺自身はあくまでノーマルだ。なので、自分がその対象になるのはちょっと遠慮したい。


 なので、転生者として選ばれた理由が男神に見初められて……だったとしたら、さすがに複雑な気分になる。


『それはともかく、テシュミは別に性愛の対象としてメメを見ているわけではないんだな?』

『それはありえません。ギーロさんに好き好きしてるメメコさんを見たり、ご機嫌斜めなメメコさんをなでなでしたり、それでうっかり反撃されてみたりするのは好きですけど』

『お前も生まれる時代を間違えた者だったか……』

『も?』

『なんでもない』


 バンパ兄貴は能力値的な意味で生まれる時代を間違えた逸材だが、テシュミは……なんというか、性癖が複雑すぎるわ。絶対この時代じゃ理解されないと思う。未来に生きているよ、こいつは。


『しかしギーロさん』

『なんだ?』

『私の同性愛疑惑を消すためにも、力を貸していただけると幸いです』

『……それってつまり、そういうことだよな……』

『大丈夫です、自分の立場はわかっていますから。私はメメコさんが孕んでいる時の代わり、くらいに思っていてもらえれば十分なので』

『理解がありすぎるのもそれはそれで怖いんだよなぁ!?』


 そんなものみたいな扱い、できるわけないだろう!

 できるなら最初から二人の扱いで困っていないよ!


「むー、いつまでその女としゃべっとるんじゃ……!」

「痛い痛い」


 ぺしぺしやめい。


 …………。


「わ、わかった、わかったから。今度はメメの番な。しばらくお前しか見ないから」

「ずっと!」

「……そうしてやりたいのはやまやまなんだが……いった、こらやめろ、髪を引っ張るな! 長老みたいになるだろ!」

「ばかぁっ!」


 いや本当、俺はどうすればいいんだろうね?

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