第44話 ヤンデレの合法ロリに死ぬほど愛されて眠れない原始時代

 俺たちホモ・アルブスは雌雄間の肉体的差異が大きい。以前(第三話)少し話したことがあるが、性的二形という現象だ。


 具体的にどういう差異があるかはもはや言うまでもないが、それでも言うと体格である。

 男はでかけりゃ世紀末覇者、標準で世紀末救世主な体格だが、女となると合法ロリと言うべき小さな体格ばかりだ。

 サピエンスのロリコン諸氏には大歓迎な種族だろうが、実はこういう生態を持つ生物はさほど珍しくない。


 具体例を挙げるならば、霊長類ではないのだがゾウアザラシがいい例だと思う。雌雄間の体格差は実に平均二メートルである。

 これをそのまんま強引に俺たちに当てはめると、女の体格が男の約半分程度ということになる。うっかりサピエンスの基準で見た場合、ロリコンどころの騒ぎではない。もっとヤバい何かだ。ゾウアザラシの見た目が人間に近かったら、サピエンスが黙っていないだろう。


 おまけにゾウアザラシは、ハーレムを形成する。一匹のオスが、大勢のメスを抱え込んで繁殖を行うのである。ゾウアザラシの見た目が人間に近かったら、サピエンスがマジで黙っていないだろう。


 この生態は、ゾウアザラシの生存戦略が一夫多妻制であるために、結果として性的二形が発達、確立したと言われている。

 つまり彼らのオスは、自らの子孫を確実に残すために、メスを囲い込んだうえでライバルとなる他のオスを排除する。そのためにオスは強く大きくなっていった……と考えられているわけだ。


 もちろん、一夫多妻制だと絶対に性的二形を発現するわけではない。逆もまたしかりだ。

 仮に性的二形が発現したとしても、それが体格の問題ではない生物も多いしな。羽根の色合いが雌雄で異なるインドクジャクなどはまさにその好例だろう。


 なので、今まで俺が長々と述べたことは、あくまでそういう傾向が地球の生態系には起こりやすいというだけの話だ。


 のだが……実のところ、アルブスはゾウアザラシと同じ理由で同じ進化をしてきた生物だと思う。

 だって、アルブスって基本的に一夫多妻制だし……。


 もちろん兄貴のように一夫一妻を通すペアもいるが、それはごく少数。普通は強い男が複数の女を抱えていて、男の大半は伴侶がいないのである。

 この辺りのことは以前触れた(第十話)が、どうやらこの形態は黒アルブスも同様らしい。


 つまり何が言いたいかというと、アルブスおよび黒アルブスでは、ハーレムがわりと普通! ということだ。


 なので、テシュミ……ガッタマの妹も、傍目から見て明らかに嫁がいる俺に嫁ぐと言われても、問題視しなかったのだ。実際、テシュミ側に特に不満はないらしい。

 むしろ群れに多大な貢献をしている、神に愛された者ス・フーリなどと呼ばれている人間が一人しか女を囲っていないという状態は半ば異常事態なんだとか。


 しかしこれに真っ向から異を唱える人物がいる。

 メメだ。


「いやじゃ! ギーロはわしの夫なのじゃ!」


 と、いう趣旨のことを叫びながら、俺から離れようとしない。

 そして索敵時以外はいつもの肩車をせず、俺の腕の中に納まっている。この状態で、俺の隣に寄り添って歩くテシュミをずっと睨んでいた。


 知らないうちに地雷を踏み抜き、俺に二人目の嫁がいつの間にかできた夜から明けて今日。道中ずっとこんな感じである。


「わし以外の女なんて見てほしくないのじゃ! ずっとわしを独り占めしてほしいのじゃ!」


 内容を聞いていると、どこからどう見てもヤンデレの発言です。本当にありがとうございます。


 ……なんて言えるのは、蚊帳の外にいる人間だけだ。当事者の俺にしてみれば、白目の一つや二つ、剥きたくなるというものである。


「うん……お前の気持ちはよくわかる、よーくわかるぞ」


 と言うのが俺の精一杯だ。


「じゃあ断っとくれ! 二人目なんて必要ないじゃろ!?」


 まあ、なんて返されるのがオチなのだが。

 言わなかったら言わなかったで咎められることは明白なので、言わないよりは言ったほうがいい。


 俺個人の意見を言っていい状況なら、堂々と「その通りだ。安心しろ。俺はお前しか愛さない」と言ってやるのだが。

 あ、いや、これ以上の嫁はいらないって言うための方便だからな? 本当だぞ? ダチョウさんのクラブじゃないぞ!


 ともあれ、あいにくと麻と引き換えである以上、俺にはテシュミを断ることができない。

 それに何より、今後アルブスと黒アルブスがうまいことやっていくためには、融和の証は必要になる。そういう意味でも、この結婚話は断れないのだ。

 まあ、群れに戻ったあとで他の部族の人間や長老たちから勝手に話を進めるなと怒られる可能性が高いが……どうあがいても麻の重要度が高いので、怒られるくらいどうということはない。メメのヤンデレ発言のほうがよほど俺には効く。


 ……と、俺の冷静なところは意味を理解しているのだが、感情の部分は受け入れられていない。様々な場面で何度も感じているが、こういうときはやはり俺の精神が日本人なのだということを実感するよ。


 もちろん、メメは俺以上に受け入れられないのだろう。日ごろから子供のように天真爛漫な彼女が、盛大に取り乱して泣いているのだから相当だよな。

 いやー……冷静に目的などを説明するタイミング、取れるだろうか……。


「うぅ~、ギーロぉ~ううぅぅ~!」

『あのー、私はどうしたら……』

「どうしような……本当、『どうしような……』


 なぜこんなことになってしまったのかと言えば、メメの能力そのものである目、そして彼女が育った環境が関係している。と思う。


 既に誰もが知る通り、メメは超視力という破格の能力を持つ。このため、彼女はその力が発覚してからというもの、他の人間とは違う環境に置かれていたのである。

 おまけに、メメは超能力者をかつて稀に輩出していた(第十二話参照)ディテレバ爺さんの血筋にあって、何十年かぶりに生まれた待望の能力者だった。

 さらに言うなら、メメは末娘だ。爺さんからは本当に、大事に大事にされて育ってきたわけだ。

 つまり箱入り娘だな。おかげで、アルブスの常識とあまり接する機会がなかったのである。


 これは俺が推進している新しいものを受け入れる土壌になったが、同時にうちに来てからの環境が、そのままメメの常識として刷り込まれることにもなったのではないか? と俺は睨んでいる。


 何せ、メメは俺と一緒に住んでいるのだが、その俺はバンパ兄貴の家に居候しているのだ。

 そしてバンパ兄貴は、アルブスでも稀な一夫一妻の身。俺もまた、兄貴とは違う理由でメメ以外の女には見向きもしなかった。

 彼女に近しい男は他にもいるが、爺さんは少なくともうちに来てからは独り身で通しているし、ロリコン三人組などお察しである。


 結果として、メメの中には「男女の関係とは互いに一人ずつをパートナーとするもの」という認識ができてしまっているのではないだろうか。


 ……と、言うのが俺の推理だ。我ながら名推理だと思う。じっちゃんの名に懸けてもいい。


 まあ、だからどうしたと言われれば、どうにもできないのだけれども。こんなもの、ある種の思考実験みたいなものだ。

 要するに、現実逃避である。


『……お前の嫁はすごいな』


 ガッタマが現れた!


『出たな元凶。……は、さすがに冗談だが。俺も想像以上で正直驚いているよ』

『そんなにか。そもそもできる男は大勢の女を持つものだろう? なぜ彼女がそれを受け入れられないのかが俺にはよくわからないんだが』

『それはもう個人の価値観が違うとしか言いようがないな……。メメにとっての恋愛は、男と女が一対一でするものなんだよ』


 と、俺はここで言葉を区切った。

 そして迷ったが……言うことにした。


『ついでに言えば、俺もそういう感覚が強い。群れの中では少数派だということはわかっているが、俺にとって男女の関係は一人と一人のものなんだ。積み重ねてきたものもある』

『バンパも同じことを言っていたな……なるほど兄弟だよ、お前たちは』


 メメへのリップサービスを口にした俺に、ガッタマは苦笑で返してきた。ついでに困った様子で後ろ頭をかく。


 ちなみに今話に上がった兄貴は、この件に関しては頑なに無言を貫いている。

 まだ族長にはなっていないということ、さらに名目上は俺が既にカリヤ一族ではないということもあるが、やはり一夫一妻を貫いている身としては口を出しにくいのだろう。

 兄貴から見た俺は、極度の愛妻家らしいのだ。同じく一人の女を愛する身として、思うところもあるようだ。


 ……そのギーロは誰だろうな? 知らないギーロだ。

 俺はそんないいものではないのに。爺さんが怖いから、表面上かまってやっているだけで……俺は別に、こんな小さな女を好きになったつもりなどは……。


「ギーロぉ……ぎゅってしてぇ……」

「まったくもう、今日のお前はしょうがないやつだな」

「だってぇぇ……」

「はいはい……これでいいか?」

「ううぅぅー……ギーロぉ……すき……あいしてる……」


 涙でぐずぐずになった顔を、俺の胸元にこすりつけてくるメメ。同時に身体全体もだ。まるでマーキングだよ。


 ……だから、な? 日本語でそういうことを言うのはやめてくれっての。

 そんなつもりはないんだぞ。ないはずなんだからな、俺は。


「はあ……やれやれ……」


 空いた手でメメの頭をそっとなでる。原始人とは思えない、さらっさらの金髪が俺の指先を優しくくすぐってきた。


 ……はあ。

 これで、もっと見た目が大人(サピエンス基準で)ならな。俺もお前に文句はないんだけどな……。


『…………』


 で。


 な? テシュミさん?

 色々と思うところはあると思うが、あまり俺たちを凝視しないでほしい。


 別に君のことが嫌いだというわけではないんだ。本当だぞ?

 色が違うとはいえ彼女もアルブス、見た目はやはり原始人とは思えないほど整っている。見た目が日本人に近いこともあって、四十八人のアイドルグループにいても何の違和感もないレベルだ。


 ただ残念ながらこの子、メメより小さいんだよ。百三十センチは絶対ないと思う。もちろん胸も。だからアイドルグループというよりは、Eがつくほうの公共放送のテレビ戦士のほうが似合っている。

 これでも種族としては平均的なのだが、やはり俺にはこの子を女と見るのはかなり難しい。どうしても子供に見えてしまうんだよな。


 あとはやっぱり、昨日会ったばかりだからな……。

 一目ぼれでもしない限り、人間はそこまで初対面の人間には心を開けないものだ。


 いやまあ、世の中には確かに、まったく心の垣根を感じさせず、また感じることもなくコミュニケーションを取れる人もいるけども。ああいうのは一部の例外だよ。


「……もーっ! なんでそっちばっかり見るんじゃ! ギーロのばか! ばかっ! ばかーっっ!!」

「いって!? いた、こらメメやめろ、ひっかくな! かみつくのもダ……アーッ!? やめぇい!」


 横目にチラ見するのもダメなんですかメメさん!

 傷がすぐ治る謎体質の俺だけど、怪我したときの痛みは普通にあるんだぞ! 暴力反対! 平和的に言葉で解決しよう!


『……かわいい』


 このとき、テシュミはそんなことをつぶやいていたらしい。

 ただ、残念ながらメメの対応に追われていた俺は、このことには一切気づかなかったのである……。

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