第42話 白くないアルブスたち

 事切れていた男を埋葬し、飯を振る舞い、全員が落ち着くまでには結構な時間を要した。

 とりあえず細かい話は全部明日にして、今はとりあえず複数焚いた火を囲み、休むことになった。

 もちろん、あのトラが戻ってきたら危ないし、他にも危険はある。いつもなら一人二人で済ませていたが、今回は人数も多いことだし、三人ごとに不寝番を立てることになった。


 で、俺は今、メメとバンパ兄貴、そしてガッタマの四人で最初の不寝番として、火を囲んでいる。


 三人じゃなかったのかと言われれば、仕方ないと答えるしかない。メメに戦闘能力は期待できないからな。

 しかし会話要員としては重要だ。会話がなかったら寝てしまいかねない。


 そして誰だ? と言われそうだから紹介しておくが、ガッタマとは先ほど俺に攻撃をしかけてきた男だ。あれ以降、彼を中心に話を進めて今に至る。

 さすがに今はだいぶ落ち着きを取り戻していて、俺たちと会話できるまでになっている。


 そしてこうやってガッタマと向き合っていると、やはり彼らが俺たちとは同じだけれども異なるということがよくわかる。


 身体の特徴は大体同じだ。

 たとえばサピエンスとは明らかに違う、尖った耳。これは俺たちとまったく同じ。

 顔立ちもみんな、原始人とは思えないくらい整っているし、体毛も手入れがされているとしか思えないくらいに薄い点は共通している。


 だが、色の違いはかなり明確だ。彼らの髪の毛はみんな黒、瞳も黒なのだ。肌の色も褐色である。

 金髪碧眼に、雪のような白い肌を持つ俺たちアルブスとは、反対と言えるくらいに異なっている。


 俺たちの種族は、その外見から白いという意味のアルブスと名づけた。同じ規則で名づけるならアドゥストゥスとすべきなんだろうが……ぶっちゃけ長くて面倒だ。

 黒アルブスでいいかな? 矛盾しているかもしれないが、こっちのほうが言いやすいし……。


 あ、ちなみに男女の性差もアルブスと黒アルブスは共通している。男はみな筋肉モリモリマッチョマンだし、女は合法ロリだ。

 これだけ一致するのだから、俺たちと彼らは恐らく同じ種だろう。遺伝子の差はそれこそ、コーカソイドと……色合いから言ったら、モンゴロイドか。それくらいの違いしかないと思われる。


 しかし……俺は残念だよ。少しは期待していたんだがなぁ。現実は残酷だ。なぜ俺の前には合法ロリしか出てこないのか。何か呪われているのだろうか?


 おっぱい……おっぱいをください……。死にそうな人がいるんです……。


「よしよし、お疲れ様じゃよギーロ」

「……ありがとうな」


 悶えていたら、メメによしよしされた。嬉しくないわけじゃないんだが、俺は幼女にバブみを感じてオギャりたいわけではないんだ……。


 まあいいか。


 俺はそのままメメを膝の上に抱きかかえると、彼女のもちもち素肌をぷにぷにして気を紛らわせる。

 メメがくすぐったそうに身じろぎして、くすくすと笑った。


『仲がいいんだな』

『まあ、そりゃあな』

「ギーロ、今なんて言われたんじゃ?」

「仲がいいなって」

「じゃろー! 夫婦じゃからな! わしら、夫婦じゃからな!」

『彼女は何と?』

『夫婦だからな、って』

『そうか。ははは、いいな。羨ましい』


 静かに笑うガッタマの顔には、はっきりとした憂いの色があった。

 だが、彼は顔がいいからその様が妙に絵になっている。イケメンの特権だな。


 いや、アルブスになった今、俺も前世基準ではイケメンに分類されると思うが……黒アルブスの顔って、俺たちとは方向性が違うんだよ。

 俺たちがサピエンスで言うところのヨーロッパ系の顔立ちをしているのに対して、彼らの顔は東洋系なのだ。それも、どことなく前世の日本人を髣髴とさせる。

 だからだろうか。俺にとって彼ら黒アルブスの顔は、懐かしい顔に見えた。


 俺が人知れず郷愁を覚えていると、兄貴が口を開いた。


「……なあガッタマ、お前たちの群れはこれで全員か? もしまだ他にもいるなら明日以降、合流してから動くのも手だと思うんだが……」

『いるにはいるが、こっちに逃げてきたのは俺たちだけだから……これ以上気を使ってくれなくて大丈夫だ』

「そう、なのか?」

『ああ……。天の火が落ちたあと、俺たちはいくつかに分かれて別々の方向に逃げたんだ。太陽が昇ってくるほう、太陽が沈んでいくほう、太陽が通らないほう……』


 念のために言っておくが、兄貴は普通に会話できているわけではない。ガッタマのほうも、兄貴が何を言っているかはわかっていないだろう。

 つまり俺が常時通訳を挟んでいるのだが、そんなものをいちいち描写していたら文字数がとんでもないことになるからカットな。メタな話であれだが。


 話を戻そう。


 つまりガッタマの群れは、あの隕鉄落下事件のあと東西、それと北に分かれたわけだ。

 しかしメメの観測では、当初ガッタマたちの群れは六十人くらいいたはず。それが三つに分かれた後の人数だったとは……元の群れは随分と大きかったんだな。


『だから、俺たちはここにいるだけで全部だ』


 そう言って、ガッタマが周りを見渡す。

 今ここにいる黒アルブスは、彼を含めて二十四人。相当減ってしまったことがよくわかる。


 男女比はちょうど半々だが、若いやつしかいない。

 ただし、幼いやつはいない。やはり年寄りと子供が真っ先に犠牲になったのだろう。


『……改めて礼を言わせてほしい。助けに来てくれてありがとう』

「いいんだ。困ったときは協力しあわないとな」


 そんな光景を見て、不意に畏まったガッタマの言葉に、兄貴が笑って手を振った。


『いいや、何回でも言わせてほしい。本当にもうダメだと思ったんだ……』


 またガッタマが涙ぐんだ。激情家なのかもしれない。


『あの化け物は、今まで何回も俺たちを襲ってきていたんだ……』


 と思ったら、同情するしかない話が飛び出してきた。

 どうやらあの巨大トラ、ほぼ毎晩のようにガッタマたちを襲っていたらしい。文字通り日に日に減っていく群れ……って、完全にホラーだよな……。


「こっわぁ……考えるだけで震えてくるのじゃ……」

「しかしどうして火を使わなかったんだ? 火があれば、トラも警戒して襲われる機会も減っただろうに」


 その話を聞いて、兄貴が首を傾げた。俺もそう思う。

 思うが、俺は通訳で必死なので、口を挟む余裕がない。


 だが、返事は思っていたものとはだいぶ違っていた。


『もちろん俺たちも火を使おうとした。しかし俺たちは火の起こし方をんだ』

「忘れた、だと……?」

「どういうことじゃ?」

『俺たちが住んでいたところにはな、ずっと燃え続ける不思議な火があったんだ。聖なる火と呼んでいた』


 俺がその言葉を伝えると同時に、兄貴とメメが目を合わせた。


「それ、うちにもあるやつと一緒かの?」

「そうじゃないか? そうか、他にもあったのか」


 あるだろうな。何せここはカスピ海周辺。二十一世紀には相当数の油田があったはずだ。開発のされていないこの時代となると、人工の油田はないにしても、自然湧出している油田はそれなりにあるだろう。うちの群れのように。


『その火は、俺が生まれる前からずっとあったらしい。聞いた話だと、俺の父親がまだ生まれる前……じいさんが若かったころに巡り合ったらしいんだ』


 ガッタマが語ったところによると、彼の祖父母世代が燃える黒い水と、そこから立ち上る燃え続ける火に出会ったらしい。

 彼らは火を自由に使えるその場所に定住することを決め、火の周囲で寝起きするようになった。

 そして、今まで苦労していた彼らは、常に暖かさを明るさを提供してくれる火を神聖視し、原始宗教を芽生えさせる。ここまでは俺たちとほとんど同じだ。


 だが、そんな生活が三世代に渡って続いた結果、ある現象が起きた。技術の忘却である。


『……天の火が聖なる火に降ってきて、聖なる丘が大炎上して俺たちは住めなくなった。離れるしかなくなったんだ。けれど……離れて旅をすることになって、俺たちは初めて気が付いたんだ。火を起こす方法を知らないって』


 聞けば、彼の親世代はかろうじて火を起こす方法を知っていたらしい。

 しかしそれもうろ覚えだったようだ。何せ親世代にしても、ほとんどが物心つく頃には既に消えない火があった。覚える必要性を感じていなかったのだろう。


 そして親世代の大半は、道中の旅路で率先して犠牲になっていったという。メメが目撃したサイ騒動のときが一番犠牲が多く出たらしいのだが、ああいう事件が起きたときは、年長者から散って行ったらしい。

 結果、火起こしの技術はほとんど継承されず、失伝した。だからガッタマたちは、ここまでの半分以上の行程を火なしで来たことになる。そりゃあ夜行性の動物に襲われるというものだ。


 それにしても、まさか原油田に隕鉄がジャストミートとは……。発端からして不運すぎるだろう、いくらなんでも。文字通り天文学的確率じゃないのか、それ?


「なるほど……それで火の気配がなかったのか」

「そんなこともあるんじゃな……せっかく知ったことを忘れるって……」


 二人がそう言っていたが、俺には心当たりがあるぞ。

 古代ローマの土木技術や、ダマスカス鋼といった前世の記憶ではない。身近にある心当たりだ。


「いやメメ、他人事じゃないぞ。俺たちの群れでもその兆候はある。あの三人組以外、若手で火起こしが得意ってやついないだろ?」

「あっ、そう言えばそうじゃな。他の皆は知ってるけどほとんどやったことないって言っておったのー」

「確かにそうだな。……はっ、まさか……そうか! ギーロ、お前が文字を覚えさせようとしているのは、こういう事態のことも考えてのことか!?」

「実はそうなんだ。忘れるって怖いんだよ。俺たちの群れが使っている火だって、いつかは使えなくなるかもしれないしな」


 さすがに隕石が直撃して使用不能、という事態はそうそうないと思うが、原油が枯渇する可能性は十分ある。そうなったとき、誰も火の起こし方を知らないでは洒落にならない。

 それに、この手の話は火に限ったことではない。火起こしほど単純ではないにしても、農耕や製鉄などが継承されず失われる可能性は十分ある。そのリスクはできる限り摘んでおきたかった。


 ……ということを説明しつつ、地面に指で簡単な文字を書く。カタカナでギーロ。言わずと知れた俺の名前だ。


『へえ……こんなものがあるのか。すごいな……』


 そんなリスクヘッジも担う重要テクノロジー、筆記を目の当たりにしたガッタマは息を飲んだ。


 最近は結構軽い感じでちやほやされるので、なんだか新鮮な反応だ。なんというか、心底とんでもないものを見たような、絶句とも言うべきリアクションは本当に最初の頃しかされなかったもんなぁ。


『俺たちもこういうものを作ればよかったのか……今から言っても仕方ないことだが……』

「今から覚えればいいさ。もうお前たちは俺たちの仲間なんだ、教えるよ。大丈夫、神字でなければ一年もあれば全部覚えられるはずだ」

「安心するのじゃ、覚えてしまえば簡単じゃぞ。それに便利じゃしの」

『待て、バンパたちの申し出は嬉しいんだが、い、イチネン? とは一体……?』

『あー、年って言うのは……』


 そういえば、最近は普通に皆が暦の概念を理解して用いているから忘れていた。暦も、原始時代的にはオーバーテクノロジーだったな。

 先ほどの反応もそうだが、どことなく懐かしい気分になる。

 と同時に、黒アルブスからも依存されまくったりしやしないかと不安もある。


 ……いや、もっと別の危険があるな。黒アルブスは既に原始宗教を持ち、火を崇めていた。俺という存在の活動と共に、宗教をまったくのゼロから構築していったアルブスとは、信仰心の度合いが恐らく違う。

 そんな中で群れに戻ったら俺、現人神みたいな扱いになったりしないだろうな?

 だって神に愛された者ス・フーリだぞ……。アルブス的にはまだ単に超自然的な力を持った人間、程度の感覚だけど、黒アルブスにとっては神は既に根付いている概念で……。


 ……うん。


 今は考えないでおこう。ドツボにはまりそうだ。

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