第40話 広野を行く

 さて日も改まって、色違いの同胞を助けに行くための旅が始まった。そのメンバーは、かつてカスピ海に赴いたときよりも多いし、豪華である。


 中核を担う隊員を紹介しよう。

 まずはこの人。カリヤ一族の若頭、バンパ兄貴!


 いきなりの大物だ。ホモ・アルブスという種が持ちうる能力を一人に濃縮し、現出させたかのような時代の寵児。あらゆる意味で群れ最強を誇る兄貴が出るとなれば、怖いものなしだ。


 兄貴が群れを離れていいのかという疑問はあるのだが、今回の救出行は俺だけでなく兄貴自身もするべきと主張したので、兄貴も出動することになった。

 このため、俺はあくまで兄貴のサポートの位置づけになる。兄貴は中核を担うというよりも、誇張抜きでリーダーだ。


 その兄貴に付き従う形で、群れに居ついた二匹の狼、リキとリンもくっついてくる。

 これは駆り出したというより、リキが兄貴から離れなくて、リンがしぶしぶついてきた感じだ。彼女の苦労がしのばれる。


 とはいえ、狼がついてきてくれるということは悪いことではない。臭いで物事を判断できる彼らがいれば、外敵から身を守りやすいしな。

 メメの超視力と併せて、周囲を警戒する二大手段として活躍してくれると思う。


《ボス! どこ行くのボス!》


 ……してくれると、思う。してくれるはずだ。


 この他、アイン、セム、モイのロリコン三人組が、メメの護衛としてついてくる。彼らについてはあえて何か言うまでもないだろう。いつも通りだ。


 それから、各部族から兄貴と俺の主張に賛同してくれた男たちが計九人。いずれも賛同者の中から兄貴が選りすぐった精鋭たちだ。

 全員が丸太を装備できる実力者で、投石器も平均以上に扱える。今回の旅では、四人が丸太を、五人が投石器(兄貴が丸太担当なので、全体で見れば担当は半々である)を装備しての参加になっている。

 俺やメメを含めると、合計十五人という結構な大所帯だ。


 ちなみに、ディテレバ爺さんは今回は参加しない。かつては俺がメメを連れ出そうとしたら毎回ついてきてにらみを利かせていたのだが、何を思ったのか群れの守りを固める側についた。

 子離れかな? そうだとするとありがたい反面、少しさみしい気もするが……。


「あっちじゃ」


 俺の頭上で、メメが一点を指差す。

 そちらに目を向けた兄貴は大きく一つ頷くと、全員に指示を出す。


「よし、行くぞ」


 各々が返事をしつつ、兄貴の後ろに付き従う。

 軍隊ではないので規律はないが、その歩みは自然と綺麗にまとまり、一定のペースが維持されている。これが兄貴が率いるということだ。


 群れを出発してから既に二日。ずっとこの調子で移動し続けている。定期的にメメが周囲を確認して、進む方向を兄貴に告げる。それを踏まえて、兄貴が一行を無駄なく率いるという形だ。

 最短距離で色違いの群れに向かっているので、メメから見ても着実に近づいているらしい。いい傾向だ。


「あ、ストップ。隕鉄の欠片かもしれない」

「またか。わかった、行って来い」


 まあ、俺がこうやってたびたび移動を止めているのだが。


「よし、今回は当たりだ。なかなか大きな欠片だぞ」


 一行から少し離れた俺は、かがみこんで目的のものを拾い上げる。

 黒々とした、こぶし大ほどの石の塊。これが見た目に反して相当に重い。周囲に焦げた跡や、地面がかすかにえぐれている様から見ても間違いないだろう。


 今回の移動は、今まで隕鉄探しで歩き回った場所よりさらに群れから遠い地点を通っている。回収できていなかった隕鉄がまだあるはずと思っていたが、思っていた以上にある。背負い籠は既に底が抜けそうだ。


「すまない、待たせた」

「いや、気にするな。俺の指示だ」


 一行に戻った俺に、兄貴が手を振って応じる。

 いやぁ、許可してくれた兄貴には頭が上がらない。


 そう、これは兄貴の案だ。俺は隕鉄を拾いながら行こうという提案は一切していない。

 したいとは思っていた。ただ、出来るだけ早く助けに行こうという中で、その足を止めるようなことは俺もしたくなかったからな。言いださないほうがいいと思っていたのだ。


 しかし兄貴は俺の心境を察してか、隕鉄拾いも並行してやればいいと言ってくれた。おかげで群れに戻った後は製鉄業に勤しめそうだ。


「大きい動物と出会った時のために拾っておく、使わなくてもそれはそれで後に素材にできる。いい案だな」

「ああ、さすがはバンパだ」


 というような会話が後ろから聞こえてくるが、俺もそう思う。正直、隕鉄の欠片を投石器で投げるという発想は俺にはなかった。


 兄貴は、サイのような大型動物と交戦する必要が生じた場合、石よりも重く頑丈な隕鉄を使えばより安全に撃退可能だろうという判断をしたのだ。

 実際に可能だろう。鉄砲にしても大砲にしても金属の塊を飛ばして威力を得るわけだから、金属塊を投げるだけでも十分な威力が出るはずだ。投げ手がアルブスの男ならなおさらだろう。


 俺は隕鉄を素材としか見ていなかったからなぁ。言われて初めて確かにと思ったものだ。


「これで俺の評価も上がるかな?」


 俺の隣に並びながら、兄貴が茶化すようにしてウィンクをしてきた。爆上がりだと思います。


「お前から相談がある、もっと目立ってくれと言われたときは、一体何事かと思ったがな」

「悪かったよ。でもちゃんと説明しただろ?」

「まあな」


 兄貴の提案は実のところ、先日の一件が影響している。俺の影響力が大きくなりすぎているという懸念だな。

 少しでもこの環境を変えるために、まずは兄貴の立場をもっと持ち上げようと思ったのだ。


 とはいえ、いきなり活躍してくれと言っても難しいだろう……と思っていたら、早速できることを見つけてくるのだから、やはり兄貴はすごい。俺のような反則野郎とは格が違う。

 まあ、それでどれだけ俺の影響力を薄められるかは微妙なところではあるが……やらないよりはマシだろう。様々な方向から様々な方法を積み重ねていけば、より大きな効果を得られるかもしれないしな。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 で。


 そんな調子で進んでいるわけだが、目当ての群れに近づくにつれて、一つ奇妙なことがわかってきた。

 色違いの群れが、夜になっても火を使わないのだ。


 夜営となれば、火は必須。暖を取るためにも、動物を避けるため(逆に寄ってくる動物もいなくはないが)にも、なくてはならないもののはずなのだが……彼らは夜になっても闇の中に潜んだままなのである。そりゃあ群れの人数が頻繁に減るはずだよ。


「んー……見えんのじゃ……」

「そうか……」

「仕方ないな。俺たちも今日は休もう」


 さすがのメメも、明るくなければものを見ることはできない。夜は、彼女の絶大な力も効力を失われる時間だ。


 色違いの群れが火を使っているなら、夜でもそれを目印にして移動ができるのだが。ないとなれば、危険を冒して夜に進む理由は一切ない。

 彼らに向かってまっすぐ移動していて、今日直近の方向確認ではかなり近くまで来ていることがわかってはいるのだが……俺たちも命がかかっている。ガンガンいこうぜとは言えない。


 まあ、近くまで来ていることはわかっているのだ。俺たちが火を囲んで夜営していれば、あるいは向こうからやってきてくれるかもしれない。


「みんなー、夜営の準備終わったスよー!」

「今日もバッチリッスよー!」

「完璧スよー!」

「「「ウェーイ!」」」


 三人組が調子よく声を上げているが、言葉の通りで彼らに悪気はない。そして周囲も彼らに対する隔意はない。


 何せあの三人組、毎度毎度俺(正確にはメメだが)と一緒に移動を繰り返していたからか、異様に夜営の準備がうまいのだ。特に火起こしなどは、一分もかからないから相当と言える。

 これが実はものすごく助けになっていて、彼らは隠れたMVP的な扱いを受けている。かゆいところに手が届くと言うか、ああ見えてなくてはならない存在になってきているのだ。

 昼間はメメの護衛であまり活躍する機会がないのだけども。こういう縁の下の力持ちをなぜか侮りがちだった国の出身としては、彼らを侮らないアルブスの風潮は好ましく思える。


「……兄貴、彼らが火を使っていないのはどうしてだと思う?」

「いや、皆目見当がつかない。まさか知らないなんてことはないはずだし……」


 と言いながらも、その可能性もゼロではないんだよなぁ。人類が発火法を発見したのがいつごろなのかは、はっきりとわかっていなかったくらいなのだから。

 紀元前一万年程度の段階なら、大体知られていたようなのだが……この時代では、どこにでもあるとは断言できないはずなのだ。


 ただ、俺たちの群れは、最初から火を起こす方法を知っていた。長老や族長が用いる秘技のような扱いで、伝わっていたはずだ。常に燃え続ける火を見つけたことでその腕を振るう機会は減ったが。

 そんな環境で俺たちは生まれ育っているので、兄貴にとっても火の起こし方は比較的メジャーな知識という認識なのだろう。


 だがわからないのは、かつてカスピ海のほとりから色違いの人々の生活を眺めたとき、彼らが火を使っていることをメメがしっかりと見ているんだよなぁ。火の使い方は知っているはずなのだが……。


「……うーん、わからん」

「そうか……。……まあ、今ここであれこれ考えても答えは出ないだろうし、とりあえず置いておこう。今は飯にしよう。皆腹が減っているだろう」

「それもそうだな。一部待ちきれないやつもいるみたいだし」


 兄貴に頷きながら、リキとリンを見る。

 火にかけられた肉に目が釘付けのリキは、警戒役としてはまるで役に立ちそうにない。

 頼りになりそうなのは、やけに落ち着かない様子できょろきょろと周りを見ているリンだが……何か気になることでもあるのだろうか?


 空を見上げれば、弓なりの三日月が静かに俺たちを見下ろしている。火もなしに夜営するのは危険な時期だ。色違いの彼らが無事だといいのだが……。


「はい、あーん」

「おう……あーん」


 と、ここで横からメメが肉を差し出してきた。塩のかすかな香りが、肉汁の香りに混ざって食欲をそそる。

 リキとリンの嗅覚に悪影響が出そうだが、一日歩き通しで腹ペコだ。思わず普通に応えて食べてしまったよ。


「おいしい?」

「ああ、すごいうまい。ありがとうな」

「へへへー。じゃあ交代じゃな!」

「あいよ。ほい、あーん」

「あーん……んー、おいしいのじゃー!」

「そりゃあよか……った……」


 勢いでいちゃついてしまったが、これは完全に失敗だったな……。周囲からの視線で全身に穴が飽きそうだ。


「ギーロのやつ……羨ましい……」

「こんなところまで嫁を連れてこれるのはあいつの特権だよな……」

「俺もあーんされたい……」

「俺……群れに帰ったらやってもらおう……」


 さんざんな言われようである。兄貴ですら苦笑いだ。


 いやまあ、擁護のしようがないほどの大罪だとは俺も思うが。彼らに対して「やればいいじゃん」とは言えるはずがない。

 メメはその能力があるからこそ連れてきているのであって、普通の女を旅路に連れてくるわけにはいかないのだ。


 あと最後のやつ。その発言は信頼と実績の死亡フラグだ、撤回してくれ。


『ウアアアァァァーッ!』


 うわあ悲鳴! ほらみろ、手遅れじゃないか!


 ……って、待てよ?


「……兄貴、今のって」

「ああ、俺たちじゃない!」


 兄貴の言葉と共に、全員が一斉に厳戒態勢に入った。

 俺たちでなければ誰かなんて、考えるまでもない。全員わかった上でここにいるのだ。


「たぶん、褐色の人たちだ……!」


 丸太を構えた兄貴が、声の聞こえたほうをにらんでいた。

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