第38話 予兆
この世界における歴史上、初めての鉄器を作って一ヶ月が経った。
さすがに一ヶ月も経てば隕鉄騒動もだいぶ落ち着いた。鉄の流れ星という呼び名が浸透した今となっては、ただ余韻が漂う程度だ。
その余韻も、驚きと恐怖のようなマイナスなものではない。隕鉄の欠片から有用な道具が作られたため、信仰と畏怖というプラスの方向へ傾いている状態である。
ただ、その方向性が人によって結構異なってきているので、宗教としての体裁を整え始めたほうがいいかもしれないと思い始めているところだ。
現状、最高司祭みたいな扱いを受けているエッズからも、その手の話をたまに聞く。彼には皮のなめし加工という本職があるので、人間関係をはじめとした諸事情に時間を取らせるわけにはいかないのが実情だ。
しかし他に適任がいるかと言えば、実のところロリコン三人組しか候補がいない。
信仰の根幹にかかわるようなポジションは、容易に権力が集中する。そしてそれが悪い方へ進んだ場合のことを考えると、あまり下手な人事はしたくないのだが……あの三人の抜擢は下手な人事になりかねない気がするんだよなぁ……。
いや、前回触れた鍛冶でもそうだったように、あの三人は有能ではあるんだ。日本語の読み書きもできるし。ただ、この時代でも幼女趣味というのはやはり一般性癖ではないので、群れの他の人間から向けられる目線が……。
となると、いっそのこと俺がそのまま神の声を伝える者として主導したほうがいいのだろうか……などと考える日々である。
まあそう言いながらも、
「結構集まったなぁ」
「これだけあれば色んな道具が作れそうだな」
この一ヶ月、俺が主にやっていたことは隕鉄の欠片集めだったわけだが。水路の補修と、それに伴うとある拡張工事もやってはいたが、メインはやはりこれだった。
集まった量は、ちょうど一般的なバケツ一杯分ほど。降ってきた隕鉄は随分と大きかったんだなぁと思う一方で、それだけありながら被害が軽微で済んだのは奇跡としか言いようがない。神様の実在を信じたくなるレベルだ。
まあ、隕鉄自体は好きなように使わせてもらうけども。バンパ兄貴の言う通り、これだけあれば様々な道具に転用できそうなので、万々歳である。
ただ、土器自体も重いので、もはやさすがのアルブスメンズでも持てない……と思いきや、普通に持ててしまうので毎度ながら末恐ろしい。兄貴に至ってはこの鉄入り土器をもう一つくらい持ててもおかしくない。
それはともかく。
欠片はすべて、群れ以東の地域で拾い集めたものだ。メメとロリコン三人組(それとたまにディテレバ爺さん)を引き連れて、隕鉄の欠片を探していたのである。
これはもちろん資源として使いたいから、ということが一番だが、目的はもう一つ。メメの力でもって、より遠くまで東の地域を確認しておきたかったから、という理由もある。
何せ離れた場所での事件であったにもかかわらず、炎と思われる明かりがあれだけしっかり見えたのだ。甚大な被害が出ていないはずもない。
実際、影響は出始めている。ここ最近、群れ以東には動物がかなり多いのだ。その種類は雑多で、肉食や草食、大型小型の区別はするだけ徒労だった。
これは考えるまでもなく、隕鉄被害から逃げてきた動物たちだろう。何日にも渡って大火災が起きていたのだから、無理もない。
おかげで、いくつか畑がダメになった分は狩りで補填できそうではある。
できそうではあるのだが……。
「まあ鉄については一旦置いておくとしてだな」
「うむ、話があるということだったな。族長たちも集まった、ついてきてくれ」
「わかった」
気になることがある。だから俺は、その点についても隕鉄集めに並行して調査しており、今回一定の結論を得たため、兄貴に頼んで族長会議を開いてもらうことにした。
連れて行かれたのは、分娩室と化した年長者用家(この一ヶ月で移築済み)に代わって、二年ほど前に建てられた建物。すべての部族に家が行き届いた今は、族長会議のために使われている場所になる。
中に入ってみれば、その中央には小さな火。
これは消えない火と呼ばれる原油湧出地の火をそのまま移したもので、あそこに設置した拝殿もどきと並んで昨今神聖視されている特別な火だ。
ここ最近では、中心部にある火からではなく、この種火から生活用の火を採ることが暗黙の了解になりつつある。
「おうギーロ、よく帰ったの」
開口一番に俺を出迎えたのは、俺が属するモリヤ一族の長。言わずと知れた丸太爺こと、ディテレバ爺さんである。
爺さんの隣には、彼の甥という人物。一族の若頭で、モリヤの次期族長候補だ。
俺? 俺はモリヤ一族ではあるがほとんど独立勢力だからなぁ。
俺がモリヤ一族を継ぐことで、モリヤ一族だけが突出する可能性もある。そういうトラブルを避けるため、俺はメメと共に率いるという立場からは距離を置いているのだ。
「お前が改めて俺たちに話があるということは、何か問題があったのだな?」
次いで声をかけてきたのは、兄貴が属するカリヤ一族の長。俺たち兄弟の叔父であり、ゴルゴも真っ青な投擲技術を誇るギーロ叔父貴だ。相変わらず、名前だけだとややこしい。
そんな叔父貴に頷きながら、俺はこの建物の最奥……日本で言うところの上座に座っていた爺さんを見据えた。
原始時代にあって白髪と抜け毛に苦しむレベルまで長生きしている、俺たちの長老だ。ホウレンソウ大好き爺さんと言い換えてもいいが。
「うむ。話してみろ」
長老が重々しく頷き、俺に話を促してきた。
威厳溢れる仕草だが、二年前から加速した頭髪の薄さがどうにも哀愁を誘う。三年前はもっとイケメンだったのに。時の流れとはかくも残酷なものなのか。
……まあ、生きていれば誰もが通る道だ。これ以上の言及はやめておこう。
俺は一つ咳払いをして気持ちを入れ替えると、口を開いた。
「先日から続けていた東の調査なのですが……先日報告した通り、東から様々な動物が逃げてきています。ですが本日、メメに確認してもらっていたら、新しい生き物を発見しました。……俺たちと同じ人間です」
少しだけためを作って告げた俺に、全員がざわついた。
隣の者と言葉を交わす者が続出する……が、長老が手を打って、それを鎮めた。
次いで視線がまっすぐに飛んでくる。気にせず続けろ、ということか。では遠慮なく。
「それも、以前ディテレバ爺さんたちが戦ったという丸耳の人間ではありません。メメが言うには、俺たちと同じ耳を持った人間らしいのです」
再び場がざわめく。今度ばかりは、長老も驚いた様子だった。
「ただ、俺たちとは違う点もあるらしいんですよ。具体的には、肌の色と髪の色が違うとか」
「肌の色と、髪の色が?」
「はい。肌の色は地面の色……褐色。髪の色は黒です」
ざわめきが大きくなった。各族長の斜め後ろに控えていた若頭たちなどは、露骨に驚きを露わにしている。
俺の言った特徴を聞いて、ぴんと来た人もいると思う。そう、かつてカスピ海に赴いた時、対岸に確認できた人々の特徴だ。
あれ以降、彼らと接触する機会は一切なかったのだが……ここに来て、どうやらその機会が巡ってきたと俺は思っている。
かつてチラ見した人々が当時と同じ場所にいるかどうかは、実はわかっていた。たまにカスピ海へ塩を採りに行く時、俺が行くなら必ずメメも同行するからな。
そして彼女と一緒なら、定期的に遠くを調べることはもはや生活の一部。だからかつてと変わらず、あの褐色の人々はカスピ海の東側に住んでいることがわかっていたのだ。
となれば、先日の隕鉄で相当の害を被ったことは想像に難くない。そうだとしたら、あの大災害から逃げるだろう、とも予想がつく。
だから俺は、隕鉄が落ちて以降常に東に目を向けていた。もしかしたら、彼らとかち合う可能性があるかもしれないと思ったからだ。
逃げる方角がどちらになるかはわからなかったし、全員が同じ方角に逃げるかどうかもわからなかったが……ともあれいくつかの人間がこちらに逃げてきた。俺の予測は当たったわけだ。
「まだ結構な距離があるので、彼らが仮にこちらへまっすぐ向かったとしても、ここまで来るまでに結構な日数がかかるでしょう。なので、今のうちに対応をどうするべきかを考えておくべきだと思いまして……族長たちに集まってもらったわけです」
と、ひとまず区切りをつけて、俺は進行を長老へ返した。
俺の目線を受けた長老はこくりと一つ頷くと、議場全体にゆっくりと視線を回す。
「どうするべきか、か。できることはいくつかあるだろうが……」
どう思う? と告げた長老に応じて、場に上がった選択肢はおおむね二つに大別された。
一つは群れの一員として受け入れること。そしてもう一つは受け入れないことだ。
後者はさらに穏便に立ち去ってもらうか、力づくで排除するかに分けられる。
しかし力づくで排除する案は、あくまで案の一つとして話題に上がっただけで、全員が乗り気ではないようだった。
「ただ受け入れるとなると、元々いた人間とどうなるかという心配がある」
それでも叔父貴が示した懸念に、主に若頭たちが頷いた。
この反応は至極当然と言える。
何せ今までまったく異なる暮らしをしていた群れと群れが、ある時から一緒に住み始めて何事もないわけがない。たった二人の夫婦であっても、習慣の違いでもめることがあるのだから。
ましてや肌や髪の色のような、目に見えて自分たちと違う要素を持つ相手となると、その懸念は増す。
前世のサピエンスなどは、それで何百年ももめつづけた挙句、二十一世紀になっても解決できていなかったほどだ。
あと、彼らの言語は恐らく俺たちとは相当異なるだろう、とも予測される。これも障害となるだろう。
ディテレバ爺さんたちの群れの言語は、俺たちのものとさほど違わず、方言程度の差だった。これは単に、元の生息域が俺たちと比較的近かったのだろう。もしかしたら、元々は同じ群れだった可能性もある。
だから合流から三年近くが経った今となっては、完全に群れに溶け込んでいるし、融合も早かったのだが……そんな偶然が二度も続くとは到底思えない。
俺だけは謎チートで言語がわかるだろうから、橋渡しくらいはできると思う。ただそれでも、俺一人でできることには限界がある。
「しかしこの間の鉄の流れ星で悲惨な目にあった連中を、見過ごすわけにはいかないだろう」
叔父貴に反論したのは、同族かつ後継者の兄貴だった。
相変わらず優しい兄貴だが、こちらの主張も一理ある。なにせ、
「俺たちの群れは今、だいぶ生活に余裕がある。備蓄できるくらいだ。なら、分けてやるべきじゃないか」
というわけだ。
過酷な原始時代でそんな発想ができるなんて、兄貴はやはり聖人君子か……と思うところだが、実はこの時代は、分け合うことは案外普通の発想である。
何せ、私有財産という価値観、概念が育っていない。狩りの成果も、農耕の実りも、すべては群れの皆で行い、共有する。
道具にしても、使うべきときが来た人間が使うべきものを使えばいいという発想が主流であり、他人から奪うという発想がない。
違う群れ相手とものを共有することはさすがに主流ではないが……発想自体は恐らくそれなりの人数が思い浮かべるものだと思う。
そういうわけで、兄貴の主張は決して支離滅裂なものではない。その点に真っ先に言及できるのが、兄貴の兄貴らしさだろう。
だからこそ、族長たちが賛同を示すのも当たり前と言える。
図らずも同じ部族内で意見が分かれたわけだが、両者の主張はどちらも間違っているわけではない。だから、話し合いは平行線をたどる。
「長老、それにギーロ。お前たちはどう考えている?」
そんな平行線を崩し、決着させる決め手になる存在。それこそが群れの長老である。
なぜか俺もそこに入っているようだが、まあ、これは俺の今までの功績だと思っておこう。
……長老? なぜそこで俺を見る。俺に決めさせるつもりか?
まあいいけども。言わせてもらえるなら、言わせてもらおう。
「俺は受け入れたいと思っています」
俺の発言に、兄貴の目が少し輝いたように見えた。
だがすまない、兄貴。俺は何も博愛精神から賛成するわけではないんだ。いつも助けてくれる兄貴を助けたいとは常に思っているが、そこは少し考え方が違う。
「というのも、単純に人手が足りないんですよ。今後も俺は新しいことを始めるつもりですが、今までのことを疎かにもできません。
皮なめし、建築、塩採取、農耕、金属加工、土木と……新しく何かを始めるたびに任せられる誰かを見つけて任せてきましたが、今の群れの規模ではこれ以上新しいことを始められそうにないんです」
嘘偽りのない本音である。
百人超の規模を誇る我が群れは恐らくこの時代ではかなり大規模な群れだが、それでも人類の社会という点で見ると、ものすごく小さい規模でしかない。限界集落とどっこいどっこいだ。
そんな状態で、新しい産業を推進するなんて極めて難しい。人的リソースは限られていて、それは既に他のことに振り分けられているのだから。
群れは増えつつあるが、増加傾向にあるというだけで劇的な変化ではない。それを起こすためには、やはり手っ取り早く他の群れを吸収しかないだろうと、そう思うわけだ。
そんな俺の主張を受けて、長老は……。
「ならば俺も受け入れるつもりで動こう」
あっさり賛成してきた! それでいいのかあんた!
「お前が言うなら、それだけの問題として実際起きているのだろう。それへの対処はしておいた方がいいと思うからな」
ダメだこいつ早く何とかしないと……。
いや、冗談抜きで早く何とかしないとこれはまずいぞ。
あ、いや、別に長老をどうこうするわけではなくてだな?
俺一人の発言力が強すぎる。……強すぎるというか、俺の発言を疑わなさすぎる。良くない傾向だ。
俺がやることは全部正しい、俺が言うことは全部正しい。あるいは何か必ず意味がある、などと思ってしまうことは、あまりにも危険すぎる。自分の意見があって賛成するのではなく、俺が言っているから賛成するなんて、指導者がやっていいことではない。
それはただの思考停止だ。より良い方向へ進もう、現状を打破するにはどうすればいいだろう、と自分で考える力を奪う。
全員がそうなってしまったら、後に残るは破滅だけだ。俺がいなくなった後は、坂道を転げ落ちるようにして破滅へ突き進むかもしれない。
確かに俺の功績は、思考停止に陥るだけの量だと自分でも思うが……それを避けるために文字を普及させて、考える力を養おうとしていたんだぞ。それだけでは足りなかったということか……。
長老も兄貴に賛成したことで、色違いの群れは受け入れる方向で話は決まった。
しかし俺の気は晴れない。順調に見える群れの未来に、暗い影を見たような気がした。
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