第37話 世界初の鉄器
隕鉄騒動から十一日。つまり東の空から赤みが消え、事態が沈静化したと思われる日から明けて翌日。
俺は常に燃え続ける炎が鎮座する場所、すなわち群れの中心部に赴いていた。
ここは火に事欠かない。だから火にまつわるものは大体この周辺に設置している。
決して消えない火ということでこの三年の間に神聖視が進んでおり、一段高く造成された拝殿的な場所はその代表格だ。あれができてからというもの、エッズがよく祈りを捧げている。
祈りの対象は色々だ。天照大神が中心だが、広目天、オモイカネはもちろん、
大丈夫大丈夫、日本の神様は懐が広いから。外国の神様だろうと元人間だろうと、なんだってほいほい祭っちゃう人たちに祭られていたわけだから、笑顔で許してくれるさ。
……たぶん。
ま、まあ、それはさておき、今回俺がここに来た理由は信仰ではない。目的は青銅を加工するための炉だ。
これも拝殿と同じで、火にまつわるものとして中心近くに作ったものの一つ。いつでも火を持ち出せるように、拝殿と同じくかなり火に近いところに設置した。
炉とは言っても、その構造は単純なものだ。言ってしまえば筒状に組んだ粘土でしかない。
しかしその下部は地面に埋まっている。そしてその埋まっている部分には、これまた粘土で作った管が挿入されている。
管の先にあるものは、原始的な送風機だ。樹皮を組んだプロペラ的なものを差し込んであり、これを組んでいる軸の部分を回すと風が起こるというわけだ。
送風機はやはり粘土で組んだカバーで覆ってあり、風の通り道は管に向かう一箇所に集中するようになっている。これで風を送り、炎の温度を上げる仕組みだ。
ここに木炭などがあれば、青銅の融点にも達する温度を出せるのだが……あいにくと火が常にあるこの群れでは木炭の必要性が低い。おかげでまだ木炭は後回しになっていて、それに伴って青銅は熱して叩く段階で止まっている。
そして今、俺はロリコン三人組に送風機を動かしてもらいつつ、先日の隕鉄を炉にかけて加工を試みようと思ったのだが……。
「うーん……案の定と言うべきかなんと言うか」
隕鉄はさほど目立った変化もなく、ただそこにたたずんでいるだけである。
もちろん熱されたことで赤くなってはいるのだが、所詮は青銅すら溶かしきれない炉だ。鉄を溶かすことなど夢のまた夢と言えよう。
かれこれ何十分もこれを続けているのだが、これ以上は難しそうだ。
とはいえ、これは最初から予想済みである。というか、今の施設で溶かすなど絶対に不可能だと思っていたから、ただの確認みたいなものだ。さっさと次の段階に進んでしまおう。
「よし、いったん止めようか」
「う、ウィー!」
「うひぃー、やっとスかぁー!?」
「疲れたー……」
交代交代とはいえ、送風機を回し続けていた三人組は安堵の息をつきながらその場にへたり込んだ。
少ない力で回転させるために縄と棒を組み合わせたものをつけてはいるのだが、やはり長時間やり続けるとなるとしんどいのだろう。
「ありがとうな。助かった」
「いいんスよ!」
「俺らギーロさんにどこまでもついていくッスか!」
「まあ正しくはお嬢についていくんスけどね!」
相変わらず隠す気のないやつらだな。ま、それがいいところでもあるのだが。
それはともかく……。
「……よいしょっと。これ、まともに加工できるか……?」
炉から取り出した隕鉄の形は、赤いだけで元のままだ。
不安を抱きながらも、普段青銅の加工に使っている金床(実態は平べったい岩)に移して加工してみることに。
使うものは青銅のハンマー。青銅の加工をするにあたって最初に作った青銅器だ。あ、もちろん柄の部分は木である。
「せーのっ!」
まずは一発、振り下ろしてみる。
すると、派手な金属音とともに、青銅のときとはまた異なる衝撃が手に伝わってきた。
「うおう……感触が結構違うな……!」
慣れるとこれが心地いいのかもしれないが、今の俺にはむしろ痛いくらいだ。
この痛みが全身に悪影響を及ぼす可能性は否定できないが、そこは俺の特異体質でどうとでもごまかせる。続行だ。
そんな感じでしばらく、一人でハンマーを振るい続けたのだが……。
「……だめだ、これは一人でやるものじゃない」
一向に変化が訪れないまま、隕鉄が冷めてきてしまった。本当に鉄って硬いんだな……。鉄以外にもいろいろ混ざっているだろうが、だとしても手ごたえがなさすぎる。
いや、この場合の手ごたえというのはあくまで慣用句なわけだが。
ともあれ、一人でダメなら二人でやってみよう。
改めて隕鉄をもう一度熱して……。
「またスか!?」
「きついス!」
「でもやりまッス!」
作業再開だ。今度はもう一人、俺とは別にハンマーを持ってもらう。
「アイン、すまんがお前もやってくれ」
「え!? 二人でどうやるんスか!?」
「俺が叩いたら、次叩くまでの合間を見計らってお前が叩くんだ」
相槌である。鍛冶とは縁遠い現代人でも、何かのドキュメンタリー番組などで見たことがあるかもしれない。
会話に関する慣用句、「相槌を打つ」の語源でもある。
「え、ええぇ~……そんなうまくあわせられっかな……」
「……そうだな。俺よりはセムかモイと組ませたほうがいいか。こういうのは普段から息のあったやつらでやったほうがいいだろうし」
「あっ、じゃあ俺やってみたいス!」
俺のつぶやきに応じる形で、モイが挙手した。
こいつに限らず青銅の加工は三人組全員が経験済みだし、任せてもいいか。
ということで、場所とハンマーを交代。俺は脇から状況確認に専念する。
「んじゃいきますかぁ~? せーのッ」
「よいしょ!」
「そーれ!」
「よいしょ!」
「そーれ!」
やはり日ごろからつるんでいるからだろうか。アインとモイの息はぴったりだった。
セムが仲間になりたそうにこちらを見ているが、三人で相槌を打つ話は聞いたことがないので、後で交代する方向で我慢してもらおう。
俺が知らないだけでそういう方法もあるのかもしれないが……知らないのであれば、知っている方法でとりあえずまとめたほうがいいだろうからな。
「……お、お、いい感じだ。一応の加工は出来そうだな」
一方の隕鉄はというと、ハンマーによって少しずつ、ほんの少しずつではあるが形を変え始めていた。
最初は球に近い形状だったのだが、今は台形になりつつある。やはり一人より二人のほうがいいみたいだ。
「いけそうだ。このまま進めてくれ!」
「ウィー! よいしょ!」
「そーれ!」
そうやって叩き続けてどれくらいだっただろうか。
何度か隕鉄を熱しなおし、打ち手を三人でローテするようになって。恐らく一時間以上はやっていたと思う。
今、俺たちの目の前には、ハンマーの先端部分に使えそうな形状にまで叩きぬかれた隕鉄がたたずんでいた。
その表面は予想以上に滑らかで、傷や気泡のあとなどは見受けられない。青銅での経験があるとはいえ、なかなか使いやすそうに仕上がったと言えるのではないだろうか。
「え、思っていた以上によさそうな出来だぞ。この温度でここまでの加工って出来るものなのか?」
と思ったが、これはあれだろう。
たぶん、アルブスメンズの極まったパワーが原因だ。
何せ丸太をそのまま普通に武器として扱える上、投石器で石をぶん投げたら小動物を粉砕する生き物だ。その力を用いれば、サピエンスに比べると鉄の加工も容易なのだと思う。
ゲームや漫画などでたまにある、女の子が鍛冶師をやっているなんてことは、逆に絶対起こり得ないだろうけども。
いやそれはともかく、今回手に入った隕鉄が加工しやすい組成になっている、ということもあるかもしれない。
隕鉄はものによって性質がかなり異なるらしいから、これについては単純に運がよかった可能性は否定できない。
とはいえ、そうだったとしてもこいつが青銅より頑丈であることには代わりがないだろう。
「ふうふう……どースかギーロさん!」
「今回ちょっとばかし自信あるッスよ!」
「俺らもヤるもんっしょ!?」
「いやぁ……本当、お前ら案外有能だからすごい助かってるわ……」
一人一人はそこまでではないのだが、三人揃ったときの爆発力は目を見張るものがある。
特に連携という点に関しては群れの中でもトップクラスで、この三人が組んで狩りに出ると、たまに兄貴や爺さん以上の結果を出すときすらあるんだよなぁ。
そういう意味でも、こいつらが何かにつけてメメの護衛として俺の近くにいるのは、実はかなりありがたいことだったりする。
そして今回、彼らのコンビネーションが新たな活躍の場を見出したらしい。
「なんていうか……あれだな。お前ら、いっそ鍛冶屋として新しい部族作るか? 金属関係の仕事普通に任せたくなってきた」
「え!? あ、新しい部族スか!?」
「いやいやいやいや、それはふかしすぎでしょ~」
「俺らそこまで大したモンじゃないスよぉ~」
それが大したことがあるんだよ……。
とは思ったが、とりあえずは言わないでおくことにした。
彼らの力は結構すごいのだが、ノリの軽さも天下一品だ。あまり調子に乗りかねないことは言わないでおこう。
群れの人口も、まださほど多いわけでもないしな。部族としての独立をするには人手が足りない。
「ま……それは冗談として。こいつは予定通りハンマーとして活躍してもらうことにしよう」
先日の隕石で、群れに落ちた欠片は結局全部で二つだった。
そのいずれも、斧や鉈として使えるだけの大きさではなかったため、最初の試しという意味でもまずはシンプルなハンマー頭部にしたのである。
最初にも少し触れた通り、青銅のときも同じ手順を踏んだ。 ハンマーができれば、その後の加工もやりやすくなるからな。
……待てよ。もしかしてこれでハンマーを作ったら、これが世界初の鉄器か?
二十一世紀から数えて七万年も前の時代だから、確実に初だよな……。またしても歴史を作ってしまったようだ。記録に残しておこう。
まあそうは言いながらも、七、八センチ程度の欠片で大きなハンマーを作ることはできないのだけれども。それは今後、大きな欠片を手に入れられることを期待しておこう。
最悪、鉄でできているというだけでも利用価値はあることだし。
「それからもう一つのほうも、この調子でハンマーにしよう」
さっきも言った通り、うちにはまだ隕鉄の欠片がもう一つある。こちらもハンマーにしてしまえば、相槌用として使えそうだ。
そしてゆくゆくは、その二つのハンマーを用いて隕鉄を農具や工具として加工していきたい。鉄器が使えれば、今まで以上にできることが広がるぞ。
……まあ、その前に各地に散らばったであろう隕鉄を回収しないといけないわけだが。
鉄鉱石? この辺りで見た記憶は一切ないな!
「えっ、まさかとは思うんスけど、今からもっかいスか?」
「それは勘弁してほしいス~!」
「腹も減ったスしぃ~」
「いや、そんな鬼畜なことするかよ。俺も腹減ったし、今日はここまでにしよう」
「「「ですよね~!」」」
……相変わらず息ぴったりなことで。
それはともかく……腹も減ったが、汗がすごい。飯の前に川で水浴びをしておこう。
本当は風呂がほしいし、実は準備は進めているのだが……こちらは完成までにまだ少し時間がかかるだろう……。
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