第36話 天からふりそそぐものが世界をほろぼす
「……やばい!」
ぽかんとしたまま降り注ぐ火の玉……いや、隕石を見ていた俺だったが、眼前に迫る突風を感じて慌ててその場に伏せた。
もちろんメメの身体を引き寄せて、直撃しないよう下に隠してだ。
その判断は正解で、直後に俺たちを猛烈な風が襲った。
風というより板か何かで叩かれたような感覚が全身を走り、そのまま地面を転がされる。
男のアルブスの宿命で、大きな身体のあちこちが地面でこすれるが、俺の身体は多少の傷は即治る。これくらい問題ないだろう。
むしろ、俺が積極的にこれを食らわないと抱え込んだメメが怪我をする。彼女に被害が出ないよう、覆うように抱きしめておかないとまずい。
だが、どうやら衝撃波はかなり小規模のようだ。俺が転がっていた時間は短かったし、衝撃波自体も威力は低かったので痛みもそこまでではない。
隕石と距離が離れていたからか、隕石の突入角度がよかったかはわからないが、不幸中の幸いと言えるだろう。
「……ふう。転がる程度で済んでよかった」
風が収まったことを確認して、のそりを顔を上げる。
同時に畑の様子が飛び込んできた。どうも玉ねぎとホウレンソウの被害は大きそうだ。
まあホウレンソウは不人気だから、多少は構わないかもしれないが……玉ねぎは痛いな。あとで状態を確認しないと。
だがその前に……。
「……メメ、大丈夫だったか?」
「う、うん……わしは平気……けど、ギーロが」
「お前が無事ならそれでいいよ。それに俺は怪我をしてもすぐ治るからな。気にするな」
「……う、う、うん……」
ぼふん、という感じの効果音が見えた気がした。同時に、メメの顔がどんどん赤くなっていく。
……あ、やばい。もしかしなくてもこれ、好感度を稼いでしまったよな。
た、確かに優先してメメを守ったが、これはそんなつもりはなく……というか一応は家族だし、守るのは当たり前というか……。
「ギーロ、大丈夫だったか!?」
「叔父貴!」
どうしたものかとおろおろしていると、後ろから声をかけられた。
振り返れば、ギーロ叔父貴がこちらに駆け寄ってくるところだった。
ナイスタイミング。
「派手に転がっていたが、大丈夫か!?」
「あ、ああ。俺はなんともない。それより皆は?」
「こっちもみんな無事だ。だが群れのほうがどうかは……」
「だよな。今日の作業は中断しよう。家が崩れたりしていたら大変だし、けが人もいるかもしれない」
「ああ、そのつもりだ。お前たちが最後だ」
「マジか。わかった、すぐ行く。メメ」
「う、うん!」
まだ赤面しているメメを促すと、彼女はその顔を維持したまま器用に俺の身体をよじ登り始めた。
そしていつもの肩車スタイルになったことを確認すると、俺は叔父貴と共に走り始める。
「しっかり掴まってろよ!」
「うん!」
そのまま農作業をしていたメンバー全員と合流した俺たちは、慌ただしく群れへと戻ることになる。
だが、近づくにつれて群れに目立った被害が見当たらないことがわかってきて、誰からともなく走る足を緩めた。
「ギーロ! メメコ! おお、二人とも無事じゃったか!」
俺たちを出迎えたのは、親バカことディテレバ爺さんだった。
転びそうな勢いで飛び出てきたのはご愛嬌だろうな。
「ああ、俺たち以外もみんな無事だ。爺さんこそ変わったことはないか?」
「死人もけが人も出ておらんから、そこは安心してよいぞ! ……しかしすべて無事だったわけではなくてな……来てくれるのかの? 皆が呼んでおる。そちらのギーロも」
「わかった。叔父貴、行こう」
「少し待て。お前たちは皆と一緒に一つの場所にまとまっておいてくれ……よし、行くか」
叔父貴は他の面々に軽く指示を出してから、一つ頷いた。
そんな叔父貴と共に、爺さんが案内するほうに向かうと……。
「……うっわ、これはまた派手に逝ったな」
「見事に壊れているな……」
そこは、かつて年長者たち用に作った家だった。
三年前のあの日、分娩室に使って以降は家として使わなくなっていて、今では完全に分娩室以外の目的では使っていないのだが。
そんな建物は、見る影も残っていなかった。
屋根はほぼすべて吹き飛んだか押しつぶされたかしており、原形をとどめていない。
よくよく見れば、竪穴式住居の掘り下げた部分など、まるでクレーターのようだ。
「ひどいのじゃ……」
「全壊だな」
メメが頭上で身体をすくめる。
確かに、この光景はショッキングだな。彼女は音でもそれがわかるから、余計何か感じ入るものがあるのかもしれない。
そんな風に考えながら、俺はつぶれた家の前で腕を組んでいたバンパ兄貴に声をかけた。
「兄貴。見事なまでに真ん中に落ちたみたいだな」
「ギーロか。ああ、見ての通りだ。しかし場所が場所だ、誰も中にはいなかったから、被害は家だけで済んだよ」
「ここでよかったってところか。家はまた建てればいいしな」
「ああ、家はな……」
「……その感じだと、家以外にもどこか被害が?」
「水路に、な……」
「……マジか」
あ、これは結構ショックだ。
長い時間をかけて作り上げた水路が、稼働してたった一日で破却とか……泣いていいよな?
「あ、いや、壊れたわけではなく……とりあえず見たほうが早いか。こっちだ」
「おう……」
兄貴に案内されて辿り着いたのは、トイレのすぐ上流部分だった。
「……なるほど。壊れてはいないわけだ」
「そうなんだよ」
水路には、確かに隕石が落ちていた。
ただ直撃ではなく、水路の端にぶち当たったのだろう。端の一部が壊れ、ぽっかりと小さな穴が開いた感じになっていた。
だから水の流れは止まっていない。その一部を、隕石が阻害してはいるが。
「……これくらいなら、こいつをどかしたあとにもう一度水路の形を整えればなんとかなるか。他から土を持ってきて埋めればいいや」
「そうか。その程度で済んだならよかった」
「まったくだよ。とりあえず、こいつはさっさとどかしてしまおう。メメ、一旦降りてくれるか?」
「わかったのじゃ」
今までほぼ無言だったメメが、するりと俺から降りる。
「よいしょ……って重ッ!?」
メメが地面に降り立ったことを確認して、早速水路から隕石を引き上げようとしたのだが。
想像したよりも圧倒的に重くて、思わず後半から日本語になった。
「ギーロ!?」
「おい、大丈夫か!?」
「あ……ああ、いや、大丈夫だ。何かあったわけじゃない。ただ思ったよりだいぶ重かったからな、つい……」
「なんだ、そういうことか。……そんなに重いのか?」
「ああ。試してみてくれ」
「どれどれ……むう!?」
俺に促されて兄貴も隕石を手にしたが、さすがの兄貴も文字通り軽く見ていたのだろう。
だいぶ驚いた顔で、手のひらの中の欠片をまじまじと凝視した。
「……本当に重いな」
「こんなに小さいのに、そんなに重いんかの?」
兄貴の手の中の隕石を、ぱちぱちと小刻みに瞬きしながらメメが眺めやった。
確かにこの隕石……の欠片は、すごく小さい。直径七、八センチ程度だろうか。
「生まれたばかりの赤ん坊くらいはあるんじゃないかな……」
「そんなに!?」
この場合の赤ん坊とは、サピエンスではなくアルブスの新生児だ。
だから三キロ前後……ではなく、二キロあるかないかというところかな。
しかしそれはともかくだ。
このサイズでこの重量。間違いない。
「……ギーロ、これは一体?」
「鉄隕石……隕鉄だ」
俺の言葉に、兄貴もメメも、きょとんとした。
まあ、そりゃそうなるか。仕方ない、説明しよう。
隕鉄。いわゆる隕石の一種で、その主成分が鉄やニッケルなどで構成されたものを言う。
このため隕鉄は、普通の隕石よりも重い。たった数センチ程度の欠片とは思えない重さを持っているのは、これが理由だ。というより、この重さだからこそものが隕鉄だと判断したと言える。
その詳細な組成は俺にはよくわからないが、いずれにしても地球上では自然発生しえない組成になっているのだとか。
まあ、そういう明日使えるトリビアみたいな話は置いておこう。
重要なのは、こいつが鉄を主成分とした金属の塊だということであり、空の彼方からやってきたということだ。
その辺りをできるだけ噛み砕いて説明する。
「空から……アマテラス様からの贈り物ということだろうか」
「そういう解釈でまあいいだろう。こいつは少なくとも俺たち人間には作れない」
「……でもこれ、どう使うんじゃ?」
「青銅と一緒で、熱して叩いて形を整える、だな。ただ、青銅よりものすごく大変だろうが」
鉄の加工は容易ではない。そもそも融点からして銅よりも高いのだ。
だから、サピエンスが鉄を完全に溶かして加工できるようになったのは、実は十五世紀になってから。
それまではずっと、完全に溶かしきれていない鉄を叩いて形を整える方法で鉄を使っていたのだ。紀元前からずっとだ。
だから青銅の加工で苦労している現状では、この隕鉄を素材として利用するのはほぼ不可能だろう。
「加工できれば青銅よりいいものが作れるから、なんとかしたいところだけどな」
「……その感じはあれじゃろ。いつになるかわからんぱたーんじゃろ?」
「正解」
「ああ……そういう類のものなのか。なら、子供たちに委ねることになるわけだ。場合によってはもっと先かもしれないと」
「そうなるな。技術白書に書いておくよ」
とはいえ、その前に一度は試してみるつもりではある。何事もやってみなければわからないしな。この隕鉄を未来に委ねるかどうかは、それからでも遅くはない。それだけ鉄はほしいのだ。
もちろん、ワンチャン程度に考えておくのが正しい姿勢だと思うが。
「……というわけだから、さっきの家に落ちたやつも回収しよう。というか、途中で爆発してバラバラになったやつもできるだけほしいな」
「何が使えるかわからないものだな……」
兄貴の言葉は、妙に感慨深げであった。
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ちなみに。
この日の夜、皆がやたら騒がしいので目を覚ましてみたら、東の空が明るかった。
その光量はかすかなもので、暁のようなうっすらとした明るさではあったが、ここは原始時代だ。夜中にそんな大規模な明かりなど、絶対にありえない。
慌ててメメと一緒に監視用のやぐらに登って東を確認してもらったところ、どうやら遥か東の地で大火災が起きているみたいだった。
メメの超視力は、三年前に比べて強化されている。正確には、俺と組んだ時の強化具合が増していると言うべきか。
細かい理屈は依然として不明だが、ともあれそんな増強されているはずの視力をもってしても視界の端と言うくらいだから、現場は相当群れから離れていると思われる。
さすがにそれだけの距離があれば、ここまで延焼することはないと思うが……まるで世紀末みたいだ。
「……もしかして油田に落ちたのか? だとしたら相当えげつないことになるんじゃないか……?」
何せこの辺りは、世が世なら豊富な産出量を誇る石油の産地。俺の推測は十分あり得ると思う。
実際、この推測は当たった。いや、油田に落ちたかどうかはわからないが、えげつないことにはなったのだ。
何せその日からしばらく、具体的には九日もの間、東の空が常に明るかったのである。かなりの範囲に渡って、しかも長期間炎が燃え続けていたことは間違いないだろう。
二十一世紀であったとしても、天災だとはっきり断言できる規模だ。原始時代に生きる群れの面々が、戦々恐々としていたのは無理からぬことだろう。
相当な距離があるから大丈夫だと言い聞かせて回ったのだが、この件は皆に畏怖を抱かせるには十分すぎた。しばらく群れの大半が眠れぬ夜を過ごすことになり、結果として神に祈るという行為が一般化した。
ついでに言えば、メメをはじめ多くの人間が日記を書いたから、後世にも逸話として残ることはほとんど確実ではないかと思う。
知識があるがゆえにさほど恐怖を感じていなかった俺は、なるほどこれが神話の生まれる瞬間かと場違いな感想を抱いていた。
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