第31話 三年の成果
さて、めでたく人口が百人を超えた俺たちの群れではあるが、三年もずっとこの場に定住しているので、少しずつだが食料の確保が難しくなってきている。
具体的に言うと、狩りにおける獲物との遭遇率が下がっているのだ。つまり、ここいら一帯から食料にできる生物が減り始めているわけだな。
狩りとなれば、力に物を言わせて大体の動物を狩れるホモ・アルブスだが、そもそも遭遇できないとどうしようもない。
加えて、多目的に木を使うため、森の伐採がそれなりに進んでいる。元々手つかずの原生林が広がっていたわけだから、まだまだ木は大量にあるのだが……少なくとも、定住直後に森の入り口だった部分は完全に切り拓かれている。
木が減れば、当然森から得られる恵みも減るので、秋から冬にかけての食料確保に影響が出る。樹上生活をしない俺たちにとって、奥に入り込めばいいというものでもない。
とはいえ、こうした事態はサピエンスの歴史を知る俺には予測できていたことだ。だから、水路の開削と並行していくつか手を打ってある。
「あ、サテラ義姉さん。いないと思ったらウサギの餌を集めてたのか」
「うん。今日の当番でね!」
俺の声に振り返った義姉さんは、野草の入った小さい籠を掲げて俺に見せてくる。その動きに合わせて、背負われた赤ちゃんもあうあーと声を上げた。
バンパ兄貴たちの第三子である。こちらは女の子だ。今年の二月ごろに生まれたので、そろそろ二カ月といったところか。
残念ながら二人目は亡くなってしまっている。この子が健やかに育ってくれるといいのだが。
あ、抱っこ紐はいつもお世話になっている樹皮さんで作った。
麻? そんなもの……うちにはないよ……。
「これだけあれば十分だな。あ、せっかくだから持つよ」
「いいの? ありがとうね、手伝いに来てくれた子たち、みんなギーロの作ってた小屋……といれ? だっけ? のほうに行っちゃって困ってたの」
「だから一人なのか。……まったく、しょうがないな」
「本当にね。でも、子供ってみんなそんなものでしょ」
「まあな」
ということで義姉さんから籠を受けとり、二人でウサギ小屋へ向かう。
群れの外れに建てられた二つの小さな小屋。俺たちはここで、十数匹のウサギを飼っているのだ。
ペットではないぞ? 愛玩動物を飼う余裕なんて、あるわけないじゃないか。
二十一世紀の日本人には少々考えにくいかもしれないが、このウサギたちは食用だ。そう、畜産をしているのだ。
個人的にはやはり牛や羊を使いたかったのだが、一般人だった俺にああいう大型の動物を飼うノウハウなんてなかった。家畜として品種改良された種すら知識不足なのに、原種を飼い馴らすなんてできるわけがない。
そんな連中に比べれば、ウサギは扱いが簡単だ。
牛などと比べて体格が小さい分、スペースは取らない。草食で、そこまでドカ食いをするわけでもない。場合によっては自分たちの糞すら食べるくらいだし。
おまけに子宮が二つあって妊娠中に追加で妊娠できる上、出産した後でも即妊娠できる。一度に産む数も多いから、増やしやすい。何より、妊娠に時期を選ばない。
利点はまだある。成体になるまでにかかる時間が短い。
屠殺した後は毛皮も利用できる。食用に向く年齢と毛皮に向く年齢は異なるが、ぜいたくを言わなければそうした育て分けをせずともいい。
そういう点を鑑みて、ウサギで畜産を開始したわけだ。
土を掘る習性があるから、小屋は木のみで作った高床式にせざるを得なかったが、苦労した甲斐はあったと思う。
おかげで今では、ウサギも立派に群れの食糧事情を支えてくれている。
むしろ、育てるより捕まえるほうが大変だった。
ボーラという……投擲して手足を絡め取る捕獲器を作ったのだが、アルブスの力ではこれが普通に武器になってしまって……。何度ウサギを潰した(比喩ではない)ことか。
「順調に育っているみたいだな」
「うん、うまく行ってるよ。みんな女でもできる仕事が増えてやる気だしね」
「そこまで考えていたわけじゃないんだけどな。それでも喜んでくれているなら何よりだ」
嘘ではない。これについては本当に怪我の功名だ。
というのも飼育開始当初、力加減がわからなくてウサギをひねり殺す男が結構いてな。その都度仕方なくみんなでおいしくいただいたが、そんなことが続くうちに、そもそもひねるだけの力がない女の仕事になっていったというわけだ。
男でも、子育て経験者はちゃんとできたんだがなぁ。弱い赤ちゃんを扱うことで身に着いた技術なのだろうが……こいつらよく子育てができるなと今でも思う。
「おーい、ギーロや」
「うわっ、爺さんか。どうした?」
しばらく二人でウサギに餌やりをしていると、後ろから呼びかけられた。
振り返ってみれば、男たちを引き連れたディテレバ爺さんがいた。全員が枝や細身の木などを持っている。いつの間に。
「お前さんに指定された範囲の……じょばつ? が終わったぞ。使えそうなものは持って帰って来たんじゃが……いつもの置き場に重ねておけばいいかの?」
「そうだな、乾燥させて使うよ。材木にできないものでも薪にはなるしな」
「わかった、ではそうしようかの」
俺に頷いて、爺さんは男たちに号令をかける。そのまま振り返ることなく立ち去って行った。
彼らに頼んでいたのは、森の除伐だ。簡単に言えば、森の生育を妨げる木々を間引くことだな。
あとは、枝打ちもやってもらっている。森をより効率的に使うためである。
周辺の森は、一切人の手が入っていない原生林だ。そういう森では、無秩序に生えた木々が互いの栄養を奪いあう。また、生い茂った枝葉が日光を遮るため、そう言う点でも成長を妨げあう。
除伐も枝打ちも、そうした状況を避けるために行うものだ。林業の基本の一つである。
ものすごく大雑把な説明になるが、ここに加えて植林も継続的に行っていくことで、人に扱いやすい人工林になっていく。いわゆる里山というやつだ。
あとは手を抜かなければ、定期的に木材を手に入れられるようになるという寸法である。。
ただこういうことは熟練の技が必要になるので、素人の俺が指示して、素人の爺さんたちがやったところで効果がどれほどあるかはわからない。
かといって、こういうことをせずに無計画に伐採し続ければいずれ森は消える。今はまだいいが、万一製鉄や陶器づくりなどを始めようものならあっという間だろう。
まだ原始時代なので、気にしなくてもいいとは思うが……最初に言った通り、木が減るとそのまま森の恵みである木の実も減る。
それに森が消えてしまったら、地滑りや洪水の可能性も増す。
だから、生兵法であってもやっておいたほうがいいと判断した。それに、こういうものは経験を重ねないと身に着かない技術だし。
「……いいなあ」
「義姉さん?」
「ディテレバたちを見てると、私も男に生まれたかったなぁって思うんだ。だって、女にできることって多くないからさ……」
もどかしそうに、義姉さんは苦笑した。
言わんとしていることはわかる。実際、アルブスの女にできる仕事はあまりない。
狩りをはじめとした力仕事は軒並み不可能だ。木の実などの採集すら、体格が小さすぎて多くは持って帰れない。
サピエンスは男女差があまりないので、女であっても狩りに出る者がいたようだが、本当に合法ロリしかいないから……。
「でも、子供を産むのは女にしかできないことじゃないか」
「そうなんだけどさぁ。いつも守ってもらってばっかり、って、ちょっとねぇ……」
「…………」
「子供の頃はあんまり変わらないのにね」
そう言って、義姉さんはため息をついた。
確かに、子供のうちはアルブスもあまり男女差がない。活発な性格の義姉さんは、きっと男の子たちと遊びまわっていたんだろう。
だからこそ、大人になってからできないことばかりということが余計に気になるのかもしれない。サピエンスでも、こういうジレンマを抱える女の子はいるのだろう。
しかしどれだけあがいてもここは地球で、幻想とは縁のない世界である。小さい身体で巨大な武器を振り回すなんてことは不可能なのだ。
だから、俺はかける言葉が見つからなかった。二十一世紀ですら簡単には解決できない問題を、この原始時代にどうにかするなんて……。
「……なーんて! 困らせちゃったね、ごめんごめん!」
「義姉さん」
「いいんだ、どうにもできないことはわかってるから。それに、今は今で幸せだもん」
どう言えばいいか悩んでいた俺を尻目に、義姉さんは背中の赤ちゃんに「ねー」と言って笑いかけた。
もちろん乳児に会話なんて理解できるはずもないので、返ってきたのは「だうー」という声だけだったが。
それでも反応があるということが重要なのだろう。義姉さんはそれを肯定と見て、快活に笑った。
「すっかりお母さんだなぁ」
「そりゃあね。でもギーロ? メメちゃんだってもう産める身体なんだから、他人事みたいに言うのは感心しないなあ」
「う……」
そこを突かれると痛い。
義姉さんの言う通り、メメは既に初潮を迎えている。一年ほど前だった。
「急に血がどぱって出たのじゃー!?」
というセリフと共に、血まみれのぷにあなデラックスを見せられたときは気絶するかと思ったが。
それ以降、メメはもちろん爺さんや兄貴たちも、「そろそろ子作り」オーラを展開してプレッシャーをかけてくるんだ……。
仕方ないとはいえ、正直困っている。俺に幼女趣味はないんだ。
大きいおっぱいがほしいんだ。心の底から。
今は「生理が来るようになった直後はまだ完全に大人になりきっていないから、もう少し待つ」という理由をこじつけているが、これもいつまでごまかせることか……。
「ギーロー!」
……噂をすれば影とはよく言ったものだ。
声のしたほうに目を向ければ、メメが駆けてくるところだった。最近はかつての人見知りもだいぶ影をひそめ、天真爛漫な女の子になった。
三年経っても相変わらずのメカクレさんだが、反響定位の腕が上がり、今では目を閉じながら走るという荒業を何事もなくやってくれる。おかげでちょっと見ただけでは、彼女は普通に行動しているようにしか思えない。
時間の経過で変わったのはそれだけではない。見た目も大人の女にぐっと近づいた。
特に背丈はぐんと伸びて、アルブスの女としてはかなり大柄に育っている。目測で平均百二十センチ程度、百三十センチもあれば大柄と言える女の中で、百三十センチ台の半ばくらいは確実にあると思われるのだ。
それに栄養がちゃんと行き届いているのか、身体つきも少しよくなったと思う。以前はほっぺくらいしかぷにぷにできなかったが、最近は腕も足もお腹も女性らしい柔らかさがある。
まあ、胸は潔いまでの大平原なのだが。まったく、巨乳好きには辛すぎる現実である。
「どうした、メメ?」
そんな彼女に応じながらも、走って乱れた服を整えてやる。
最近、メメを見る男どもの目が妖しいのだ。服飾技術が未熟なせいで、激しく動くとすぐはだけて色々と見えてしまうからなのだが、こいつはそういうところの自覚が足りない。
「よっこいしょ」
にもかかわらず、当人は服のことなどどこ吹く風で、いつも通り俺の上によじ登ってきた。肩車スタイルは、三年経った今も健在である。
「ふう」
「ふうじゃない。何があったんだよ?」
「あ、うん。いつもの狼が久しぶりに来たのじゃよ」
「ああ、あいつね……」
言葉と共にメメが指したほうを見る。
そこには、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる二匹の狼がいた。
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