第29話 女神さまが見てる(第一部エピローグ)
サテラ義姉さんの出産からおよそ一ヶ月が経った。
今のところ、生まれた赤ちゃんは順調に育っている。大体、出産直後のサピエンスの赤ちゃんくらいには成長した。
サピエンスよりも成長速度が速いように見える点については、少々気になるところではある。けれどもアルブスという種族の知識がまるでないので、実際のところどうなのかはわからない。
だからこそ、赤ちゃんの成長過程は逐一気にしていくつもりだ。実験をしているようで少し気が引けるが、こうした情報の積み重ねは今後重要だろうから。
ちなみに、名前はまだない。赤ちゃんがいつ死んでもおかしくない時代なので、ある程度育つまでは名前はつけないらしい。
これはわかる気がする。日本にかつてあった幼名とかは、そんな感じの理由もあった文化だったような覚えがあるし。
ただ、なぜか命名は俺に任されている。畏れ多い話だ。
そして請け負ったはいいが、アルブスの言葉で行くか日本語で行くかはまだ決めていない。このままだとサイコロか何かで決めることになりかねないので、時期が来たらどちらがいいかバンパ兄貴に聞こうと思っている。
義姉さんのほうもなんとか無事だ。まだ
個人的には、合法ロリなアルブスであっても、子供が生まれると胸が張ってきてちゃんと授乳できる体勢になることがわかって、少し安心している。
まあ、現状はどこからどう見てもただのロリ巨乳にしか見えないのだが。見事なまでにロリ巨乳である。
ともあれ、母子ともにまだ油断はできない時期ではあるが、とりあえずは一安心と言ったところだろう。何事もなく育ってくれることを祈るだけだ。
一応、みんなには日本の主神である天照大御神を教えておいたので、何かあったらそちらに祈るように言っておいた。
なぜ天照かって? 無病息災の神様は他にも大勢いすぎるからだよ。
しかもその大半が元々は無病息災とは関係のない神様だ。場合によっては元人間であることが確実な神様だったりもする。
こうなってくると収拾がつかないので、主神である天照一本に絞ることにしたわけだ。
太陽の化身とも言える女神様だから、わかりやすくていいだろう?
だからか、最近は兄貴がエッズと一緒に太陽に祈りをささげている姿を見る。そうでない時は基本的にずっと、義姉さんのそばで世話を焼いているな。色々と心配なのだと思う。
元々仲のいい二人だったが、子供が生まれたことでもっと仲良くなった気がする。本当にずっと寄り添っているからな。微笑ましい。
ただ、そんな二人をメメがなんだか羨ましそうに眺めた後に、期待するような目(目は隠れているが)を俺に向けてくる。
そして俺はメメのそういう態度を敢えて気づかないふりをしつつ、あれやこれやと群れの中を奔走する日々だ。
いや本当、この一ヶ月大変なんだよ。ろくに眠れない日が結構あったりする。
なぜかと言えば、ずばりベビーブームみたいなことになっているからだ。
というのも、義姉さんが妊娠した時期というのは、俺が服や投石器を開発して少し経った頃だと思われる。
なぜなら、この時期を境に群れの生活水準は向上しており、食べるものがない日が極端に減っていた。
その結果、群れ全体で生きる気力と体力がしっかり保たれるようになり……。
ここまで言えば大体お分かりいただけると思う。つまるところ、性的な意味でハッスルしちゃった夫婦が結構な数いたのだ。
そう、兄貴たちを
当たり前だが、個体差があるから多少の前後はあるが、同じ生物である以上妊娠期間も同じ。義姉さんと同時期に妊娠した女が出産するタイミングは、当然同時期になるというわけで……。
「ギーロー! 大変、陣痛が始まったみたい!」
「またかよ! 今月これでもう五人目だぞ!?」
群れが大きくなるのはいいけども! もう少し時期をばらけてほしかったというのが本音だよ!
知識を持っているものとして、出産を見届けないわけにはいかない。俺の知識は大体出産に立ち会ってきた者には大まかに説明しきってあるが、それでも一回二回で覚えられるとは限らないし……。
なぜか忘れることなく記憶し続けている俺の知識をここで使わずして、どこで使うのかという話でもある。
あと、先日発覚した俺の不思議な力の検証もしたいということもあるし、な。
……と、言うことですべての出産に今まで立ち会ってきているのだが……おかげで最近寝不足だ。
アルブスに転生して以降、若返っていることもあるのだろうが、前世に比べると明らかに体力も体力の回復速度も向上している。しているのだが、さすがにこうも続くと限度がある。
毎回ほぼ徹夜なので、それも当然のような気もするけども。ただ、こればっかりはどうにかなるものではない。まさか出産を停止するわけにもいかないし。
あ、そういえば俺の痛みを抑える不思議な能力なのだが。
これまで何度か検証した結果、なぜか他の妊婦に対してはほとんど効果を発揮しなかった。
一切なかったとは言わないが、その程度は著しく低かったのだ。まったく、何が何だかさっぱりである。
あと、ついでに普通のけが人にも効果があるのか試してみたのだが、こちらでも一応効果は出た。このことから、俺の能力は痛み全般を抑えるものではないかと思われる。
まあ、こちらの効果もやはり極めて低かったので、義姉さん相手のあの効果は一体なんだったというのかよくわからないわけだが……。
どちらにしても、この程度の鎮痛効果では現状、やはり使えない認定を下さざるを得ない。こんな微妙な能力でどうしろと言うのだ、マジで。
成長するんですか、この能力? ぜひしていただきたいんですけど!
「あ、エッズ。悪いがまた毛皮を用意してくれるか?」
「任せておいてくれ。とりあえず、今用意できるだけ全部運ばせよう。いつもの場所でいいな?」
「ああ、それでいい」
そんな俺だけの悩みを尻目に、今日もエッズと彼が作った毛皮が大活躍だ。
お産に使う毛皮はその多くを新品にしている。誤差程度かもしれないが、それでもできる限り毛皮から汚れを取り除いておきたいのだ。
おかげで、もはや皮なめし専門家じみてきているエッズも、最近はあれやこれやと忙しい。
ただ、既に謝罪は済ませてある。サテラ義姉さんのお産のあと、すぐに謝りに行ったのだ。
案の定烈火のごとく怒られたが、罪悪感があった俺にしてみればそのほうがむしろありがたかった。
「一発でいい、殴らせてくれ」
と言われた時は、男のアルブスのパワーを思い出して背筋が凍るかと思ったけどな!
オーケーを出したものの、どこにパンチが飛んでくるかわからず、エッズとの身長差やこういう時のお約束を考えれば腹だろうからそこで頼むと必死に祈ったものだ。
祈りは神に届かず、顎に正確なアッパーが飛んできて一瞬意識が飛んだのも、今となってはいい思い出だ。
なお、そのアッパーのダメージはその日のうちに完治した。謎の超回復力は健在である。
「これで許す。後は……絶対にお前の知識を出し惜しみしないでくれれば……俺はそれでいい」
だがこの時、天を仰いでそう言ったエッズの背中を、俺は忘れないだろう。
だから俺は、今後もベストを尽くす。尽くしてもどうにもならない時は絶対にあるだろうが、それでも今この瞬間を、生きている瞬間ごとに全力で挑むと決めたのだ。
そのためにも、俺は俺の決意を行動で示す。今後生きている限り、ずっとだ。
それはとてつもなく苦しいことだろうが、その境地こそ、前世で天才や一流と呼ばれていた人々が立っている舞台だったのだろう。
俺は今、そこに立っている。そう実感できる。
原始時代に飛ばされて、ありとあらゆるものを周りから排除されて、ようやく見えた。ようやく上がることのできた舞台だ。降りるつもりはない。
「……なんだかな。この時代に放り出されて、まさかやりがいを感じるとは思ってなかったぞ。それでも感謝するかって言われたら、まだ俺は納得してないけどな」
出産の手伝いを婆さんたち女衆に頼んで歩きながら、頭上に輝く太陽を見上げる。
手のひらをかざして直視を避けているのに、手を透かして確かに届く光。二十一世紀と全然変わらないその輝きは、七万年程度はどうということないと言っているようで。
まさに、神様のようだった。
――第一部「現実との戦い」終わり
――第二部「千客万来」へ続く
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