第14話 森の中の語らい

 直前でいろいろあったが、とにかく森だ。

 浅いところは比較的開けているが、それは家を作る前は主にそこで寝起きしていたからだ。他にも、燃えている原油から火を分けるための薪集めや、建築資材の伐採、排泄、大人の夜の事情などに利用していることもあって、この辺りではさほどの危険はない。


 問題は奥に入ってから。手入れなど一切されていないおかげで木はもちろん草も生い茂っており、一気に動きづらくなっていく。もっと進めば日差しは入ってこなくなるだろうし、方向もさっぱりわからなくなるだろう。手入れされていないということは、豊かな反面リスクも大きいということなのだ。

 もちろん、そんなところまでは踏み込まない。すさまじい縛りプレイ中とはいえ、せっかくの二度目の人生まだ死にたくないし、仮に死ぬのだとしてもこんなところは絶対嫌だ。子供も連れているしな。


 ということで、行っても中層の手前くらいのところまでだ。この辺りまでなら見通しも比較的利くし、太陽の光もそこそこ届くからな。

 なのでそこいらで落ちている木の枝などを拾っていく。


 木を切り出してそれを薪にすればいいという話もあるのだが、石の斧しかないのでどうしても手間がかかる。

 いや、バンパ兄貴くらいの腕力があればいいんだろうが、あいにくと俺は力に自信などない。そもそも、伐採した木は現状ほぼ建材行きだしな。


 一応、それでも端材などは薪にしていて、土器焼成用にいくつかキープしてはいるが、それだけでは恐らく足らない。何より、焼成用の燃料は多いに越したことはない。

 薪を燃料として最も効率的な状態にするには、年単位の時間が必要なのだが……この点については妥協するしかないだろう。


 ただ、将来的には窯を作って須恵器レベルまでのことはしたい。その時のために、今から炭作りも考えておいたほうがいいだろうか……などと考えながら森を歩く。


「チッ……チッ……あっち。広いところ、あるのじゃ」

「マジかよ……? ……マジだよ……」


 ス・フーリが歩きやすい道を探す天才な件。これが目で見て確認しているわけではないのだから驚きだ。

 生き物が通ったことのあるだろう場所や、開けたところを即座に見つけるてしまうのだ。おかげで森歩きは思ったよりスムーズで、薪集めも順調だ。


 ずっとス・フーリを肩車しているから、長いトングが欲しいところだが……。


「チッ……あそこにも枝、落ちておる」

「ん……おお、本当だ」


 彼女は落ちている枯れ枝を見つけるのも滅茶苦茶早い。俺が視認するよりも早く見つけるから、これも薪集めが順調な理由だな。

 勘がいい子だと思っていたし、ディテレバ爺さんの気配に敏いという発言も疑ってはいなかったが、まさかこれほどとは思わなかった。


 だが、行動を共にしたことでその能力の見当はついた。最初は、それこそ本当にシックスセンスのような超能力的なものだと思っていたが、彼女の空間把握能力は恐らく反響定位だ。

 音を放ち、その反響を捉えることで周囲の状況を的確に把握するという能力だな。


 この能力を持つ動物で有名なものは、何と言ってもコウモリだろう。他には、一部のクジラなども行っていたはずだ。いわゆるエコーだな。

 そしてこの能力は、実は人間も習得することができる。反響させるものと言えば超音波、というイメージがあるかもしれないが、普通の音でも構わないのだ。

 と言っても普通の人間にはまず無理で、視覚障碍者の一部だけが手に入れられるらしい。恐らく、視覚を制限されなければ聴覚もそこまで発達しないのだろう。


 そんな能力をなぜス・フーリが持っているのかだが、やはり視覚が著しく制限されているからだろうな。

 彼女は超視力を持つが、発動には多大な疲労を伴うという反動もあるため、疲労を抑えるために普段は目を閉じている。この環境に適応するために、自然と身に着いたのだと思う。


 そして……彼女が反響定位のために用いている音こそ、舌打ちなのだろう。最初にされた時は、初対面なのに好感度がマイナススタートかと驚いたものだが、実際はそんな意味などなかったわけだ。むしろ、その後肩車を教えただけで撫でられるまでになったあたり、そこそこ初期値は高かったのかもしれない。


「……ふう。結構集まったなあ」


 気づけば、背負った籠はいっぱいになっていた。結構な重さだ。枯れ枝も生木も入り混じっているので、後ですぐ使えるものとそうでないもので分ける必要があるだろうが……。


「よし、このくらいにしておくか」

「もどるんかの?」

「ああ。……けどその前に、ちょっと休憩させてくれ」


 なんだかんだでここまでほぼ歩き通しだった。ス・フーリのおかげで歩きやすい道を多く選んできたとはいえ、森の中だ。肩車に加えて籠の重さもあいまって、さすがに疲れた。普段から狩りをしている連中はもっと粘れるかもしれないが、こちとら研究職だから……。


 ということで、そこらへんにぼこりと浮き出た大きな根っこに腰を下ろす。それから籠と、次いでス・フーリも降ろした。休憩中も肩車続行はいくらなんでもしんどい。


「わぁーぉ」


 無邪気にス・フーリが笑う。上下移動がそんなに楽しいのだろうか……子供ってよくわからない。


 そのままふらふら動き回られても厄介なので、隣にちょこんと座らせる。

 ……こうして並ぶと、本当に小さいな。俺との身長差、六十センチくらいはあるのではないだろうか。日本だったら、見つかり次第即通報案件だろう。


「? どうかしたかの?」


 複雑な心境を抱えながら何気なしにス・フーリを眺めていると、彼女と目が合った。彼女は瞳を閉じているので、目が合うという表現は奇妙であるが……前髪とまぶたで隠れた目は、間違いなく俺を向いている。


「いや……お前はすごいと思ってな」

「かのー?」


 俺の言葉に、ス・フーリはこてんと首を傾げた。

 そのリアクションに、思わずがくりと力が抜ける。わかっていなかったのか。


「すごいよ。こんなにすんなり森の中を歩けるとは思っていなかったからな」

「かのー?」

「お前が周りのことを素早く把握してくれたおかげだよ」

「わしじゃなくて、目の神様のおかげじゃよー?」

「あー……」


 自分の力はそう言うものだと思っているのか。反響定位の能力はそもそも目とは直接関係ないし、生きていくうえで自然と身に着いた技術だろうに……。

 ……いや、思うか。科学なんて影も形もない時代だからなあ。


 ええと……理由はともかく、深く「こう」と思っている人間と話すときは、無暗に否定しないほうがいいのだったか。


「……それもそうか。じゃあ、神様に感謝しないといけないな」

「じゃよー」

「神様……神様か……。目の力の神様だから……」


 ……何がいる? 少なくとも日本の神様でそういうのは聞いたことがない。元日本人としては、日本の神様を出したいところだが……うーむ、本当に思いつかない。

 外国の神なら……仏教の広目天がいたか。元々は確かインドの神様で、ちゃんとした名前があったはずだが……あいにくと仏教に取り込まれてからの名前しかわからない。まあ、広目天でいいだろう。

 外国の神様でいいのかよと思われるかもしれないが、日本では千年以上の長きに渡って土着信仰と仏教が神仏習合して混ざり合っているから、セーフだろう。


「……広目天に感謝だな」

「コーモクテーン?」

「広目天。すごい力の目を持つ神様だよ」

「……ギーロは神様の名前を知っておるのか!?」


 なんだ、一体全体、急にどうしたというのだ。こんなに声を張り上げるス・フーリは初めて見るぞ。普段はもっと静かじゃないか。


「え? あ、あー……まあ、その。聞いていると思うが、俺は神様から色々教えてもらったから」

「そーか! すごい!!」

「あ、ありがとう……?」


 嘘なんだけどなぁ。あくまで前世の知識でしかないのだが……そこまでテンション爆上げするほどのことなのか。


 そもそもこの世界、この時代には日本はもちろん、広目天の元ネタを作ったインドだって影も形もないんだから、神様自体まだいるはずもないのだが……まあいいか。

 ス・フーリが満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに小躍りしているし。今さら止めるのも無粋だろう。


「わし、この目をくれた神様にずっとありがとうしたかったのじゃ! でも、誰にどう言えばいいのかわからなくて、困っておったのじゃ! これからは今までの分も、ちゃんとありがとうするのじゃー!」

「そ、そうか……そうだな、助けてくれたわけだから、ありがとうしないといけないな」

「のじゃー!」


 俺の言葉に大きくこっくりと頷いたス・フーリは、そのままにこにこと笑いながら空を仰ぐ。そして口元に両手を当てると、


「コウモクテン、ありがとー!」


 大声を張り上げた。

 ため口じゃないかと思ったが、よくよく考えればまだアルブスには敬語という概念がさほど根付いていなかったな。なくはないのだが、出がらしのお茶くらいに薄い。それもほとんど俺しか使わないし、ス・フーリの言葉遣いも仕方ないのだろう。


 とはいえ、神様なんて所詮人間の想像の産物に過ぎないんだから……とも思ってしまうのは、我ながら汚れちまった悲しみを背負っているな。こんなこと、口が裂けても言えやしない。

 だから沈黙は金と思って微笑ましく見守っていると……突然どこからともなく風が吹いてきて、木々がざわざわと揺れた。まるで、返答のように。


 ……偶然、だよな?


「ギーロ、聞いたかの!? コウモクテン、どういたしましてって言ってたのじゃ!」

「お、おう、そうだな……よかったな、応えてくれて……」

「うん!!」


 純真ど真ん中な笑顔がまぶしい。普段わりと物静かなだけに、ギャップがすごいな。こうしていると普通の子供と変わらないんだな。

 ……帰ったら土偶でも作ってみるか?


「ギーロもありがとうしないとダメじゃぞっ。ギーロにそういうのを教えたのは、どんな神様だったのじゃ?」

「え!? あ、ああ、確かにそうだな。忙しくて、今までできていなかったよ……」


 これが子供の無茶振りというやつか。しかしこれこそ、今さら違うとは言えないよな……。


 ええと……俺は知恵の力をもらったス・フーリという設定だから……知恵を司る神様の名前を出せばいいか。今度こそは日本の神様で行こう、心当たりがある。


「オモイカネ、という神様だった。えーっと、人間の男の姿をしていて、字がたくさん書かれた本という道具を使って色々教えてくれたな」

「おおー! よくわからんけど、すごそうなのじゃ!」

「いつか準備が整ったら、群れの皆にも教えるつもりだ。本まで行くのは難しそうだけど……粘土板でとりあえず代わりはできるはずだし」

「おおおー! じゃあ、じゃあっ、わしにもいつか神様の言葉、教えてくれるかの!?」

「もちろんだよ……、……俺たちは夫婦になったんだから」


 思わず一瞬飲み込んでしまったが、ディテレバ爺さんの発破を思い出して踏みとどまった。俺にとっては望まない結婚とはいえ、ス・フーリは悪くないのだし、一応の誠意は見せておいた方がいいと思ったのだが……。


 口に出すとものすごく恥ずかしい! 俺、こんな歯の浮くようなセリフ言えたんだな! 自分で自分に驚いたよ!


「うん!」


 そしてチョロいな!? それでいいのかお前!

 ……いや、別にいいか! なんかもう、細かいことなんてどうでもよくなってきたよ!


 願わくば、この子がグラマラスな女になりますように!!

 神様、いるのなら本当にお願いします!! マジで!! 叶えてくれるなら俺、この原始時代に神殿だって建ててみせますから!!

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